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若狭歴史博物館~『1300年記念特別公開 妙楽寺』~

2019-07-28 19:50:15 | 御朱印蒐集・仏像・磐座・巨樹・古墳・滝・登山
 若狭地方・小浜の地は、奈良・平安時代より大陸との玄関口となる港が開かれ、都のあった奈良・京都への流通拠点となっていたといいます。
その際には物資の流通だけでなく、大陸の文化や奈良・京都の文化が行き来したことにより国内外の文化が流入し、小浜地方は仏像の宝庫となっています。

「若狭歴史博物館」では、常設展『若狭のみほとけ』で十数躰(複製含む)の仏像が展示されているほか、特別展として『1300年記念特別公開 妙楽寺』が公開されています。
若狭歴史博物館へは2017年に開催された『知られざるみほとけ~中世若狭の仏像~』の拝観以来となり、小浜の名宝の拝観を楽しみにしておりました。



「岩屋山 妙楽寺」は縁起によると、719年に行基が千手千眼像を彫り山中の岩窟に安置したことに始まり、797年に空海が伽藍を整備して妙楽寺としたとされています。
今回の展示は、御本尊の「千手千眼観音立像」は寺院に残るものの、平安期の「聖観音菩薩立像(像高161.5cm)」「不動明王坐像}などの仏像に加えて、4躰の「懸仏」、若狭塗の木箱等5品など多岐に渡っています。
妙楽寺には過去に参拝したことがありますので聖観音菩薩立像は初見ではありませんが、内陣に祀られている時と、360°の視野で観るのとでは少し受け取り方が変わります。



興味深かったのは「懸仏」で、「千手観音懸仏(鎌倉期1・南北朝期1343年1)」の2躰、室町期(1458年)の扇形をした「薬師三尊懸仏」と小ぶりな「地蔵菩薩懸仏」が展示。
「薬師三尊懸仏」は通常の円形ではなく、扇形の上に薬師如来・日光・月光菩薩がつけられたもので、これまで見たことのない姿の懸仏に驚きます。
また、鎌倉期のやや小ぶりな「地蔵菩薩懸仏」は今回の展示会の準備中に見つかったものとか。



常設展『若狭のみほとけ』では、平安期の「不動明王立像と2童子」「釈迦如来坐像」「不動明王立像」「地蔵立像」「大日如来坐像」「阿弥陀如来坐像」などの平安仏が並びます。
複製の中で目を引くのは、高浜町・馬居寺の「馬頭観世音菩薩坐像」でしょう。
この仏像は12年に一度の御開帳になっており、馬居寺では観れなかった仏像でしたのでありがたい。



妙楽寺の御本尊「二十四面千手観音像」と「地蔵菩薩座像」等は寺院の方にありますので、若狭歴史博物館での拝観の後、妙楽寺へと向かいます。
余談になりますが、若狭歴史博物館の横には「若狭の里公園」がありますので、少し歩いてみます。
若狭の里公園には池に面した四阿(あずまや)や若狭民家園という江戸時代末の民家があり、軽く散歩するには手頃なスペースかと思います。



寺院巡りも最近は過去に参拝した寺院へのリピート参拝が多くなっており、妙楽寺へは2年弱ぶりの参拝になります。
小浜の寺院に感じるのは、広大な寺院ではないものの歴史的な建造物が多く残され、山の麓の古寺感を強く感じる寺院が多いということでしょうか。



大悲閣の扁額が掛かる山門の左右には力強い金剛力士像が安置され、寺院の守護に当っています。
妙楽寺では山門以外の堂宇もみな古色のままで、なんとも落ち着きが良い。



山門から続く参道の両脇には樹齢何百年もありそうな御霊木が空気を引き締めている。
木の根っこなどは苔むしており、神社へ参拝したような雰囲気すらしてくる。



梵鐘は1602年の鋳造物といい、300年以上も前の鋳造物でありながら現在も撞かせて頂くことが出来ます。
緑青が浮いていて独特の色合いの梵鐘は、撞いてみると音色はとても柔らかい響きが誰も来ない境内に響きます。



本堂は鎌倉期初期の建立といわれ、若狭では最古の建造物とされています。
檜皮葺の屋根は平成30年に吹き替えた新しいもので、到着した時は昨日の雨の影響もあったのでしょう、屋根からは水蒸気が上がっていました。



屋根の鬼瓦に相当する部分には何とも変わった鬼瓦状のものがありました。
何を意味しているのかは分かりませんが、奇妙で日本的ではない感じのする鬼瓦です。



御本尊の「千手観音菩薩像」は、珍しい二十四面の尊顔と四十二本の脇手を持つ像高176cmの平安仏で、金箔の残る見事な千手観音像です。
安置されている鎌倉期の厨子(1296年)は重要文化財に指定されており、内陣の四隅に四天王が守護していますが、聖観音像は出張中のため空席となっている。
後陣には本尊が秘仏だった時代にお前立ちだったものか、千手観音菩薩像が安置されていました。



妙楽寺の堂宇は本堂の他には「地蔵堂」と「薬師堂」があり、地蔵堂には地蔵菩薩が安置されています。
奉納された無数のお地蔵さんが見える堂内には、ふくよかな丸顔の地蔵菩薩の顔が浮き上がっていました。





弘法大師の石像の左にあるのが薬師堂。
池をはさんだ薬師堂への道筋には芭蕉の句碑があります。



小浜の市街地を走行していると「若狭観音霊場三十三所」の幾つかへの寺院への案内板に出会うことが多く、古来よりこの地に仏教文化が栄えていたことを感じます。
小浜から奈良・京都へ、奈良・京都から小浜へ。往来しながら仏教文化が熟成されていったのでしょう。



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