保存鉄道車両巡りの旅2

鉄道車両の静態保存車を紹介するブログです。

安平町追分 道の駅あびらの車両たち

2019-08-01 12:38:00 | 胆振・日高(北海道)


場所:安平町追分柏が丘49-1 道の駅あびらD51ステーション
保存車両:D51-320、キハ183-214、ヨ4647、ワム184336、ワム186833、ワム186959、貨車移動機
(2019年7月25日訪問)

2019年4月にオープンした道の駅で保存されている車両たちです。
D51ステーションの名の通り、町内でかつてより保存されていたD51が移設されると共に新たな保存車も加えて整備されています。
キハ183-214は常時屋外展示、D51-320は決められた日に屋外展示されるようで訪問した日には庫内に仕舞われていました。


キハ183-214はキハ183-14として製造され、JR化後に強馬力改造を受けて200番台になっていました。2018(平成30)年3月に廃車されましたが、保存活動が行われ国鉄色に復元の上でこの地に保存されました。


車内を見学出来るよう階段が設置されています。
この日はちょうど車内の公開が行われていましたが、公開日時は不明です。機器室や運転室は公開していないようです。


車内は、廃車直前の状態で保存されています。
座席は原形のものではなく、キハ283系のグレードアップ指定席化改造で捻出されたものに交換されています。枕カバーが取り付けられているのが嬉しいです。


訪問当日はD51-320は庫内にいましたが、庫内でも見学出来るよう整備されています。


D51-320は、長らく安平町鉄道資料館(安平町追分白樺2丁目14番地)に保存されていましたが、道の駅オープンに合わせて移設されました。
2018年に発生した北海道胆振東部地震の影響を受け、2019(令和元)年6月に道の駅に移設されました。
かつては「すぐにでも動態保存出来る」とまで言われるほど保存状態が良く、各部の磨き出しや給油も行き届いていましたが、この場所でも同様に大切に保存されています。


D51-320の後ろには貨車移動機が連結されており、これも鉄道資料館から引っ越してきました。鉄道資料館でも道の駅と同様に貨車移動機でD51を庫外に押し出していました。
今では貨車を引っ張るよりもD51を押した期間の方がはるかに長くなっています。現役当時は数台の貨車を牽いていたのでしょうが、はるかに重いD51を押し続けて数十年、更なる活躍が期待されます。


車庫の横には貨車が保存されており、手前はヨ4647、奥にワムハチが3両あります。
ヨ4647はかつて安平町鉄道資料館で静態保存されていましたが、2000(平成12)年から始まったSL冬の湿原号に増結すべく車籍復帰しJR線上を走行していました。2015(平成27)年度に廃車され安平町に返還されました。
JR線を走行していた時はデッキから乗降出来ないよう側面が塞がれていましたが、返還に際し原形に復元されています。


ワムハチ3両もきれいに再塗装されて保存されています。
鉄道資料館に置かれていた頃はこのワムハチに清掃用具や鉄道資料が保管されていましたが、今後も同じように使われるのでしょうか。


かつてD51-320等が保存されていた安平町鉄道資料館にも保存されている車両があります。別記事ではD51の移設前の写真も紹介しています。

2022年6月24日 現存を確認


安平町追分 鉄道資料館の車両たち

2019-08-01 11:00:00 | 胆振・日高(北海道)


場所:安平町追分白樺2丁目14番地 安平町鉄道資料館
保存車両:スハ45-25、(キハ183-220)
(2011年9月15日訪問)
※2019年8月1日加筆修正

元は「追分町鉄道資料館」という所でした。JR追分駅裏手にあります。
D51-320が保存されていましたが道の駅あびらへ移設されています。道の駅あびらでの保存車両は別記事にて紹介しています。


スハ45-25です。この車両の特徴として、トイレ窓が近代化更新の際に楕円型に変更されています。
写真の展示スペースや休憩室に使われる他、車内の約半分は原形の座席が残っています。
再塗装されず色あせています。

キハ183-220はかつてD51-320が保存されていた車庫内に置かれているそうですが、訪問した際には確認出来ませんでした。周辺の整備に合わせて見学できるようになるものと思われます。


※以下は旧記事を修正したものです。現在は道の駅あびらに移設された車両もあります。2011年の撮影です。


ワムハチ3両は連結された状態で置かれています。非常にきれいな状態ですが、標記は車番以外無くなっています。


ワムハチは倉庫に使われているようです。


広い公園を囲むように車両が置かれています。ワムハチとスハ45は90度向きが違います。
D51が収まる車庫(現在はキハ183-220を保管)はスハ45の右手にあります。
最初の画像(2019年)とこの画像(2011年)を見比べると、スハ45はワムハチがあった場所に移され、ホームや遊具が撤去されていることが分かります。


安平町(平成の合併前は追分町)鉄道資料館の保存車両です。
普段は車庫に仕舞われていますが、定例開館日にはこのように車庫から引き出され屋外で展示されていました。


この機関車は、静態保存車両の中では最も状態が良いと言える車両です。保存会の方々が各部の磨き出しを行い、車庫から引き出す関係から軸受やピン類にも油が注されています。


惚れ惚れするぐらい美しい状態です。
なおこの安平町鉄道資料館には本来はD51-241が保存される予定でしたが、火災で焼失してしまったためこのD51-320が保存されたという経緯があります。あまりに有名な話なので詳細は割愛します。


D51のテンダーと後ろに連結された貨車移動機。手前の貨車移動機でD51を屋外へ移動させています。


協三工業で1969(昭和44)年に製造された10t貨車移動機です。機械番号は06-28-01-028です。



必要に迫られて使われているだけで「保存車」や「動態保存」とは言えないのかもしれません。しかし今でも現役で活躍している貨車移動機は貴重な存在で、エンジンは稼動しD51に圧縮空気を送ります。
個人的にはD51よりこちらが気になっていました。


連結器の向こう側の台枠が斜めに切り落とされているのが分かるでしょうか。これは原形では複線型スノープロウが取り付けられていたためです。現在は前面のスノープロウは撤去されています。
同型車が遠別町や美深町などに静態保存されています。


車庫の奥にはキハ27(または56)の運転台を改造した運転シミュレーターが置かれています。前面窓の前にテレビを置いただけの原始的な物です。


スハ45-20の2011年の様子です。塗装されて間もないのかきれいな状態です。


90°向きが変わるように移設されましたが、それ以外に変化はないようです。


新ひだか町静内 製材工場の保存車

2017-12-14 11:10:00 | 胆振・日高(北海道)


場所:新ひだか町静内木場町1丁目1-22
保存車両:貨車移動機(番号不明)
(2017年12月12日訪問)

静内市街地にある製材工場で保存されている車両です。
今回の訪問ではこの会社に構内立ち入りの問い合わせを行っていなかったため、敷地外から撮影しています(敷地への立ち入りが許可されるかは不明)。


ネット上の情報では、協三工業で1955(昭和30)年に製造された貨車移動機で、No.2という番号が付いていたそうです。
静内駅から工場内へ延びる専用線で働いていたと思われます。2軸ロッド式の足回りと全キャブスタイルであることが分かります。
車体色は保存当初はオレンジ色でしたが、その後に白色に変更、現在は再度塗装されたのか色が剥げ落ちたのかは不明ですが黒一色になっています。


新ひだか町静内 牧場の保存車たち

2017-12-14 10:45:00 | 胆振・日高(北海道)


場所:新ひだか町静内真歌
保存車両:ヨ4676、貨車移動機(無番号)
(2017年12月14日訪問)

新ひだか町静内のとある牧場で保存されている車両です。
国鉄の10t貨車移動機と思われる機関車と、ヨ3500形ヨ4676です。


貨車移動機には「北斗号」というヘッドマークが付けられています。「北斗」はここの牧場の名称かと思います。
貨車移動機のみ線路に載っており、ヨ4676の下回りは失われています。それでも貨車移動機とヨ4676で高さに大差がないのが面白いですね。


ヨ4676の周囲には階段が設けられていますが、中へ入ることは出来るのでしょうか。
ネット上の情報では2012年頃に一度再塗装されているようですが、それ以降は塗装されていないかと思います。


消えかけた「札」「ヨ4676」の標記。

この場所への行き方ですが、国道235号線静内橋より100mほど浦河方へ走ると金刀比羅神社があります。その付近から山側へ斜めに上がる道があり、その道を道なりに3.2kmほど走るとたどり着きます。

 

2022年6月24日 現存を確認


豊浦町 公民館のD51

2011-10-21 11:36:00 | 胆振・日高(北海道)

場所:豊浦町船見町95 豊浦町中央公民館
保存車両:D51-953
(2011年10月19日訪問)

豊浦町中心部に程近い場所に保存されている機関車です。周囲には図書館や小学校があります。


元は胆振縦貫鉄道(後の国鉄胆振線)が1942年に自社発注した機関車で、形態は国鉄D51標準型に酷似しています。1944年に国有化されD51-953となりました。


特殊な経歴もさることながら、後年に煙突がギースルエジェクターに改造されました。通常の円筒状の煙突とは違い楕円形の断面が特徴です。石炭の完全燃焼や火の粉防止に効果があったようです。

なおこのD51-953ですが、豊浦町の財政難により2003年頃に解体の危機に瀕しました。その後、保存会・ボランティアが熱心な働き鰍ッや機関車の修繕を行い、解体は撤回されました。
当方は2001年頃にも訪問していますが、その当時は塗装が色あせて車体は錆だらけ、部品があちこち無くなるなど荒れるに任せた状態でした。こうして再びきれいな姿を取り戻したことは非常にうれしいです。

2018年11月4日 現存を確認