いいしらせのグッドニュース[パート・Ⅱ]

グッドなテーマを、グッド・テイストでお伝えします。

ユーモアのある開会式。 ロンドン・オリンピック その2     /'12.7.29.掲載

2012-07-29 21:50:55 | Weblog

  もう、柔道などが始まっています。
  開会式の感想をまとめておかないとウヤムヤのまま、忘れてしまいそうです。
  開会式といっても、それはイギリスという国(?)のやり方・考え方などを
  みるということになるのでありましょう。カタイか。

  “熟度”とでもいう言葉が適切なのかな、たいへんにその度合いが深かったと思う。
  “ユーモアの表現がある開会式”は、はじめてだと思う。








  「炎のランナー」のテーマ曲を奏でるロンドン交響楽団の中に、なぜか「Mr.ビーン
  (ローワン・アトキンソン)」がいました。
  映画「炎のランナー」のパロディーの映像、世界的指揮者のサイモン・ラトル氏まで演じる小芝居。

  極めつきは、もちろん即位60周年のエリザベス女王です。
  「007」のジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)に案内され、バッキンガム宮殿から
  ヘリコプターで会場まで飛び、パラシュートで降下する“演技”をされる。
  直後に実際の女王がロゲIOC会長とともにスタジアムに姿を現わします。

  映像とスタジアム会場の人々の理解とがうまく連動しているのか、心配してしまいましたが
  いろいろとみていると大丈夫そうですね。








  メリー・ポピンズも気に入りました。

  もっとも気に入ったのは、田園のつくり・その中の“みどりの丘”です。










  “みどりの丘”で開会のセレモニーが行なわれたのははじめてでしょうね。
  近代的な、それはそれは威厳のある設定でしたよね。
  開発途上国では、成長の誇示・国威発揚などが未だメインテーマでありましょうが。










  鳩・それは平和のシンボルとしてかならず運用されるらしいのですが、
  ここでは、サイクル・自転車の人の背中の翼がゆったりと羽ばたき、空中を
  飛び上がっていきます。

  いろいろとあったと思います。











  この国の田園風景は、有名ですが(それらも彼らが造り出したもの)、
  産業革命で、まっくろになる。
  このあたりが難しそうですが、ここに五輪が出現します。











  この五輪の輪を造り上げた人々は、現代にはなっていない。
  ロンドンでの開催は3回で、1回目は1908年、2回目は1948年、そして今年です。
  あたっているかわからないが、このへんって重要かもね。

  シェイクスピアらしき人物も登場していました。
  ここも興味ありました。









  前者のダンスも重いテーマだったのじゃないかな。

  子供たちのベッドですが、このシーンは病院の描写からはじまります。
  説明によると、英国の医療制度の良さを語っているのだとか。
  子供のベッドは、夢の世界、フィクションの世界に展開します。
  メリー・ポピンズ、最近のハリー・ポッターなどへ。

  まあ、そんなに網羅できませんが、素晴らしい内容です。
  オリンピックという場の役割変化をも提示していますね。
  ダニー・ボイル氏の演出、GOODです。
  





オリンピック、もちろん観ましたよね。その1     [2012.7.28./5:00~9:00]

2012-07-28 18:45:37 | Weblog

全体感想の前に、わたくしの発見です。
ま、自慢のつもり。








それは、2時間ちかい各国の入場行進で気がつきました。
旗手の右の、国名の表示が今までとちがう。
単なるプラカードではなく、立体的です。
女性は背中にも背負って両手で支えています。
ごくろうさま。








200カ国以上の行進で、20カ国くらいで気がつきました。
旗手の左の女の子(少女くらいが多い)が持っているのは
なんだろうか。
ますます、気になりはじめてしまう。

全部観た人はわかりましたよね。








注目の聖火最終ランナーは、十代の若者グループ、それまでに
さまざまな気づかいというか、工夫がありました。
それもよい。
イギリスってこんなにいい国でしたっけ。

などと失礼なことをつぶやきつつ、聖火台はあの素敵な“緑の丘”が
あやしいな。と。








スタジアムの真ん中でした。
花のようにレイアウトされた細長い管と先端の“花びら”。
花びらには国名が刻まれているとアナウンスされていました。
そう、そうなんです。
旗手の左の少女たちは、これを持っていたんです。
(今の時点での確認なし)








スタジアムの中央に炎の華が咲きました。
このスタジアム全体を有機的に使い切っていましたね。
素晴らしい開会式でした。ユーモアもあり。



おまけ。
午後、FMで“ブリティシュ・ロック三昧”を延々とやっておりました。
イギリスのこの領域も見直してしまった。
そういえば、
ロゲIOC会長はこうおっしゃっていましたね。

   ある意味で五輪は今夜、故郷に帰ってきた。スポーツマンシップとフェアプレーを初めてルールに
   明文化したのは、ここ英国だ。
   近代五輪の父、クーベルタン男爵は、スポーツに対する英国の姿勢に深い感銘を受けた。

歴史があって、それも近代の歴史が重要なのだが、その濃さに感服しております。
この項は、つづきます。






[GOOD・1] 遅れましたが “ダルビッシュ有投手” です。     /'12年1月掲載のものです。

2012-07-27 01:17:35 | Weblog




       プロ野球選手のメジャー移籍には、このところ釈然としないものを
       感じている。
       今回もウジャウジャと手を上げていた。
       なんなんだ、と不愉快だった。


       目玉のダルビッシュ有投手はすごい前評判であったが、
       今ひとつスッキリしないものがあった。
       が、24日の札幌ドームでの記者会見でグッド・GOODを決めました。


       彼は、入団当初からメジャーに「あまり興味がない」といい、
       「今もあまり変わらない」とおっしゃる。
       では、なんでということになるのだが、
       これが明快だ。
       「(最近は)相手が『ダルビッシュを打ってやる』という気持ちで
       来なくなっていて、モチベーションを保つのが難しかった。
       すごい勝負がしたかった。強い相手のバッターを倒したい」と
       いう。
       それに、語ってこなかった移籍を、「最初にファンに話したい」と
       いうのだ。


       こういうことも言う。
       「日本人の評価が米国では低い。日本人が下に見られるのはイヤ」、
       「世界でナンバーワンの投手といえばダルビッシュ、といわれる
       ようになりたい」
       と静かに話したという。


       工藤公康さん、解説者なりたてでちょっとおっちょこちょいの感が
       否めないが、「順応性、球種の多様さ、コミュニケーションなどで、
       18から、20勝はいく」という。1.24.5ch.
       だれだか忘れたけど、メジャーでは、比較的にピッチャーは成功
       しているが、打者、内野手などは評価が低いという。
       例外はひとりいるが、(イチロー)ということらしい。

       
       米国での入団会見で「スピードは速くないが」「バカだから、
       プレッシャーも感じない」などとおっしゃっていた。
       契約金も最高のダルビッシュくんをやさしく見守りたい。
       このハーフの若者を見守りたい。






イチローと松井秀喜。     /'12.7.26.掲載

2012-07-26 19:13:03 | Weblog

   マリナーズのイチロー外野手(38)が23日(日本時間24日)、ヤンキースへ電撃移籍した。

   米大リーグ、レイズは25日、松井秀喜外野手(38)に戦力外通告したと発表した。


スポーツ好きであれば、誰でも衝撃を受けたと思う。
間違いなく。










   イチローが旧本拠地となったセーフコ・フィールドの三塁側ビジター・ダッグアウトから姿を現すと、
   球場内からスタンディングオベーションが巻き起こった。
   スタンドには「さよならイチロー」「THANKS ICHIRO」のプレート。
   イチローはヘルメットを掲げると、大きく2度頭を下げて声援に応えて打席へ入った。


お話しはここまでは美しかった。
が、だんだんとなにかが変わっていった。そんな感じをもってしまった。
まず、ふたりは半年ほどの差はあるけれども、38歳であること。


イチローの会見を見た人たちは大勢いらっしゃると思いますが、
どう感じましたか。














わたくしも、あんまりさびしいことは言いたくありませんが、
11年在籍したチームとの別れ、それへの感謝の気持ちとも、
新しい挑戦への強い気持ちも、感じませんでした。
思わず、「イチロー、どうした」と言いたくなる気持ちを抑えてしまいました。


   早くも厳しいニューヨークメディアの洗礼が浴びせかけられている。
   24日付(日本時間25日)のニューヨークポスト紙はイチローについて「過去のスターとなった歌手、
   マドンナと同じ」と報じ、デイリー・ニューズ紙は「故障した穴埋めに過ぎず、ヤンキースの
   来季戦力構想には入っていない」と伝えている。
   大衆紙ニューヨーク・ポスト(電子版)は「ヤンキースは『成熟したイチロー』を欲しいのであって、
   『年を取ったイチロー』ではない」と指摘。
   ただ、スポーツ専門局ESPNの解説者は「移籍が彼の目を覚ますかもしれない。
   『もはやキング(王)ではないものの、どうすれば対応できるのか』と、考え抜くはずだ」と期待する
   コメントを寄せた。


わたくしの感じていることが、おわかりでしょうか。
なぜ、いつまでもメジャーにみなさん留まるのか。
年金だよと、事もなげに言うヒトがいましたが、これはどうもね。
ことし、ダルビッシュという若者が挑戦したばかりです。

こたえは、これで十分ではありませんか。







巨人はあのスキャンダルで優勝しても、イメチェンがむずかしいとか。
アメリカでもスーパースターである“イチロー”さんは、
どうなさるのか。

メジャーにいくのは、もはや反対です。
想像力の欠如だと思うな。
最近ではね。






伊東四朗さんの場合 [番組視聴篇]     /2012年1月の掲載です。

2012-07-25 19:44:38 | Weblog


   「番組視聴篇」とは、なんなんだろう。
   「番組チェック」では僭越ですし、「批評」なんてもっともってのほかと
   思いまして、よくわからない「番組視聴篇」としました。
   いいたい放題は同じでしょうがね。







   伊東四朗さんが主役の『多摩南署たたき上げ刑事近松丙吉』です。
   右の角野卓造さんが、上司で彼をかばい、信頼しています。
   真ん中のおにいさんは、近松刑事と組む部下でもちろん信頼の関係です。


   俳優は、バラエティ番組などに出てはいけないと言う。
   たとえば、高橋英樹さんなどがそう思われる。
   伊東四朗さんは、コメディアンであるから当然ながら、そうした番組に
   出られている。かなり、絞り込んでいるように思うが。
   お笑いタレントとは、所詮レベルが違うか。


   コメディアンで出発して、本格的俳優に転進していくというパターンを
   “森繁病”というそうです。これは、演出家の鴨下さんにお聞きしたの
   かな。喜劇をちょっと卑下しているようでイヤですね。
   伊東四朗さんは、コメディアンであることを卒業されていないのだから
   あてはまらないと思うけど。









   スルリと俳優になっていらっしゃる。
   たたき上げ刑事には、かならず本庁のキャリア氏が立ちはだかる。
   セオリーではあるが、はねのけて得意顔を彼はしない。
   ここが新しいのかな。


   キムタクという人は、アイドルから俳優になれない。
   と以前書きました。
   なにをなさっても、アイドルになっている、という意味です。
   スルリと俳優になる、ドラマ世界の役になっている。
   なれないアイドル、この違いはなんなんでしょうか。
   某週刊誌に「中島みゆき、ダメ出し“キムタク、もうダメじゃん”」と
   中吊りにあったので、買ってしまいました。
   (1月26日号/ この記事内容がひどい。最近、週刊誌もダメじゃん)


   話しを戻すと、伊東四朗さんが出ているので2時間おつき合いして
   しまった。
   ホンの後半がつらかったが、みてしまった。
   この手がお得意の5chかと思ったら、これは7chでした。

   やっぱ、全体の存在感といったところなのかな。




   

全英オープン、ゴルフの方です。'12.7.24.掲載

2012-07-24 20:44:48 | Weblog

◇USPGAツアー 全英オープン最終日(2012年7月22日 英国リザムセントアンズ ロイヤルリザム・アンド・セントアンズ)

                          
42歳のエルスが6打差を逆転し優勝トロフィーを手にした。
5位から出たアーニー・エルス(南アフリカ)は4バーディー、2ボギーの68をマークし、
通算7アンダーで10年ぶり2度目の優勝、メジャー通算4勝目を飾った。
15番から4連続ボギーで失速したアダム・スコット(32=オーストラリア)は75で
1打差の2位。タイガー・ウッズ(36=米国)は通算3アンダーで3位、藤本佳則(22=フリー)が
7オーバーの54位、武藤俊憲(34=赤城CC)は11オーバーの72位だった。

32歳で全英を制した10年前からのベテラン・エルスが、07年大会のハリントン以来となる6打差から
の大逆転を演じた。
「10年も優勝できなかったから。気分は本当にクレージー!クレージー!クレージー!」と興奮するしかなかったそうです。













この絵は、3日目のタイガー・ウッズです。
あの特有のバンカーにつかまったウッズです。


つまり、エルスさんは意外だったわけで、
ウッズなどが復帰を期待されていたと思います。


絵の説明。
壁が高いので、かなりの時間をかけていたのですが、ピンに向かって打つ。
彼の左に壁に当たって戻るボールが見えます。
さらに壁際にあるボール。
バンカーの外、上位置になりますが打ちます。
ボールは上方の斜めのグリーンに当たり、グリーンの右縁周りに流れました。


わたくしも最近特に、ゴルフに取り込まれています。
これは、たしなんでいないとわかりません。






ビキニといっても、“ビキニ環礁”のことです。その1     [2012年1月掲載]

2012-07-24 01:01:18 | Weblog


   ◎この掲載文は2012年1月のものです。
    昨年・2011年11月ころから、ことし・2012年4月ころまで
    日時表示にトラブルが発生してしまいました。
    その間の掲載文が自動的に表示されてしまいます。

    内容が、明らかに時期を失したものは削除しています。
    ご迷惑をおかけしています、申しわけありません。

    +++++++++++++++



   最近、話しが長くなっていますね。
   反省はしていませんが、そんな事象が多いのかな。

   今回は、“原発”ではなく、“放射性物質”の後始末のことです。








   新聞とニュース番組から、です。







   この大きな2つの円はなんなのか。
   スーパーにある通りの原子爆弾の実験あとです。


   「 ブルーの円(右)は1956年5月4日の実験(40kt)で出来たクレーターで、
   珊瑚礁を吹き飛ばした爆心の穴は深く、周囲の浅い珊瑚礁の海と比べて
   深い青色をしている。グレーの円(左)は1958年5月5日のカクタス実験
   (18kt)の結果出来た深さ9mのクレータだった 」。







   左のグレーの円は、核実験で汚染した島の土や核のゴミを集めて穴に
   捨て、厚さ45cmのコンクリートで覆って出来た直径110m、高さ7.5mの
   コンクリートドームである。







   これを“ルニットドーム”という。
   映像に小さな人間の影が見えると思う。
   これがアメリカの後始末だ。


   「 ビキニ環礁は、マーシャル諸島共和国に属する環礁。23の島嶼から
   なり、礁湖の面積は594.1平方キロメートル。1946年から1958年に
   かけて、太平洋核実験場としてアメリカ合衆国が67回もの核実験を
   行った。

   最初の核実験は、1946年7月1日と7月25日のクロスロード作戦である。
   大小71隻の艦艇を標的とする原子爆弾の実験であり、連合国の艦艇
   のみならず、アメリカ軍が接収した日本海軍の戦艦長門、軽巡洋艦酒匂
   やドイツ海軍の重巡洋艦プリンツ・オイゲンなども標的となった。
   アメリカ海軍籍で標的となった主な艦艇は、戦艦ネバダ、アーカンソー、
   ニューヨーク、ペンシルベニア、空母サラトガなどである。

   1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた水爆実験(キャッスル作戦)では、
   広島型原子爆弾約1000個分の爆発力(15Mt)の水素爆弾(コード名
   ブラボー)が炸裂し、海底に直径約2キロメートル、深さ73メートルの
   クレーター(通称、ブラボー・クレーター)が形成された。
   このとき、日本のマグロ漁船・第五福竜丸を初め約1000隻以上の漁船が
   死の灰を浴びて被曝した。
   また、ビキニ環礁から約240km離れたロンゲラップ環礁にも死の灰が
   降り積もり、島民64人が被曝して避難することになった。 」









   この映像は、レッドウィング作戦セミノール実験とされるものだ。
   放射性降下物が降り注ぐ様子がよくわかる。
   おぞましい映像といえる。











   市長さんは“フクシマ”へのメッセージとしておっしゃっている。
   あまりにも、簡潔だが。


   3・11以後、われわれはいろいろなことを知ったが、
   原爆・水爆の実験場のその後は知らない。
   チェルノブイリを知っているけれども、
   ロシア、中国の後始末は知らない。


   つづく。





   

日吉の元軍事施設(戦争遺跡)を見学しました。     [2012年1月の掲載]

2012-07-23 18:39:55 | Weblog


   1月の寒い午前8時45分、日吉駅に集合。
   






   ここらあたりは、昭和10年ころまで、それはのどかな農村地帯であった
   ようです。
   昭和10年ころからは、学園の町になっていきましたが、
   海軍軍令部などが実際に入ってくるのは、昭和19年になってからでした。







   この大正的なクラシックなビルは、大学予科だった第二校舎で、
   手前右にあるのが第一校舎です。
   1934年、昭和9年に建てられています。
   昭和19年3月以降、ここは海軍軍令部、人事局、連合艦隊司令部(9月
   から)の施設となり、地下壕の建設は7月から海軍設営隊によって始めら
   れています。
   その2600mに及ぶ、超特急工事だったとか。
   (学校圏以外にもあり、総延長は5.1km)

   しかし、海軍さんがいるのはわかっていても、何をしているかはわかり
   ません。地下壕などは極秘事項です。
   本土決戦に備える、そんな戦略は当然あったでしょうが、19年では既に
   残っている軍艦数も想像されます。







   “まむし谷”へ入っていきます。
   地下壕の入り口が、その山すそにあります。







   蛍光灯の照明で昼間のように明るかったそうです。
   電信室・暗号室では約200名が勤務しており、司令官を含む約30名の
   幕僚は、空襲などの緊急時に降りて、作戦室(最も広く、幅4m、高さ3m、
   長さ20m)で執務にあたったようです。









   見学者の背丈で、この内部スケールがおわかりと思います。

   昭和20年になると、空襲が激しくなります。
   横浜、川崎、横須賀などの被害が特に大きくなりますが、
   日吉では、4月4日と、15~16日、5月24日の3回にわたって、被害
   をうけています。
   すぐ脇の住宅が爆撃されていても、地下壕は被害をうけてはいません。










   電信室は受信はしても、発信はしません。
   電波・電信の発達はめざましく、発信は命取りだったわけです。
   昭和20年4月7日、沖縄特攻の戦艦大和の、徳之島北西沖での沈没の
   一部始終を電信員は受信するだけだったといいます。


   20年9月8日、慶応義塾は米軍の占領下におかれる。
   24年10月1日、日吉キャンパスが返還されます。








   らくがきが散見されました。
   これは、「安保反対」と読める。

   現在は、保存の会が厳重に、大切に管理されていますが、
   返還後しばらくは放置されていたのであろうか。
   60年か、70年安保か。
   当時、学生たちが利用したとの話しも聞きました。ホントか、どうか。

   しかし、現在の学生たちはほとんど無関心であると聞きました。

   
   



ブラックホールその4 ( 事象の地平面 )     /'12.7.22.掲載

2012-07-22 06:53:44 | Weblog





   □ 星の進化理論

     密度が中性子星を上回ったもので、太陽質量で云う20~30倍以上ではブラックホールとなります。
     非常に重い恒星が超新星爆発した後に極限までつぶれた天体で、 収縮の段階では自己の重力を
     止めるものがないため、どこまでも重力崩壊が続き、ブラックホールとなります。
     ブラックホールに吸い込まれた物体は、潮汐力により破壊され、素粒子レベルまで分解されてしまうと
     考えられています。


正確に理解しているとは思えませんが、そういうことです。










   □ 事象の地平面(事象の地平線) 
                                   
     ブラックホールの外部世界との境界は、“事象の地平面”(event horizon) と呼ばれる。

     ブラックホールに落ちていく物質は事象の地平面に近づくにつれ、相対論的効果により
     時間の進行が遅くなり、地平面に着いた時点で時間は止まり、仮にブラックホール内部から
     外を見た場合は、逆に物質の時間経過は加速していくように見えるはずです。
     その強力な重力のため、規定脱出速度は光速を上回ります。

     また、引き込まれる物体は赤方偏移を受けるため、可視光から赤、赤外線、電波と変わり
     事象の地平面に達した時点で完全に見えなくなるので、ブラックホールの内部は不可視となります。

     わたしたちの銀河系の中心にも、太陽質量の数十億倍もの大質量ブラックホールがあると
     考えられています。



ほとんど理解できていませんが、
このあたりがたいへんに好きであります。なぜか、ワクワクします。
“事象の地平面”(事象の地平線)という言葉と、ヴィジュアルも気に入っています。

わからなくても、出発点はこのあたりにありますよね。おそらく。






「サイエンス ZERO」から。