満開の桜を見に 臼杵城址に行ってきました。
この城はキリシタン大名として知られる大友宗麟(そうりん)が建てたものです。
え? 知ってる!?
ではこれは知っていましたか?
実はこの城は周りを断崖絶壁の海に囲まれた、天然の要塞「孤島」だったのです。
戦国時代の頃は丹生島(にゅうじま)と呼ばれ、臼杵湾に浮かぶ島で、干潮時だけ陸続きとなる天然の要塞でした。
どうですか、興味が湧いてきたでしょ?(笑)
そんな「孤島・丹生島」を桜の花と共にご紹介していきます。
「大手門公園」
まずは大手門公園から出発です。
ここを皮切りにこれから公園を1周したいと思います。
迷わずについてきてくださいね(笑)
右に見えるのは「畳櫓(たたみやぐら)」といいます。
そしてこのりっぱな石垣。
下から眺めると3段になっているのが分かると思います。
お堀にはコイとカモがいます。
ここは島の西側にあたるのでおそらくこの近くが陸続きになっていたものだと思われます。
真っ青な空とピンクの淡い色のコントラストもこの時期ならではです。
さて橋を渡り鳥居をくぐりゆっくり登って行きます。
すると右に白い壁がみえてきます。
この白壁は昔、島全体を囲っていたそうです。
海に浮かぶ城って想像しただけでワクワクしてきませんか?
子供のころ、この鳥居の上に石が乗ったら願いが叶うと教えられ、何度も挑戦した記憶があるのですが、今は誰もしていないんでしょうか(笑)
右手に「大門櫓(だいもんやぐら)」が見えてきましたが、あえてここはスルーしてまっすぐに行くと
「時鐘櫓跡(ときかねやぐらあと)」
時鐘櫓跡(ときかねやぐらあと)が見えてきます。
ここからは「稲葉家下屋敷」「旧真光寺」「三重塔」など、臼杵の城下町を一望できますよ。
「インスタ映えポイント」
ここから今登って来た道を見てください。
「畳櫓(たたみやぐら)」と「大門櫓(だいもんやぐら)」と桜が見えます。
知る人ぞ知るこのポイントが「インスタ映えポイント」だと某TVで放送していました(笑)
「鐙坂(あぶみざか)」
外敵を防ぐための狭い道は、馬の鐙(あぶみ)に似ていることから「鐙坂」と呼ばれています。
これほど綺麗なカーブの坂は全国的にも珍しいそうです。
暖かい春の風を感じながら城址に咲く満開の桜を愛でるのもなかなか良いものです。
「大門櫓(だいもんやぐら)」
さきほどスルーした「大門櫓(だいもんやぐら)」の階段を登ります。
門をくぐったら振り向いてみましょう。
門の中に満開の桜が見えますよ。
この道をまっすぐに行くと「大友宗麟公碑」があります。
「大友宗麟公碑」
地元臼杵出身の彫刻家、「日名子実三」の作です。
この彫刻家は日本サッカー協会のシンボルマーク「八咫烏(やたがらす)」をデザインしたことで知られています。
「フランキ砲」
その隣にあるのが丹生島城の戦い(臼杵城攻防戦)で用いられたポルトガル製の大砲「フランキ砲」です。
「多目的広場」
横には広場があります。
多目的広場です。
今日(3月30日)から始まった桜祭り。
お店もたくさん出ていました。
南に見えるのは私と嫁の母校「臼杵高校」と鎮南山(ちんなんざん)
昔、この山が臼杵の街の 南を鎮めるとされ名づけられたとのことです。
山桜のピンクに染まった鎮南山を見ることができるのも1年間でこの時期だけ。
「空堀(からぼり)」
本丸と二の丸の間に設けられた空堀です。
「卯寅稲荷神社(うとのいなり)」
大友宗麟が丹生島城を建てた時、鬼門の方角に丹生島明神として祀られたのが始まりとされています。
「絶景ポイント」
この「卯寅稲荷神社」の右側の隙間から見える臼杵湾に浮かぶ「月見島」
知る人ぞ知る絶景ポイントです。
「卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)」
左に見える建物が卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)
嘉永七年(1854)に建てられたものです。
海の見える東側まで来ました。
昔はすぐ下が海で「潮干狩り」をしていました。
私はここでイカダを作り、引き潮に乗って沖まで出て遭難しかけた思い出があります(笑)
何十年前の話なんだよって突っ込みは無しね(笑)
さて北側まで来ました。
はるか向こうに見えるのは「仏舎利塔」です。
仏舎利塔とは、お釈迦様の御真骨をお祀りする塔のことです。
さて多目的広場まで帰ってきました。
3日前までまばらだった広場ですが
この日からお祭りです。
桜と歴史。
まだまだ紹介していない場所がたくさんあります。
あとはご自分の目で足で見つけてはいかがでしょうか。
臼杵城址桜まつり【3月30日(金)~4月8日(日)】
まつり期間中は18時~22時までライトアップされますよ。
満開の臼杵城址にぜひ!
あ! 書き忘れていました。
この臼杵城ですが、別名 「巨亀城、金亀城、亀城」とも言われ
トリサポの私としては嬉しい限りです(笑)
この城はキリシタン大名として知られる大友宗麟(そうりん)が建てたものです。
え? 知ってる!?
ではこれは知っていましたか?
実はこの城は周りを断崖絶壁の海に囲まれた、天然の要塞「孤島」だったのです。
戦国時代の頃は丹生島(にゅうじま)と呼ばれ、臼杵湾に浮かぶ島で、干潮時だけ陸続きとなる天然の要塞でした。
どうですか、興味が湧いてきたでしょ?(笑)
そんな「孤島・丹生島」を桜の花と共にご紹介していきます。
「大手門公園」
まずは大手門公園から出発です。
ここを皮切りにこれから公園を1周したいと思います。
迷わずについてきてくださいね(笑)
右に見えるのは「畳櫓(たたみやぐら)」といいます。
そしてこのりっぱな石垣。
下から眺めると3段になっているのが分かると思います。
お堀にはコイとカモがいます。
ここは島の西側にあたるのでおそらくこの近くが陸続きになっていたものだと思われます。
真っ青な空とピンクの淡い色のコントラストもこの時期ならではです。
さて橋を渡り鳥居をくぐりゆっくり登って行きます。
すると右に白い壁がみえてきます。
この白壁は昔、島全体を囲っていたそうです。
海に浮かぶ城って想像しただけでワクワクしてきませんか?
子供のころ、この鳥居の上に石が乗ったら願いが叶うと教えられ、何度も挑戦した記憶があるのですが、今は誰もしていないんでしょうか(笑)
右手に「大門櫓(だいもんやぐら)」が見えてきましたが、あえてここはスルーしてまっすぐに行くと
「時鐘櫓跡(ときかねやぐらあと)」
時鐘櫓跡(ときかねやぐらあと)が見えてきます。
ここからは「稲葉家下屋敷」「旧真光寺」「三重塔」など、臼杵の城下町を一望できますよ。
「インスタ映えポイント」
ここから今登って来た道を見てください。
「畳櫓(たたみやぐら)」と「大門櫓(だいもんやぐら)」と桜が見えます。
知る人ぞ知るこのポイントが「インスタ映えポイント」だと某TVで放送していました(笑)
「鐙坂(あぶみざか)」
外敵を防ぐための狭い道は、馬の鐙(あぶみ)に似ていることから「鐙坂」と呼ばれています。
これほど綺麗なカーブの坂は全国的にも珍しいそうです。
暖かい春の風を感じながら城址に咲く満開の桜を愛でるのもなかなか良いものです。
「大門櫓(だいもんやぐら)」
さきほどスルーした「大門櫓(だいもんやぐら)」の階段を登ります。
門をくぐったら振り向いてみましょう。
門の中に満開の桜が見えますよ。
この道をまっすぐに行くと「大友宗麟公碑」があります。
「大友宗麟公碑」
地元臼杵出身の彫刻家、「日名子実三」の作です。
この彫刻家は日本サッカー協会のシンボルマーク「八咫烏(やたがらす)」をデザインしたことで知られています。
「フランキ砲」
その隣にあるのが丹生島城の戦い(臼杵城攻防戦)で用いられたポルトガル製の大砲「フランキ砲」です。
「多目的広場」
横には広場があります。
多目的広場です。
今日(3月30日)から始まった桜祭り。
お店もたくさん出ていました。
南に見えるのは私と嫁の母校「臼杵高校」と鎮南山(ちんなんざん)
昔、この山が臼杵の街の 南を鎮めるとされ名づけられたとのことです。
山桜のピンクに染まった鎮南山を見ることができるのも1年間でこの時期だけ。
「空堀(からぼり)」
本丸と二の丸の間に設けられた空堀です。
「卯寅稲荷神社(うとのいなり)」
大友宗麟が丹生島城を建てた時、鬼門の方角に丹生島明神として祀られたのが始まりとされています。
「絶景ポイント」
この「卯寅稲荷神社」の右側の隙間から見える臼杵湾に浮かぶ「月見島」
知る人ぞ知る絶景ポイントです。
「卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)」
左に見える建物が卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)
嘉永七年(1854)に建てられたものです。
海の見える東側まで来ました。
昔はすぐ下が海で「潮干狩り」をしていました。
私はここでイカダを作り、引き潮に乗って沖まで出て遭難しかけた思い出があります(笑)
何十年前の話なんだよって突っ込みは無しね(笑)
さて北側まで来ました。
はるか向こうに見えるのは「仏舎利塔」です。
仏舎利塔とは、お釈迦様の御真骨をお祀りする塔のことです。
さて多目的広場まで帰ってきました。
3日前までまばらだった広場ですが
この日からお祭りです。
桜と歴史。
まだまだ紹介していない場所がたくさんあります。
あとはご自分の目で足で見つけてはいかがでしょうか。
臼杵城址桜まつり【3月30日(金)~4月8日(日)】
まつり期間中は18時~22時までライトアップされますよ。
満開の臼杵城址にぜひ!
あ! 書き忘れていました。
この臼杵城ですが、別名 「巨亀城、金亀城、亀城」とも言われ
トリサポの私としては嬉しい限りです(笑)