保存鉄道車両巡りの旅2

鉄道車両の静態保存車を紹介するブログです。

【台湾】高雄市 橋頭糖廠の車両たち(その1)

2015-05-03 21:34:00 | 台湾

場所:台湾 高雄市橋頭区糖廠路24号 橋頭糖廠
保存車両:多数
(2015年4月19日訪問)

高雄市北部の橋頭糖廠で保存されている車両たちです。
台湾ではサトウキビの生産が盛んで、橋頭糖廠は日本統治時代に建設された製糖工場です。現在では工場は閉鎖されてしまいましたが、当時の設備を利用した見学施設になっています。そして原料輸送や製品出荷のためにナローゲージが敷かれていました。
軌間762mmであり、国際標準の1435mmの約半分であることから「五分車」と呼ばれています。

機関庫が残され、静態保存と思われますが多数の機関車が留置されています。


機関庫前に置かれているNo,950機関車と番号不明の機関車。足回りはロッド無しの3軸です。


このNo,13機関車のみは軌間1067mm用です。一般的な自動連結器が取り付けられています。機関車前のレールが3本あるのが分かるでしょうか。1067mmと762mmが3線軌条になっていると思われます。


当時のヤード跡と思われる場所でも多数の車両が保存されています。No,923機関車と貨車と人車。貨車は原料のサトウキビや製造した製品の輸送に使われていたのでしょうか。


No,918機関車と3両の貨車。


貨車はいずれも2軸で連結器はピンリンク式です。このような車両がガチャガチャと走り回っていたんですね。


番号不明のレールカー。自走できるようですが、正面には前照灯のみでワイパーや警笛が無いなど変な車両です。屋根上のピンク色っぽいものはパトライトかと思います。
職員輸送や巡回に使用されたかと思われます。


そしてこのレールカーは、車体中央部に運転席があります。床から飛び出しているレバーは逆転レバーやマスコン(スロットル)、丸いハンドルは手ブレーキだと思います。
このような構造だと「これ以上簡略化する余地が無い」ほど構造が単純になるメリットがあります。しかし運転士の前後に乗客や荷物を載せるので、運転士の視界が最悪になるデメリットがあります。
余談ですが、旧ソ連にもこのような構造のレールカーが存在しました。


番号不明の機関車。同じような外観の機関車でも、ライトや警笛の取り付け方がそれぞれ違うのが面白いところです。
これも下周りは3軸です。Nゲージのバックマン(後に河合商会で販売)のCタイプディーゼル機関車のような下回りです。

(その2)へ続く

【台湾】花蓮縣 光隆博物館の車両たち

2015-05-01 21:35:00 | 台湾


場所:花蓮縣新城郷康楽村加湾1-2 光隆鉱石博物館
保存車両:LCK31、DR2058、DR2066、DR2067、DR2068、貨車(番号不明)
(2015年4月19日訪問)

台湾東部の街花蓮。その花蓮駅の隣に北埔駅があり、北埔駅より北へ約3km離れた光隆鉱石博物館に保存されている車両です。

SLは762mm軌間のナローゲージです。
このLCK31の来歴は複雑です。1912(大正元)年にドイツ・コッペル社で製造されました。日本到着後は国鉄旭川工場で組み立てられ、「ケ204」として留辺蘂へ配置され湧別軽便線(現在の石北本線)で使用されました。
しかしわずか5年後の1917(大正6)年に湧別軽便線が1067mmに改軌されたため廃車され、台湾へ渡り台東付近の軽便線で使用されました。第二次世界大戦後も長く使用され、廃車後はこの地で静態保存されています。


LCK31の後ろには貨車が保存されていますが、これは1067mm軌間の貨車です。
形式は不明ですがかなり古典的な外観で、日本なら大正から昭和初期にこのような貨車が製造されていました。


軌間が異なりますので、保存されているコンクリート台には762mmと1067mmの2種類の線路が敷かれています。画像は、両者が隣接する部分。


柵の内側の敷地内にも車両が保存されています。たくさんのバイクが停まっていますが、従業員用の駐輪場かと思われます。


(この画像のみ許可を得て撮影)
DR2050形気動車が4両保存されています。物置か従業員の休憩所に使われているようです。
DR2050形は、ナロー時代の台東線での最速列車「光華号」に使用されました。1982(昭和57)年に台東線が1067mmへ改軌されると光華号は廃止されました。
しかし状態の良いDR2000形(気動車)とDR2050形(気動附随車)は台車を1067mmのものに交換し、普通列車に使用されました(車体は軽便サイズのままでした)。
現在でも現役の車両がいて、軽量な事から動態保存のSL列車に使われているようです。


【台湾】台南市 成功大学のSL

2015-04-24 14:50:00 | 台湾


場所:台湾 台南市東区大学路1號701 成功大学
保存車両:BK24
(2015年4月19日訪問)

台湾鉄路管理局台南駅の後站(駅裏側の出口)から徒歩5分程の場所に保存されている車両です。
大学のキャンパス内にありますが、昼間であれば自由に出入りする事が出来ます。


建物のような立派な屋根の下で保存されています。
この機関車は、1901~1905(明治34~38)年に(勉強不足で正確な年は不明)日本の汽車会社で製造され、台湾総督府鉄道へ納入されました。
BK24と改称されたのは第二次世界大戦後で、1954(昭和29)年まで淡水線で活躍しました。


機関車の周囲は柵で囲われているため、間近での見学は出来ません。片側のボイラーの一部は切り開かれており、内部の構造が分かるようになっています。


実物の部品を使用したと思われる、蒸気機関車の構造を説明する看板もあります。どうやら機関車は教材として置かれているようです。

なお日本の230形蒸気機関車と同型で、233が大阪の交通科学博物館に保存されていました。


【台湾】台南市 体育公園のSLたち

2015-04-21 23:24:00 | 台湾


場所:台湾 台南市體育路 體育公園(体育公園)
保存車両:CT251、DT652
(2015年4月19日訪問)

台南市にある体育公園に保存されている車両です。台湾鉄路管理局の台南駅からは3km程離れています。


1935(昭和10)年に三菱重工でC55 1として製造され(日本本土のC55 1とは別の車両)、当時日本の統治下にあった台湾へ渡りました。第二次世界大戦後にCT251へ改称され、1980年頃まで活躍しました。
なお、台湾高雄市のCT259と番号が取り違えられてしまい、この機関車は実際にはCT251です。そのためこのページではCT251として紹介しています。
なお、高雄市のCT259は現在は元の番号に復元されています。つまり、機関車のナンバープレートだけ見ればCT259が2両居ることになります。


美しいスポーク動輪が間近で見られます。機関車自体はあまり手入れされていない感じですが、余計な装飾や色入れが無いためこのような姿もいいのかもしれません。


日本のD51と同型のDT652です。1940(昭和15)年に汽車会社で製造され台湾へ渡りました。日本統治時代は「D51 2(本土のD51 2とは別物)」を名乗りましたが、戦後にDT652へ改称されています。


形態は日本本土の標準型とほぼ同じです。テンダーも台枠付きで台車は板台枠であるなど戦前一般型と同等です。
鉄道模型ならフロントのカウキャッチャーを取り付ければ簡単に異国の車両に仕立てられるので、お手軽な題材ではないでしょうか。


【台湾】新北市板橋区のDT670(DT675)

2015-04-21 22:46:00 | 台湾


場所:台湾 新北市板橋区莊敬路62号
保存車両:DT670
(2015年4月21日訪問)

台北市の隣の新北市に保存されている車両です。
台北捷運(MRT)板橋線新埔駅から徒歩6~7分程度の場所にあり、文化路2段182巷(道路)に面した場所に置かれています。
車両は立派な屋根の下に置かれており、周囲はガラス板でガードされています。間近で見学する事は出来ませんが、良好な保存状態です。


この機関車は日本のD51と同型で1942(昭和17)年に汽車会社で製造されました。形態は標準型で、「D51 20(日本本土のD51 20とは別物)」を名乗りました。本土での在籍歴は無く、当時日本の統治下にあった台湾へ直接輸送されています。
第二次世界大戦後にDT670に改称され、1980年代まで現役で使用されていたそうです。
なおナンバープレートはDT675になっていますが、実際はDT670だそうです。来歴もDT670のものを記載しています。


かなり詳しい説明板が設置されています(当然ながら台湾語で書かれています)。
このように大切に保存されていますが、機関車周囲に塀や高い木々があり全体を撮影しにくいのが難点でしょうか。


敷地の入り口には立派な門があります。なお台湾語で「汽車」と書くと自動車を意味するので、門にも汽車とは書かれていません。