これもまた、本当に不思議なご縁で、最栄阿闍梨のお墓が見つかりました。
製作会社のディレクター山口さんとの出逢いです。
ひょんなきっかけから、おみえになり、いろいろ話すうちに、
今ではお経の稽古を一緒にしています。
そんなわけで、山口さんは当院のことを一生懸命勉強されたようで、
南阿蘇に取材の折、これはどうも 『 最栄阿闍梨のお墓 』 では 、
ということに遭遇され、メールとかで墓石の写真や付近の状況を送っていただきました。
それから、崇正が下見に行き、「 これは、どぎゃんかせんと、いかん 」
彼の熱意で、今日のお墓の掃除ということになりました。
菩提樹苑の職員も総出で、トラック2台、クレーン車、チェーンソー、草刈機、
などなど、苑の機材一式持参し、大木を取り除き、一面に生えている竹や雑草を刈り取り
ました。
( 実は私はお参りもあり、お墓に到着した時には、きれいな状態になっていました。
草の中に埋もれているのは写真で見ただけです。あまり偉そうなことは言えませ
んが。) だけ言ってました。
隣のご婦人も出てこられて、
「 昔はここに立派なお堂が建っていた。冬になると山の上にいた偉いお坊さんが
下りてきて、このお堂で修行していた。」
ということを聞いていた、とお話していただきました。
県の文化財の方も調査に見えられて、やはり、最栄阿闍梨のお墓のようだと、話してお
られたそうです。
『 最栄阿闍梨 』 インドの生まれの方で、京都の比叡山よりお見えになり、
阿蘇の当院の元である、西巌殿寺を開かれた方なのです。
当院本堂に懸かっている額は 『 最栄室 』 と書かれてあります。
山口さんからの不思議なご縁で、本蔵院の源に出会うことができ、また今日
こうやってお参りできたことは、何よりも有り難いことでした。
息子の崇正も京都から帰って以来、ずっとお寺の歴史を気にしておりました。
それも、目に見えない大きな力が働いたのでしょう。
不思議なご縁に 感謝! 感謝! です
自分から動いたのか、はたまた世界から動いたのか、
頭で考えようとするとなんとも不思議な感じです。
でもこのことを文字通り、思議せずに受け入れると、
思わず笑みがこぼれるような、幸せな心持ちになります。
それにしても…ああ~
その場にいたかったです
住職、崇正くん、スタッフの皆々様、
本当にご苦労様でした
追伸
私、一制作会社のディレクターでございます故、
そこはひとつよしなにご紹介くださいますよう
運転中の阿声ロングトーンに悪戦苦闘しております。