TENNIS COACH DIARY

ハンサム木全のたわごとです

フィリピン33(ラスト)(118)

2005-07-12 13:23:39 | 2005ATFフィリピン遠征
★7/3(日)ものすごい暑い!ピーカン晴れ

 今回アジアテニス連盟がスタートさせたASIAN 14/U SERIESのフィリピン大会に参加しました。この大会は、オーストラリアンオープンの協力のもと、ETA(ヨーロッパテニス連盟)、や南アメリカテニス連盟を参考に、アジアでようやく始まった14歳アンドアンダーの大会です。年間のベスト4大会のポイントの合計によって年末ランキングを決め、上位8人は1ヶ月間オーストラリアでテニス修行を無料でできます。
 韓国は本当の国内トップ4を送り込んできて、勝負にきています。マレーシアは1位の子、シンガポールはトップ2人、フィリピンは当然開催国なのでトップから下まで。
 日本は私達、裏代表。
 レベルはまだまだヨーロッパの14歳の国際大会には遠くおよびませんが、これらの大会によってアジアのテニスレベルが上がっていくことを期待します。大会はすばらしくオーガナイズされ、経験を積み、実力をアップさせるのには、とてもいいものです。キャンパスドローという1位から32位まですべて決める方式もたくさん試合ができますから、すばらしい。また選手達は、アジアの国で遠征時、食べ物、行動などでどんな注意をすべきかもしっかり学びました。そしてそれぞれ外国人の友達を多く作ることができたことも大きな財産となると思います。

 こんなにいい大会とわかっていれば、もっと多くの選手(特に女子)を連れて来ればよかった!!と思ったと同時に、次回また多くの選手を連れて参加したいと思いました。

 最後に、この遠征に選手を参加させてくれたご両親、そしてとてもがんばった選手達、協力してくれた鷹之台のコーチ達、お留守をして迷惑をかけた生徒さんたち、そして各クラブのコーチのみなさん、その他ご協力して下さったみなさんに感謝の気持ちを持って今回の日記を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

帰りの機中にて  木全宏之


写真は韓国の女子チーム引率のWooコーチと、いっときますが、今回も浮いた話は全くありません!
コメント (4)

フィリピン32(117)

2005-07-11 00:07:00 | 2005ATFフィリピン遠征
フィリピン遠征に行って

2005、7、3 宇都宮武志

僕はテニスで強くなるため、またアジアの国際大会にでるためにNARITAを出発しました。初めてのフィリピンだったので、色々な不安が最初はありました。しかし、現地に着いてみるとおもしろいことも多くありました。南国の特徴ともいえるやしの木、独特の車、町並など色々なことが新鮮に感じられました。
着いたその日は試合がなかったので近くを散歩したり、練習したり、色々なことをしました。
そこで色々なことを学びました。その色々なこととは、町中がとてもそうぞうしい、かんばんのでかさがでかいなどとてもおもしろかったです。
その次の日はとばして…
次の日、試合がはじまりました。さすがにみんな強そうな顔ぶれが多いなーと思っていたら、すっごく大きな子がいるではないですか。
その子は韓国のKim君で14才という年令のわりに、なんと身長186cm。とっても大きい子でした。
全体の試合の結果は2勝3敗でした(1勝はBYEがあったため)
負けこしてしまいましたが、内容は良かったと思います。
今までのテニスは攻めが中心でしたが、今回の合宿で、守ることを知りました。無理に打たずに、中ロブ気味の深いボールを打ってその間に体せいを整える。ということを学びました。
また海外(危険の多い国でのこころえや、メンタルの大切さ、クレーコートの戦い方、試合で勝利する方法などを学びました。
フィリピンという国でコーチや仲間のみんなや両親のおかげでとても大切な5つを学びました。その5つを2字にまとめると
努力、精神、勇気、安全、良心
です。
これからの生活で今回のフィリピン遠征で学んだことをじゅうぶんに生かし、テニスでもレベルをどんどん上げていきたいと思います。
コメント (2)

フィリピン31(116)

2005-07-10 23:37:41 | 2005ATFフィリピン遠征
フィリピン遠征に行って

2005年7月3日 小澤 洋介

 僕はアジアの強い人が集まる国際大会に出場するためにフィリピンのマニラへ行きました。
5時間前後のフライトを終えて、フィリピンの空港に着いて、そこから外へ1歩出た時に「暑っ。」と、すぐに思ったほどフィリピンは暑かった。最初はこんな暑さで試合するのかと思っていたが試合当日(フィリピンについてから3日目)にはもう慣れてしまった。
 試合は1勝3敗(DEF1つ)だった。DEFが1つあったので試合をして勝ってはいないがコーチがいうにはだんだん良くなっているらしい。
 1試合目は相手が第7シードだった。クレイコートなのに僕は、1発で決めにいくことが多く、ミスも多かった。試合の後にコーチにスピンの量を最初は3段階でいいから最終的には5段階に分けるということと、もっとクレイコートらしいテニスをするように言われた。クレイコートらしいテニスとは、チャンスボールを待って、チャンスボールが来たら確実にポイントを取りにいくテニスである。2試合目、3試合目、4試合目、と心がけて、だんだんとできていったがそれでも試合に勝つことはできなかった。
 他の選手のテニスを見て思った事は、確率が高く、それでいて、相手に打ち込まれることのないストロークと多くの攻めパターンを持っているという事だ。
 僕がこのフィリピン遠征で学んだ事は、確率が高く、相手に打ち込まれない球(コーチはこれをキープ球と言う)を打てるようにして、ほぼ確実にポイントが取れる攻めパターンを作らないと試合に勝てないという事だ。僕は日々の練習に学んだ事を生かして取り組み、夏休みの多くの大会までにキープ球を打てるようにし、多くの攻めパターンを作って望み、勝っていきたいです。


写真は全表賞者のみなさん!
コメント

フィリピン30(115)

2005-07-10 22:28:54 | 2005ATFフィリピン遠征
国際大会フィリピンのまき…

畑山優也

今回のフィリピン遠征には14才下の国際大会に出るために行きました。
フィリピンの空港についた時、とても暑い空気が流れこんでくるかんじで空港の外では、日なたに出ることもできないぐらい暑く、テニスなんて出きないと思った。
ホテルにはシャトルで行き、そのあと会場をさがしに、外に出ると、4時ごろなのに、とても暑かった。
会場をさがすのに少し時間がかかったけど、見つかり、貝のクレーコートで1時間ぐらい練習した。
コートは8面で、3面はインドアのコートだった。町はきれいじゃなかったけど、ホテルは、かなりきれいでよかった。
2日目にはマレーシアの選手たちもきて、暑さになれるために一日練習した。
と中で、いきなり雨がふってくることがなん度もあって、とても大へんだった。
3日目にはシンガポールやフィリピンの人たちもきて、コートになれるために、練習していた。貝のコートは、すべりにくくて、イレギュラーもとても多くて、とても大へんだった。試合はダブルスもあるので、パートナーさがしをして、フィリピン2位のパトリック君とくむことができた。国のトップの人ばかりがきていたので、外国の人との練習がとてもおもしろかった。ぼくはシードで2回戦からだったけど、2回戦で、かん国2位のパク、ワン、ヨン君とあたり3-6,1-6で負け、負けても、コンソレが、あるので4日目は、つぎの日に、そなえてアキオ君(フィリピン7位)と、練習をした。3日目にも試合をし、6-3で勝ったけど、とてもうまいからいい練習になった。
つぎの日は、ダブルス2回戦と、2回戦負けした人とのコンソレーションマッチがあった。
ダブルスもかん国の人とやり、3-6,3-6シングルスは12才下フィリピン1位の子とやり、4-1,1-4,4-1で試合のあとも、色々な人と、練習した。そのつぎの日ダブルスはコンソレがなく、シングルは、しょうきが、1回戦負けた人とやり4-1,4-0そのあと、かん国の人と、練習し、ダブルスの試合を見た。シングルスではニーニョとかん国人3人がのこり、つぎの日の決勝はニーニョとキムとの試合で、2人とも、ボールの、スピード、コース高さ深さを、自由にかえられて色々な技を、もっていた。攻めてもミスをしないところが一番すごいと思った。
フィリピン遠征で、マレーシア、シンガポール、かん国フィリピンなど色々な国の人と、テニスだけで友達になれたことが、とてもうれしかった。
これをいかして、ITFにもどんどん出て、ポイントを、とっていきたいと思う。


写真は男女優勝者。KIMとバンビ。
コメント

フィリピン29(113)

2005-07-09 23:41:30 | 2005ATFフィリピン遠征
遠征に参加した4人の感想文を公開していきます。

フィリピン遠征を終えて

蜂谷翔希

今回の海外への遠征は2度目で、1回目の遠征より、期間は短かったけど、前回の遠征より、たくさんの事を学ぶ事ができました。
1早く暑さや環境、町なみになれて、ベストのプレーを、できるようになる事
2はずかしがらず、外国の上手な子に、自分の使える英語&みぶりてぶり(ジェスチャー)をして 
 どんどん練習してもらう事
3コートにあわせて、自分のプレーを少しかえ、よりくふうしてポイントを取りにいく事
4外国の上手な子と自分の何がちがうのか、そして、ちがうところを見抜いて、それを自分もでき
 るようになる(する)事
5試合前の行動や、試合後の行動などを、しっかり考え、食事やアップをあわせたりする事
6せめる=スピードだけではなく、球の球種やかく度、高さなどを、かえてせめたりする事

上の事を、僕はフィリピン遠征にいって感じ、そして学びました。まだまだたくさんあるけど、上の事が特に思った事です。

感想

ぼくはフィリピン遠征に行って、たくさん、外国の友達や仲のいい人が出きました。一番、心に残った友達は韓国の人たちです。韓国の人たちは、全員上手で、おもしろくて、優しい人でした。
男子はベスト4に3人も韓国の人が残って、優勝したのも韓国の人でした。
優勝した「キム」君は身長が186cmもあって、ミスが少なく、せいかくにコートに深くいきおいのあるボールを打ちこみ優勝しました。
トップスピンをしっかりかけて、ちゃんと組み立ててから、せめていて、クレーコートのテニスがしっかりできていました。
最終日には韓国の子たちとも練習できて、いっぱい、いいところを学ぶ事ができました。
ぼくも韓国の子たちのように、しっかりしたボール(スピン、高さ、スピード)を打てるようになって、それを試合で使えるようになり

帰国する日、韓国の子たちと、おたがいにプレゼントをわたして別れました。これからはフィリピンで学んだことを生かして、練習、そして試合で使っていきたいです。いっしょに練習してくれた子、ありがとう、これからもテニスがんばろ!
韓国の子ありがとう(コアプスムニダ)
コメント

フィリピン28(112)

2005-07-09 23:13:59 | 2005ATFフィリピン遠征
 夜、ミーティングで、今回の遠征で感じたこと、気付いたこと、これから何を練習してできるようにすべきか…などなどを話し合いましたが、みな思った以上にいい事を言っていました。

・日本のジュニアと違って、様々なテクニックを使い攻める。「攻撃=強い球」ではない。
・組み立てて相手をくずしてから決めにいくので、一発ミスがない。
・サーブの攻撃力と安定感のレベルがかなり高いのでサービスキープができる。
・つなげるのでもなく、決め球でもないボールがみなうまい。
・相手のバックに確実にサーブを入れる事ができないと、フォアレシーブをたたきこまれる。

そして木全からひとこと。ITFを回っている子達は予選で負けたら次の週の大会まで1試合もありません。1回負けたらおしまいのトーナメントですから。コーチは本戦に入った選手の試合につきっきりになるかも。だからこそ自分がどんどん外国人の選手に声をかけ、仲良くなって、積極的に練習できる「力」が要求されます。
 今回、そういう意味では、しょうき…100点、ゆうや…80点、たけし、ようすけは50点以下という採点です。

 写真はニーニョのサーブ、身長高くないのにダイナミックでしょう!
コメント (3)

フィリピン27(111)

2005-07-09 22:56:42 | 2005ATFフィリピン遠征
9~10位決め
○ゆうやvs SY AKIO(PHI)4-1,4-0→9位決定

1st ゆ B BKB 4
    A  B    1

2nd ゆ KBKB  4
    A       0

ゆうやは試合後「気を抜いたらやられるので、ずっと声を出して、しっかりやった。」の言葉どおりでした。AKIOに気魄がなく、凡ミスの連発だったのはとても残念!!

 昼休みにゆうやとたけしはサーブ&レシーブの練習。ダブルスが始まる2時までの限られた空きコートを有効に使っての練習です。しょうきは腹が減り過ぎて気持ち悪いというので、食べていいよと言ったら今度は食べ過ぎて気持ち悪くて動けないという。どういう考えと行動?結局練習せず。
 ようすけは朝少し打っただけで、あとは暑さにやられて、ずっと寝ていました。もう少し冷房の効いた所へ行くとか氷で冷やすとかして、早く復活する努力をして、練習してほしかったです。

 ダブルスの決勝のあとマッチ練習
ゆうやAKIO5-3,30-15PARKしょうき
たけし6-2PENA
 
 その後表賞式を見て、早めの帰宅というか帰ホテル。モールでおみやげを大量に買い、(蜂谷家のみなさん、今回は家族へのおみやげ買いましたよー!)日本食を食べ、戻りました。シャワー、ストレッチ&パッキング。
コメント

フィリピン26(110)

2005-07-09 22:38:53 | 2005ATFフィリピン遠征
★7/2(土)朝からかなり涼しい、曇り→その後死ぬ程暑い!(考えが甘かった)

今日はゆうや9~10位決め、しょうき19~20位決め、たけし23~24位決めようすけ…すべて終わってしまったので観戦&練習です。男子決勝がとても楽しみです。

男子決勝はニーニョ対でかKIM、2時間オーバーの熱戦の末、KIMに軍配!!
KIM YU-SOEB(KOR#2)46,61,64ALCANTRA FRANCIS C.(PHI#1)

19~20位決め
○しょうき vs JUAN FIDEL REGIS(ブーン、PHI)5-3,ret.→19位決定

1st し  KB B Bk 5
    ブ K  B B   3

1st4-3でむかえた第8ゲームを5回のデュースの末ゲット、そうしたらブーンが体調不良のためリタイヤしました、うーん残念!!好敵手だったのに。

23~24位決め
○たけし vs JUAn GABRIEL PENA(PHI)4-1,4-1→23位決定

1st た  BKBK 4
    J B     1

2nd た  KBKB 4
    J K     1

多少、実力差が大きかった…プレッシャーがあまりかかりませんでした。のびのびといいプレーをしていました。本人は終わったあと→「つまんなかった」といっていました。

写真は優勝したKIMのガッツポーズ!
コメント

リクエストにお答えして(109)

2005-07-09 22:16:04 | 2005ATFフィリピン遠征
フィリピンの日記に登場する試合の結果の下の暗号文のようなものの説明です。
例えば MIURAさんとKIMATAが試合をしたとして、

M K K K K KB
K  k K K K

とあった場合、一番左のMはMIURAさんのイニシャル、その下のKはKIMATAのイニシャルです。そして、その横に並ぶ2種類のマークは、K:キープ、B:ブレークです。
つまり、この試合、はじめMIURAさんが先にサーブをし、ゲームカウント5-4まで2人ともサービスキープ、そして、最後のゲーム、KIMATAがサーブをダウンした(ブレイクされた)、このセットは6-4でMIURAさんが取ったわけです。

 どうしてサービスをダウンしたDの記号を使わないのか、それはKとBを使えば、ぱっと見た時、ゲームカウントがわかりやすいんです。記号のある方がゲームを取っていますから、上6つ、下4つというのがすぐわかります。

 サービスキープを含めた、ある程度の試合の流れがわかるというわけです。

よく、テニスの試合を観戦するのが趣味の方が、お気に入りの選手の試合を見たいのだけど、LIVEのテレビ放送などがなく、見られない→だけどどうしてもいてもたってもいられない、という時に、インターネットのライブスコアボードなどで見る場合があります。そういう時、こういった方法でスコアを記録して、他のみなさんに経過報告をする場合が多いですね。


 写真は私の中ではベスト8に入る好きな花「ネジ花」です。今がシーズンです。
コメント

フィリピン25(108)

2005-07-08 01:20:28 | 2005ATFフィリピン遠征
9~12位決定戦

○ゆうや vs NGO GERARDO MICHAEL(PHI) 4-1,4-0

1st ゆ  BKBK 4
    N B     1

2nd ゆ BKBK 4
    N      0

はじめダウンした以外は全く危なげない展開。最後は11ポイント連取でした。深いストロークをしっかり打ち、相手にドロップショットを許しませんでした。


 シングルスの決勝は予想どおり、1シードのニーニョと2シードのKIM(大)の対戦となりました。あすの決勝楽しみ!!
昼休みダブルスの練習。
●ゆうや、しょうき2-6KIM(小)、HWANG
 ゆうやパトリック3-3KIM(大)、PARK
○しょうき、KIM(小)2-1ニーニョ、アキオ
○しょうき、KIM(小)2-1アキオ、HWANG
ゆうや、しょうきは積極的に外国人の子と練習をもとめて声をかけますが、たけし、ようすけはとても消極的というか、shyというか…昼は2人で練習しました。

2:00からダブルスの準決勝を観戦。ダブルスが終わったあと、練習。
○ゆうや3-1PARK
○しょうき1-1,15-0KIM(小)
その後4人で練習、4:45終了。

 日本食を食べ、もどった後、しょうきが韓国人の部屋に韓国人の子たちをさそいに行き、日本人4+韓国人4でプールへ遊びに行く。かなりみんな仲良くなりました。しょうきはあいかわらずどこへ行っても友達を作るのがうまい。他の国の子のルームナンバーを聞いて、毎日遊びにいく子は他にはいません。

 ウインブルドン男子SFフェデラーvsヒューイット、あまりに強すぎるフェデラーを見て寝ました。

写真は女子で圧倒的強さをほこり優勝したフィリピンNo1の「バンビ」(←ニックネーム)女王の風格がただよってました。
コメント