ある先輩を、そこそこ知られたおでん屋にお連れした。
大勢であったのだが、このヒトはぽろっとつぶやく。
「おでんって、みんな同じ味になるんだよね。でもこれは旨いよ」と。
なるほどね。
このヒトはご自分でも厨房に立ち、自分の味を持たれている、そんな人
なんですね。
いい加減な料理番組とお店紹介にあふれているけれど、
ときどき、びっくりする料理人を見かけることがある。
彼らは、アーティストだと思うことがよくある。
ひとり、仙台在住のイタリア料理シェフ。
手入れされてない畑をもっていて、耕されていないその野っぱらで
自分の好みのものを育てている。彼はその畑でそうした草花を愛でて
いて、受粉をしていた。
名もない草花を雑草というの、嫌なんだという。
この言葉にまいった。
料理は味わえないが。(8.8.6ch.)
野菜の目利き。野菜選びのスペシャリスト・内田流。
「本当の緑野菜は緑が薄い」、「自然栽培、なにもしない、水もやらない、
引き切り」、「グリルの桃。なす、肩が張ってる。レタス、10円玉くらい
の丸い芯。冷蔵庫にいれない」。
ちょっと脈絡ないがいい。(8.29.12ch.)
「泥のスープ」をつくった男がいた。
ちょっと際物っぽいが、ホンモノっぽいのだ。
魚はうろこも取らない。そこが旨いんだよと2、3尾を煮込み、裏ごし
してスープにしたり、スイカでショートケーキをつくったり、と。
「カラダがよろこぶ」、「原始に帰る」などとおっしゃる。
テレビだから、味はわかりません。
反動として、自然回帰という感はあるけれども、いいんじゃないか。
B級グルメの流行りも、ある種、反動だと思うが、
黒いTシャツ、前掛けに、鉢巻きなどしたラーメン屋にはもう、もう
ウンザリなんだ。