酔い日は佳い日

日々の食卓、晩酌事情。by こたりん

池波先生のどんどん焼き

2017-08-22 | こしらえた話。
池波正太郎作品といえば、なんといっても鬼平犯科帳や剣客商売!なのであるが、氏のエッセイも見逃せない。
特に自分が好きなのは、氏の子供のころの話。戦前、今のようにモノはなくても庶民それぞれ心豊かに暮らしていた、その中での正太郎少年の活躍は痛快だ。

下町の辻には屋台(今でいうファーストフード)が出ていて、正太郎少年をはじめ子供たちの人気は「どんどん焼き」だったそうな。名前の由来は、手早くどんどん焼けるから、店を開けるときにどんどんと太鼓を鳴らしたから、など諸説あるらしいが、自分は後者と思う。

どんどん焼きは、鉄板の上で様々なものを焼いて売っていたというが、今でいうなら祭りの縁日で焼きそばやお好み焼きを売る屋台といったところか。
子供らに人気があったのはパンにメリケン粉(卵も溶いてある)を塗って焼きソースをつけて食べるパンカツほか20種類はあったそうな。

氏はそれら思い出に残るおいしさを書き連ねているが、自分が気になったのは次のもの(本文要約)。

[カツレツ]というのは、メリケン粉(溶いて鶏卵と合わせたもの)を小判型に敷いた上へ牛や豚の生肉をのせ、この上へメリケン粉をかけまわし、乾かぬうちにパン粉をふりかけて焼き上げたもので、これが十銭。

で、カツレツとやらを作ってみた。


盛り付けはあくまでも撮影の便宜上(笑)。昔はどうしてたんだろうな。焼き上がったのを薄皮にくるんで渡してくれたか、白い封筒みたいなのに包んでくれたか(自分が知る昔の駄菓子屋は何でもそういうのに包んでくれた)。

※レシピにしてみたので見てみて

氏は、なんでも混ぜこんで焼き上げる今のお好み焼きとは違うと言っているが、うん、違う。味わいがシンプルで美味しい。まさにファーストフードといった感じ。
ビールや酒のアテにも打って付けだ。

なんといっても、つくりたて焼き立てのうまさは、子供ごころにもこたえられない。

と、当時を振り返る池波先生。
自分が子どもの頃、時代は高度成長期の真っただ中。それなりにモノはたくさんあったろうが、コレだ!という思い出には、ちょっと乏しい。

強いて言えば、ミルメークかな。 ※地域差あり

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