花 神
司馬遼太郎の小説『花神』を今日読み終えました。
読み始めたのはだいぶ前でしたが、途中で他の仕事をしたので、しばらく止んでいました。
司馬さんの小説は、いつ読んでも元気が出ます。
それにしてもこの大村益次郎を題材にしたこの小説の内容と題「花神」が結びつきませんでした。
3巻(下巻)の最後の方に「花神」について説明しておられます。紹介しておきます。
『花神』は、司馬さんお作品の中でも、特にお勧めしたい一冊です。
蔵六(大村益次郎)は、西郷が経た幕末とはほとんど無縁で、維新期に突如出現した。
蔵六がなすべきことは、幕末に貯蔵された革命のエネルギーを、軍事的手段でもっと全日本に普及するしごとであり、もし維新というものが正義であるとすれば、蔵六はそうおもっていた。
津々浦々の枯木にその花を咲かせてまわる役目であった。
中国では花咲爺(はなさかじじい)のことを花神(かしん)という。
蔵六は花神のしごとを背負った。
花神の立場からいえば、花神の力をもってさえなお花を咲かせたがらない山あることが、直感としてわかる。
それが薩摩である、とこの男はおもったのである。・・・・
(そして、直接に薩摩人でなかったが、関係するテロリストによりやられました。・・・)