幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

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 亀と月

2008-05-22 00:35:06 | Weblog


 エメラルドの海を泳いでいる亀がいた
 
 ときどき海面に頭を出して広い海原を見つめる
 
 まだ陸も島も見えないから
 
 また黒い水中に潜る
 
 そのうちに雲が赤く染まって
 
 点々と綿のように空を流れているのが見える
 
 亀は空に島ができたのだと思って
 
 首を伸ばして天に昇ろうとする
 
 でもどんなにもがいても体は海水に浸っている
 
 だから、こうすることにした
 
 しばらく夕日に輝く天空の雲を見つめてから
 
 亀はぎゅっと口を閉じて首をできるだけ伸ばし
 
 あの赤く輝く雲の中に入ってしまいたいと思いながら
 
 逆に水中に潜った
 
 どんどんどんどん潜った
 
 真っ暗で光も届かない深い深い海底目指して潜った
 
 そしてとうとう限界に達して
 
 亀は肺に残っていた最後のひと息を吐いた
 
 亀の口から真珠のような泡が一粒、二粒、三粒
 
 海面に向けてゆらゆらと上がっていく
 
 上に上がるにつれて泡は大きく膨らみ
  
 海面に達すると爆発して大きな水しぶきを上げた
 
 哀れ、亀は窒息して海底にひらひら沈んでいった
 
 破裂した泡は誰にも聞かれない音を立てて弾けたが
 
 それが亀の命の最後の息だった
 
 夜空には銀色の泡のような満月が浮かんでいた