ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態と環境を52年研究し保全活動してます。ホタルだけでなく、様々な昆虫の生態写真や自然風景の写真も掲載しています

東京で舞う西日本型ゲンジボタル

2020-05-17 21:40:40 | ゲンジボタル

 今年もホタルが舞う季節がやってきた。すでに九州や四国ではゲンジボタルやヒメボタルが飛び始めており、関東でも神奈川県の一部で発生しているが、関東での最盛期を前に本記事を掲載しておきたい。

 ゲンジボタル Luciola cruciata Motschulsky, 1854 は、遺伝子の違いから6つのグループに分けられるが、フォッサマグナを境に西と東に分布する本種には、オスの集団同期明滅時の発光間隔に大きな相違が認められる。それは気温でも変化するが、おおむね20℃では西日本が2秒、東日本が4秒と言われている。また飛翔にも大きな違いがあり、東日本のゲンジボタルは、かなりゆったりと飛ぶという特徴がある。また、長崎大学の研究により五島列島のゲンジボタルは、発光間隔が「1秒に1回」で、全国で最も速く点滅することが最近明らかにされている。これらの相違は遺伝子型の相違による。
 東京の多摩地域では、公園ではない自然の河川や里山でゲンジボタルを見ることができるが、実は、その多くが西日本型の遺伝子を持つゲンジボタルである。それは、ゲンジボタルを増やそうと人為的に 持ち込まれたことによる。ただし、ゲンジボタルの遺伝子型の相違が明らかになったのは20年ほど前のことである。それ以前に、見た目にはまったく同じゲンジボタルに遺伝子型に違いがあり、発光にも違いがあることなど分かるはずもなく、人為的放流は無理もない。
 本来、分布域には生物地理学上生じた「地域固有性」がある。もし、もともとホタルが生息している場所に遺伝子の違う他地域のメスを種ボタルとして持ってきた場合、DNAは母性遺伝するために、他地域の遺伝子が急速に広がる可能性が極めて高い。つまり、その地域に固有の遺伝学的特徴が失われたりする「遺伝学的汚染・遺伝子攪乱」が生じ、その地域固有の生態的・形態的な特性も失われてしまうのである。
 ホタルの遺伝学的汚染や遺伝子攪乱は、東京都内だけでなく既に全国的に広がっている。他地域のホタルを移動し定着させても、生態系にはほとんど影響がない場合もあるが、元来、ゲンジボタルの生息北限は青森県だが、現在ではブラキストン線(本州と北海道の間に引かれた生物分布境界線)を越えて北海道にも人為的に持ち込まれている。長野県の上高地に人為的に持ち込まれ定着したゲンジボタルは、環境省によって外来種として駆除されたこともある。見た目には何も変わることのないホタルであり、繁殖して増えれば嬉しいものだが、それぞれ特徴を持った地域固有種は守らなければならない。五島列島に他地域の個体を放せば、発光間隔が「1秒に1回」という特徴は失われてしまう。安易な人為的移動と放流は、ホタル保護でも自然保護でもないということを知らなければならない。
 すでに他地域のゲンジボタルが定着した所では、ホタルに罪はなく、上高地のような理由がなければ駆除する必要はないが、今後は、遺伝子型を踏まえた保護・保全、再生活動をお願いしたい。

 ゲンジボタルの発光の違いや飛び方の違いは、肉眼で見ると明確に区別することは難しいが、長時間露光(多重露光)による写真では、その違いが顕著に表れる。
 以下に掲載した写真3~5は、東京都内におけるゲンジボタルの自然発生地で撮影したもので、写真6及び7は、千葉県の自然発生地で撮影したものである。写真2及び3の生息地は、かつて西日本のゲンジボタルを放流したことが明白であり、遺伝子解析からも西日本型であることが分かっており、写真4及び5は、東日本型であることが分かっている。2つの地域を比較すると、光跡の違いがよく分かる。ちなみに、五島列島の写真はこちら「メクル第453号 全国で最も速く点滅する!?「五島列島型」ホタル

 ゲンジボタルの発生は、千葉県は今週末から6月中旬まで、東京では6月中旬から7月上旬頃が発生時期であるが、昨年の台風15号と台風19号による豪雨で河川が氾濫しており、そのため多くの幼虫が流された可能性がある。従って今年のゲンジボタルの発生は、かなり少ないかもしれない。
 また、新型コロナウイルスの影響で「ホタル祭り」等のイベントは中止になっている地区が多い。ホタル観賞やインスタ映えするからという撮影目的だけで生息地に来る方々の中には、ホタルの生態を知らず、自身の目的達成のためにホタルを滅ぼす行為をする方々がとても多いので、保全の観点からも良いだろう。また、遺伝子型など考慮せずに、ホタルを単なる見世物、客寄せパンダ同様の商品として養殖する業者、自然発生地から乱獲してホテル等に販売している業者にとっては、ホタル関連のイベントが中止なれば商売が成り立たなくなるが、私としては、こんなに嬉しいことはない。これを機に永遠に止めて頂きたい。
 個人的にホタルの観察や撮影、観賞に行かれる場合は、ホタルの生態を十分に学んだ上で、新型コロナウイルス感染拡大防止のための対策を十分に行って頂きたいと思う。

お願い:なるべくクオリティの高い写真をご覧頂きたく、1024*683 Pixels で掲載しています。ウェブブラウザの画面サイズが小さいと、自動的に縮小表示されますが、画質が低下します。Internet Explorer等ウェブブラウザの画面サイズを大きくしてご覧ください。

ゲンジボタルの写真

ゲンジボタル
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F2.8 9秒 ISO 1600(撮影地:東京都 2012.6.19 19:45)

ゲンジボタルの写真

ゲンジボタル
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F2.8 2秒 ISO 400(撮影地:東京都 2011.6.11 21:50)

ゲンジボタルの飛翔写真

西日本型ゲンジボタルの飛翔風景
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZE / 絞り優先AE F1.4 16秒 ISO 200(撮影地:東京都 2011.6.21 20:58)

ゲンジボタルの飛翔写真

西日本型ゲンジボタルの飛翔風景
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZE / 絞り優先AE F2.8 180秒分の多重 ISO 200(撮影地:東京都 2011.6.25 20:50)

ゲンジボタルの飛翔写真

西日本型ゲンジボタルの飛翔風景
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZE / 絞り優先AE F1.8 180秒分の多重 ISO 200(撮影地:東京都 2011.6.25 21:13)

東日本型ゲンジボタルの飛翔風景の写真

東日本型ゲンジボタルの飛翔風景
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZE / バルブ撮影 F1.4 12分相当の多重 ISO 200(撮影地:千葉県 2019.5.31)

東日本型ゲンジボタルの飛翔風景の写真

東日本型ゲンジボタルの飛翔風景
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZE / バルブ撮影 F1.4 ISO 640 5分相当の多重(撮影地:千葉県  2019.6.08)

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

東京ゲンジボタル研究所 古河義仁/Copyright (C) 2020 Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.



最新の画像もっと見る

コメントを投稿