これもずいぶん昔の話ですが
年なのでしょうか
最近は
昔のことをよく思い出します
夕べのご飯はというと
ふと思い出せないものです
若い頃、
安田先生を中心に
訓覇信雄(くるべしんゆう)
それに三浦先生、
その中に私もいたのです
多分三浦先生について行った
のでしょう
紹介がてら、三浦先生が
「この子も大谷大学ですよ」
すると、訓覇さん
「教授は誰や」
「舟橋先生です」
「ああ、あいつは重箱の隅を
爪楊枝で突っつく様な奴や」
まあ、それで私の紹介は
終わったのですが、
そのあと、何かの講義の折
私も舟橋先生の所にはよく
かよいました、
なかなか感動する話で
足を運んだものです、と
(この舟橋先生は私の習った
舟橋先生の父で舟橋水哉です
倶舎論の大家です)
あの席では知らん顔して
おられて、
何かの折にフォローする
ように話さたように
勝手に思っていました。
当然、その席というのも
方や大谷派の宗務総長
こちらは東寺・洛南高校の
校長の三浦先生
一番の課題は
今問題になっている
教団論でしょう
ですから、私の話に時間を
割くわけにはいきません。
本願寺にしろ東寺にしろ
どっちもどっちや
課題は同じではないか
むしろ、問題がないことの
方がもっと
危険な状態じゃないか、と
そういうような話が
続いたのです
中心問題は
教団論、僧伽の問題です
仏・法・僧の三宝でも
仏と法は大切で
僧は付け足しではないかと
思うかもしれないが
仏・法を実践するのは
僧(サンガ)ではないか
だから、僧伽という
教団が一番大切なのだ、と
そういうことが
中心課題だったように
思います
どちらも重大な責任を
背負っておられるお二人
その方が首を垂れて
真剣に安田先生の話に
耳を傾けておられる
一介の聞法者として
ですから
安田先生から何かいい話
ためになる話を聞こう
というのではないのです
自分にとって一番痛い話
自分の我執、固執を
打ち破ってくれるはなしに
耳を傾けておられるのです
心地好い話ではないのです
自分にとって一番都合の悪い
話しを聞きに来られた
こういう肩書のある人には
周りの人は
都合のいい話しかしません
損得勘定の話です
自分を切ってくれるような
話しが本当の話です
痛い、と思えるような
そういう話しに耳を傾ける
それが本当の聞法でしょう
何か本当の聞法者の姿を
見たような思いでした
というようなことを
夢の中で思い出したのです
というのも
その先日
何か気にかかり
訓覇さんのお寺をネットで
調べていたからでしょう
妙なものを思い出すものです
あまり公に書けない話も
たくさんあったのですが
ここまでにします。
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