いいしらせのグッドニュース[パート・Ⅱ]

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横浜港 ドイツ軍艦爆発事件 ( 昭和17年11月30日 )    2014.5.27.

2014-05-27 20:31:28 | Weblog

     ちょうど、現在の“赤レンガ倉庫”あたりに位置します。
     そこでこの爆発事件が起こりました。
     『1トン爆弾100発分 その衝撃の凄まじさは横浜空襲をしのぐものだった』
     と、本の帯にあります。


     


     セミナーという講演会の場で、その詳細を聞きました。

  この事故は港周辺の住民の多数に目撃されたものの機密扱いとされ戦後長く秘されていたが、
  横浜税関に残されていた事故の写真フィルムにより神奈川新聞社の取材で概要が明らかになった。

     講師は、その取材をされた本人です。
     「事故」となっていますが、原因がそう推定されているからです。


     
         煙をあげているのがトオル号、その左がウッカーマルク号、左手前が第三雲海丸。


     事件の概要はつぎのようになります。

  1942年(昭和17年)11月30日午後1時46分。
  横浜港新港埠頭8号に停泊中のドイツ高速輸送艦ウッカーマルク号が爆発。火薬類を満載した
  隣接の仮装巡洋艦第10号トオル号(トール号)が続いて大爆発、輸送船ロイテン号、第三雲海丸が
  次々と誘爆し、岸壁付近の上屋、倉庫、建物などを破壊した。1㌔以上離れた市街地の窓ガラスが
  割れるほどの衝撃で、トオル号の火災は数日間に及んだ。


     
         手前岸壁寄りがウッカーマルク号、奥がトオル号。

     
         煙の右奥に見えるのがロイテン号。


     死者102人(ドイツ人61人、中国人36人、日本5人)、負傷者多数。
     船舶大破焼失4隻、建物、荷物など被害総額は約3450万円。(神奈川県警察史)

     昭和17年11月はまだまだ初戦勝利のままの空気であったのでしょう。
     翌日の新聞に、「商船火災」と短く報じているだけです。
     上の3枚の写真は、当日ではなく、翌日・12月1日に東京税関の嘱託
     カメラマンが撮影したものだそうです。
     当日の写真が1枚あります。


     


     野毛山の方向からだそうで、歯医者さんが撮ったとのこと。
     港にカメラを向けることなど出来ない時代ですからね。
     東京税関のカメラマンさんも、歯医者さんも隠していたのでしょう。


  謎とされた事故の原因は、「ウッカーマルク」の油槽洗浄中に、作業員が喫煙していたことではないか、
  としています。前の積荷が、危険性の高い軽質油であったことを、日本側が知らせなかった点を捉えて、
  日独共同過失だと言います。
  ただ、当時の噂では、スパイの破壊工作説が有力だったそうです。ゾルゲ事件と絡めて分析されている
  そうです。


     お話しはいくらでもありますが、わたくしの不謹慎な興味は
     つぎのようになりました。

     ドイツの高速輸送艦ウッカーマルク号は、あの戦艦シュペー号の
     輸送艦であった。
     輸送船ロイテン号は、仮装巡洋艦トオル号に1942年8月9日拿捕(だほ)
     された。オーストラリア(連合軍)のナンキン号だったという。
     シュペー号も、トオル号も、どちらも開戦後通商破壊作戦に従事して
     いたのです。
     どちらも、自沈、爆発という最後を迎えてしまった。


     
      戦艦シュペー号・アドミラル・グラーフ・シュペー (装甲艦)。

     
      昭和17年11月30日の地震観測簿です。

     これは当日のものです。左下に「横浜新港岸壁ニ於ケル商船爆発ニヨル
     爆震」とあります。
     少々、駆け足でした。



     『横浜港ドイツ軍艦燃ゆ 惨劇から友情へ 50年目の真実』
     木馬書館、1995年・単行本。
     光人社NF文庫、2011年・文庫判。
     著者、石川美邦氏は現在・神奈川新聞の編集委員です。





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