返せぬ奨学金 訴訟急増
就職先が破産・・・生活苦の若年層
◆平成24(2012)年2月19日 朝日新聞 西部朝刊
返せぬ奨学金、訴訟急増 就職先が破産…生活苦の若年層 【西部】
学生時代に受けた奨学金の返還に行き詰まる例が相次いでいる。国内最大の奨学金
貸与機関、独立行政法人・日本学生支援機構が返還を求めて全国の裁判所に起こした
訴訟は、過去5年間で9倍近くに急増した。背景に、就職の失敗や就職先の倒産で生
活に困窮する若年層の姿が浮かぶ。
「最初に就職した会社がつぶれなければ、こんなことにはならなかった」。昨年
夏、機構から奨学金の一括返済を求める訴訟を起こされた北九州市小倉北区の男性
(28)は悔しがった。約220万円の奨学金を受け、2006年3月に福岡県内の私立大を
卒業。呉服販売会社に就職し、同年4月から毎月1万3千円ずつ返し始めた。ところ
が、わずか5カ月後の8月末、会社が破産手続きに入り、いきなり解雇された。
10月に飲食店に再就職したが、手取り月給は約14万円に減り、家賃や車のローン、
生活費に消えた。やむなく機構に返済猶予を申し出た。07年9月に結婚して返済を再開。
1年弱は支払ったが、子育て費用などで再び行き詰まり、08年夏ごろ、2度目の猶予
を申請。10年6月には飲食店を辞め、日雇い派遣などでしのいだ。同年12月に3度目の
就職が決まったが、昨年春には、機構から未返済の190万円の一括納付を求める郵便が
届くようになった。
「まだ大丈夫だろう」と思っていた昨年夏、機構の担当者から
電話で告げられた。「裁判になりました」。男性は、その後、23年1月まで月1万5
千円ずつ、延滞金を含め計約200万円を支払うことで機構側と合意した。
○5年間で9倍に
日本学生支援機構の奨学金には、無利息の「第1種」と、利息がつく「第2種」が
あり、2011年度時点の貸与額は新規と継続分を合わせて1兆781億円(予算ベース)。
不況のせいか、奨学金を利用する学生は増える一方だ。11年度は約127万人で、10年
前の約1・7倍に。延滞額も増え続けている。10年度は852億円で、5年前の約1・5倍
に増えた。
こうした状況を受け、機構が奨学金返還を求めて全国の裁判所に起こした
訴訟も、06年度の547件から10年度は9倍近い4832件に。増えた理由を機構は「貸与
事業の拡大に加え、奨学金の原資の一部は税金であることから、債権回収を強化しよ
うとする国などの姿勢がある」と話す。
その一方、九州で機構の裁判を手がける弁護士は「訴えられるのは、就職活動に失敗するなどして、生活が不安定な人が多いようだ」とも言う。返済が難しくなったとして支払い猶予の申請が承認された件数は、06年度の約5万8千件から10年度は約9万1400件に増加。うち約7万9800件(87%)が
「経済困難・失業中」を理由に挙げ、06年度の約4万7600件から3万件以上も増え
た。10年度に「生活保護」を理由としたのは2092件で、06年度の約2・3倍に増えた。
こうした事情も踏まえ、機構は昨年1月、月々の返済額を半額に減らせる制度を導
入。「延滞や訴訟を招かないよう返済負担を減らす対策を講じた」と説明している。