若者に「住まいの貧困」が急増中
家をなくす背景には何が…
若者に「住まいの貧困」が急増中 家をなくす背景には何が…
https://dot.asahi.com/aera/2019102400061.html
安心して暮らせる「家」をなくす若者が増えている。だが、日本の住宅支援は大き
く立ち遅れているのが現状だ。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介す
る。
* * *
東京都内の1Kのアパートに、午後の明るい日差しが差し込んでくる。
「角部屋なので、静かな環境が気に入っています」
渡部よしきさん(32)は穏やかな表情で話す。部屋の広さは6.5畳。マットレスと
リサイクル店で買ったという冷蔵庫と電子レンジがあるくらいだが、ようやく手にい
れた「家」だ。
東北出身の渡部さんは、高校を卒業すると北陸の専門学校に進み、卒業後はそのま
ま地元の会社に就職した。しかし社内でパワハラやいじめに遭い、6年勤めて辞め
た。一度実家に戻ったが、居場所がなく東京に出てきた。26歳の時だった。
正社員の職が見つからず、派遣の仕事を転々とした。工場、倉庫、コールセンター
……。時給は1千~1300円で、収入は月16万円程度。アパートを借りたこともあった
が、家賃を払えなくなると、敷金・礼金不要のネットルームを利用した。広さは2畳
ほどで、窓はなくパソコンを置いた机と座椅子があるだけ。1泊2400円。生活は綱渡
りだった。
都内のネットルームで寝泊まりしていた2017年3月、渡部さんは派遣元に週払いの
給与を請求するのを忘れ、無一文に。路上生活が頭をよぎったが、住まいの悩み相談
を受け付ける「無料相談会」をネットで見つけ、緊急一時宿泊施設のシェルターを紹
介された。シェルターに入り、生活保護も受けられるようになった同年7月、このア
パートを借りることができたという。
うつと診断され、今は精神科に通いながらカウンセリングも受け、自分にできる仕
事を探す。
楽しみは、部屋での筋トレ。8カ月で20キロ近い減量に成功したと、笑顔を見せ
た。
「落ち着いて生活できている感じ。ここは、僕の居場所です」
住まいは、人間が安心して生活をする上で最も大切な基盤だ。だが、その基盤が
今、揺らいでいる。若者を中心に、「安心」で「安全」な居場所がない「住まいの貧
困(ハウジングプア)」に陥る人が増えているのだ。都が16年末から17年にかけ行っ
た調査では、都内のネットカフェやネットルーム、サウナなどで平日寝泊まりしてい
る「ネットカフェ難民」の数は約4千人と、10年前の約2倍。年代別では20代と30代で
5割を占めた。
渡部さんを支援する、一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事で、立教大
学大学院特任准教授(居住福祉論)も務める稲葉剛さん(50)は、非正規雇用の増加
が背景にあると言う。
「非正規で働く若者は年収200万円前後の人たちが多い。いわゆるワーキングプア
状態の彼らは、一応収入があるのでホームレスにはならなくて済むが、アパートを借
りる敷金・礼金などの初期費用を賄うことができない。そのためネットカフェやサウ
ナ、友人宅、時にはレンタルルームや倉庫といった『違法貸しルーム』など、不安定
な居場所から抜け出せないでいます」
日本で「ホームレス」と定義されている「屋根がない状態」にある人は「氷山の一
角」に過ぎず、実際にはその背後でさらに多くの人が不安定居住の状態にあるとい
う。
「特に都市部では、住宅を確保する際の初期費用が高いという問題点があります。
安心して暮らせる家を失った若者は、都市を中心に増えています」(稲葉さん)
しかし、若い生活困窮者に対する住宅支援は遅れている。国の住宅関連給付には生
活困窮者自立支援制度による「住居確保給付金」があるが、対象となるのは失業中の
人たちだ。働きながらネットカフェなどで寝泊まりしている人たちは対象外となる。
こうした「制度の狭間(はざま)」にいる若者は、少なくない。
「ここがなければ、家から抜け出すことはできませんでした」
都内の会社員の女性(24)は振り返る。昨年5月までの約2年間、西東京市にある
シェアハウス「猫の足あと」で暮らした。
女性は母親と妹の3人で暮らしていた。しかし、母親は体が弱く無収入。収入は、
亡くなった父親の遺族年金や時々親戚から受ける金銭的援助、そして女性のアルバイ
ト代。家に帰るといつも母親から「お金がない」と言われた。女性がもらっていた奨
学金も、妹の学費に回された。
「家は、とても暗い場所でした」
女性は現実から目を背けたくて家を出たいと考えていたが、部屋を借りるお金も頼
れる人も、支援してくれる制度もなかった。大学4年の時、大学のゼミを通じて知っ
たのが猫の足あとだった。
同ハウスは、元小学校教師の岸田久惠さん(64)が定年を機に私財を投じ16年4月
から始めた。岸田さんが目指すのが、「制度の狭間」に置かれた若者の住宅支援だ。
「例えば、貧困や親の虐待などを受け自立を考える若者には『自立援助ホーム』と
いう施設がありますが、年齢は20歳までなどと制限があります。制度が現状にあって
いない。この子は支援できるけどこの子はできないというジレンマを感じていまし
た」(岸田さん)
同様の若者の住宅支援は、17年に札幌市に設立された「ユースサポートハウス」
や、昨年つくば市に立ち上がったシェアハウス「いろり亭-空-SORA」など、少しず
つ広がっている。
「猫の足あと」では、年齢も事情も問わない。岸田さんが入居希望者と面接をし
て、シェアハウスで共同生活をすることに納得すれば入居は可。2階建てのハウスに
は約5畳の個室が五つあり、台所や居間は共有。家賃は光熱費など込みで月3万5千~4
万2千円と周辺の賃貸と比較してかなり格安だ。敷金・礼金等の初期費用は不要で、2
年ごとの更新料もいらない。
貧困家庭の子、親の虐待から逃げだした子、身内をなくした子、ひきこもり……。
これまでの制度では支援を受けられなかった14歳から25歳まで、15人の若者が入居し
た。
先の女性は、就職して安定した収入を得られるようになったのでハウスを出たとい
う。岸田さんは言う。
「特に女の子の場合、住む場所がなければ水商売が安全網になっているケースがあ
ると聞いています。制度にはまらない若者の住まいの支援は重要です」
(編集部・野村昌二)
漫画喫茶で一人で出産…漂流する妊婦も 「住まいの貧困」対策が急務
https://dot.asahi.com/aera/2019102400063.html?page=1
若者を中心に生活の基盤となる居場所「家」がない「住まいの貧困(ハウジングプ
ア)」に陥る人が増えている。若い生活困窮者の住宅支援は遅れている現状ではある
が、少しずつ広がりをみせている。だが、居場所がない若者の中には、SOSを出せな
い人も少なくない。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。
* * *
昨年5月、東京都新宿区歌舞伎町のコインロッカーから生後間もない女児の遺体が
見つかった。死体遺棄容疑で逮捕されたのは、実の母親(当時25)だった。母親は事
件の1年ほど前から現場付近の漫画喫茶で生活していて、その個室で子どもを出産、
赤ちゃんが声を上げたので周囲にばれると思い殺したと容疑を認めている。なぜ、臨
月を迎えた25歳の妊婦が漫画喫茶で寝泊まりをし、一人きりで出産せざるを得なかっ
たのか。
「日本の社会には、貧困や暴力にさらされ安心できる『家』をなくし、その日の居
場所を絶えず探し続けて漂流する妊婦のための場所が足りません」
と話すのは、予期せぬ妊娠に悩む女性の相談支援に取り組むNPO法人「ピッコラー
レ」(東京都豊島区)の代表理事で、『漂流女子』(朝日新書)の著書もある中島か
おりさんだ。
同NPOは15年に設立され、これまで延べ1万3千件近い相談に乗ってきた。避妊の失
敗、未婚での妊娠、想定外の妊娠、性被害……。年齢の内訳は10代が30%、20代が
37%、30代は18%。ネットカフェや一夜限りの男性宅、公園など危険な居場所から、
やっとの思いで連絡をくれるという。
ある女性(24)は、風俗店の寮で住み込みで働いていたが、お客の子どもを妊娠す
ると寮を追い出され、行く場所がなくネットカフェで寝泊まりするようになった。妊
娠30週を超えた時、未受診の妊婦が病院に担ぎ込まれるテレビドラマを観て、「これ
は私だ」と思い怖くなり、同NPOにメールをしてきた。
<ネットカフェ難民しています。もうすぐ赤ちゃんが生れると思います>
メールを受け取ったスタッフが女性と一緒に区の福祉課に行くと、女性相談員が妊
婦健診をしてくれる病院を予約してくれ、近くに妊産婦を支援してくれる施設がある
ことも教えてくれた。その後、女性は妊産婦支援施設に入り、無事に病院で出産した
という。
中島さんは言う。
「漫画喫茶で出産して赤ちゃんを死なせてしまった母親は、誰かに『助けて』と言
う気力を奪われていたのかもしれません。長い間暴力や社会的排除を受けてきた結
果、絶望や無力感の中にいて、何をしても無駄だとあきらめていたのかもしれませ
ん」
日本にはDV防止法や児童福祉法、売春防止法など女性と子どもを守るための法律に
のっとり、提供される居場所はいくつかある。しかし、妊婦を想定して用意された居
場所は少ない。同NPOは来年3月を目標に、漂流する妊婦が安心できる居場所「プロ
ジェクトホーム」を豊島区内に計画中だ。滞在するだけでなく、助産師や社会福祉士
などが、利用者一人一人のニーズに合わせて協働する居場所になるという。
「彼女たちが安心して次の一歩を踏み出す準備ができる場を、地域に開かれた居場
所にしていきたい。それが彼女たちの困難を可視化し、社会と共有することにつなが
ります」(中島さん)
一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事で、立教大学大学院特任准教授
(居住福祉論)も務める稲葉剛さん(50)は、住まいの貧困対策として「ハウジング
ファースト」を提唱する。
これまでホームレスなど住む場所をなくした人たちへの支援は、シェルターなどで
暮らしながら就労支援を受け、仕事を見つけてからアパートに移り住むという「ス
テップアップ方式」が主流だった。だが、集団生活になじまずドロップアウトし、再
び路上に戻るという悪循環があった。ハウジングファーストは「住まいは基本的人
権」という考え方のもと、最初から安定した住まいを提供した上で、医療や福祉の専
門家が支えていく。1990年代初頭に米国で始まった考えで、フランスでは国策として
取り組む。
稲葉さんはこの方式を日本でも導入し、住む場所をなくし人たちが社会復帰しやす
い仕組みをつくった。14年に中野区に個室シェルターを用意して以来、新宿区や墨田
区など都内4カ所に個室シェルターなど23部屋を用意。これまで90人近くが生活保護
を利用するなどして、一般のアパートに移り、そこを拠点に新たなつながりをつくっ
ているという。稲葉さんは言う。
「欧米では若者の住宅支援は『離家支援』と言い、公営住宅を格安で使えるなど仕
組みができています。若者に早く実家を出てもらい次の世帯形成をしてもらうのは、
少子化対策としても有効といわれています。日本でもこうした支援が必要ですが、民
間の力だけでは限界があります。政治により普遍的な支援の体制を築きあげていく作
業が欠かせません」
(編集部・野村昌二)