超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

秋桜とペリーの公園

2016-11-03 08:36:47 | 旅行お出かけ
知人に季節の花の先頃を見事につかまえてタイムリーにレポートする人がおり、某SNSサイトを見て「なるほど今はこの花が見頃のシーズンなのか?!」花の種類や開花時期に疎い私はこの記事で情報を仕入れ、母を連れ回すことも多くなった。地元周辺の情報なので、休みの日に半日ほど費やして、さーっと行ってみることができて随分名所を覚えることができた。数週間前、その知人が巨大なゴジラと共に写っていた。100万本と言われるコスモスが咲き乱れる壮大な公園で「くりはま花の国」の中にある公園だそうだ。以前テレビニュースで取り上げられたのを見たことがあり、シーズンになったら一度訪れてみたいと思っていたところだが、まさかゴジラがあるとは知らなかった。これはちょうどその時製作中だった対ゴジラ攻撃用兵器「スーパーXⅡ」(ゴジラ対ビオランテ)を持って特撮ロケに行かねばなるまい。9月に入ってから「コスモスまつり」が10月末まで開催され、最終日には無料花摘み大会になるという。10月後半に向けて咲き乱れるようだったので、まつりの終わる少し前に訪れることにした。

我が家から「くりはま花の国」は一番近道で40km弱、自家用車で1時間余りのルートなんだが、三浦半島方面は普段あまり足を運ぶことが少ない。海岸線から横横道路経由でほぼ直線コースなのだが、腰越から材木座海岸くらいまでは万年渋滞ルートで、日中帯はいつ走ってもほぼ上下線でノロノロ運転である。鎌倉くらいだったら江ノ電もあるし、陽気が良ければチャリでそのまま走って行ってもよい。しかしそれより遠くなると格段に足が遠のき、昨年1年間を見ても自家用車で横須賀・久里浜方面に行った記憶がない。列車での移動を入れても、前職の拠点を訪問した時と海上自衛隊横須賀基地から出航した観艦式の時くらいのものだ。「多くの人が訪れる時間の前に行って、皆が来るころには帰ろう」こういう時、年老いた母親とはいつもほぼ「開場と同時に入る」ようにしている。駐車場待ちや路駐難民になりたくないし、歩く足の遅い年寄には混雑時に歩き回るのは大変だからである。朝はそこそこ早く出発し、ギリギリに時間で134号線の渋滞に巻き込まれずに済んだ。公園は24時間無料で入場可能だが、駐車場の営業は8時から、少し過ぎに到着した時はさすがにほとんど園内を歩く人はいなかった。

広大なコスモス畑でさすが100万本とは迫力がある。赤白ピンクの花が見事に咲き乱れているが、全体的に密度が高くなく、若干枯れてしまっているものもあり、少しだけ遅かったのか全体的にぽやーっとした雰囲気だ。しかし園内の案内は「見頃」となっており、撮影ポイントからファインダー越しに見るとやはりいい時期なのだろうと思う。時間が早いので太陽がそれほど高くなかったが、コスモスは太陽に向かって咲くのか、花びらがちょうど太陽が昇ってきた方向を向いているようだ。コスモス畑は上から見下ろすと、扇形をしておりところどころ畑の中を歩き回る路ができている。ちょっと海岸方面から強い風が吹き上げているようだったが、見渡す限りのコスモスを楽しむことができた。駐車場からエントランスを経てコスモス畑は全体的になだらかな登り坂になっており一周するだけでも結構な距離を歩き回ることになるが、高齢の割に「スポーツクラブ」まで歩いて往復する母は平気らしい。「この上にちょっと行きたいところがあるうんだけど階段登れる?」私は手すりは付いているがちょっと急な階段を指さして聞いた。

          

ゆっくり階段を上り切り園内の案内を見ると冒険ランドまでは70m、私はホッとして歩き続けた。しばらくすると特撮で使用するにも巨大すぎるゴジラが現れた。これはすごい!大きさ数メートルくらいはある。母親も珍しがって周囲をぐるぐる回って写真を撮り始めた。一応、子供の遊び場となっており、後部の尻尾の部分は滑り台になっているが、いい年をしたおっさんと老人がぐるぐる回ってカメラをパチパチやっているのはちょっと異様な光景だったかもしれない。私は持参したプラモをそーっとバッグから取り出した。先日完成した「スーパーXⅡ」をカバー袋から取り出した。ゴジラの熱線に初めて耐えた陸上自衛隊の「首都防衛戦闘機」と言われた先代のスーパーXから進化した兵器で、ボディには先代の2倍の耐熱性を持つTA32という超耐熱合金が使用され、遠隔操作で飛行し潜航することもできる。攻撃兵器としての目玉はゴジラの熱線を正面で受け止め反射させて打ち返す「ファイヤーミラー」である。今のプラモは実に精巧にできており、設計図通りに基盤から外し丁寧にバリをとって向きを間違わなければ寸分の隙間もなく出来上がるもので、ファイヤーミラーも見事に展開できる構造になっていたが、あろうことかど真ん中の肝心な接合部を接着剤で固定してしまい痛恨にも開かなくなってしまっている。

      

「この角度で持っているから、手が入らないように、でもゴジラの頭が入るように撮って」スーパーXⅡはもちろん、超兵器203号のシャッターボタンも分からず困っている母親に容赦なく注文をつけ、腕がツリそうになっても何回も取り直させてようやく特撮っぽい画像にすることができた。距離が全然違うので片方が自動焦点に合わすともう片方がピンボケしてします。こういう時はマニュアルにして絞りをうんと絞れば焦点深度が深くなると読んだ記憶があったが、曖昧だったため構わずに試行錯誤を繰り返した。知人が投稿したのは自分がゴジラに襲われているようなシーンだったが、両方にピントがあっており、ずいぶん上手に撮ったものだ。「遊びに来た子供の邪魔にならないように早い時間に」などと言われていたが、子供など一人もやってこない・・・後ろ側が滑り台になっているが、頭のてっぺんから滑れるのならともかく、足の付け根からのショボイものだから滑り降りてもあまり楽しくなさそうだ。ゴジラがあまりにリアル過ぎて小さな子供だったら怖がって近寄らないかもしれない。中途半端な遊具にするくらいなら、もっと完璧なゴジラ像にすれば良かったのにと若干悔やまれるものだった。

            

ゴジラまでは階段含みひたすら上りルートだったのだが、帰りは緩やかな小道を目の前一杯に広がるコスモス畑を楽しみながら歩き降りることができた。園内の施設や店も開店準備が始まり、畑内にも写真を撮る人たちがちらほら現れた。そんなに激混みするとは思えなかったのだが駐車場は半分以上埋まっていた。お土産店が開く前にこの調子だと昼間になったらかなり賑わうのかもしれない。「人が来る前に歩き回り、人が来る頃には帰る」スタイルが当たったようだった。「もう一つ、たぶんマイナーな所だけどすぐだから行ってみよう」私は赤いライオン号のカーナビを新しい場所にセットした。「くりはま花の国」のHPを開けると必ずセットでついてくる「ペリー公園」である。位置はかなり海辺の方になるが、距離にして1.5km、数分で到着してしまった。中心部のペリー提督の上陸記念碑がシンボルになっている。碑文の「北米合衆国水師提督伯理上陸記念碑」は伊藤博文の筆によるものだそうだ。隅っこの方にペリー記念館という小さな洋館があり、中に入ってみた。「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」歴史の教科書にあった通りだが、小夏師匠が長崎でその詳細模型の姿を写真に収めた帰還「サスケハナ号」をはじめ4隻の軍艦のジオラマがあった。

              

2階は資料展示室となっており、ユニークな瓦版風の新聞記事や巨大なペリー提督の胸像が目を引いた。江戸時代末期の1853年7月、ペリー提督率いる東インド艦隊の4隻が、東京湾の入り口にあたる浦賀水道に現れる。いわゆる「黒船の来航」であり、その後の開国、明治維新に至る歴史の大きな転換点になった出来事とされている。その当時は吉田松陰や佐久間象山をはじめとした知識人、その他多数の武士、庶民が見物に訪れたという浦賀周辺だが、最初に上陸したのは久里浜だったのである。のどかな砂浜が広がる海岸だが、黒鋼の蒸気船を見て狼狽え騒ぐかと思いきや、意外にも結構楽しんでいたようで、小船で船に近づき物々交換でタバコなどをゲットした庶民もいたというから面白い。中学で歴史の教師が「ペリーの日記には『日本人は頭にピストルを乗せている』とある」といい、ネタだと思って誰も信じていなかったが、どうやらホントの話らしい。。。三浦半島にはカワハギ釣りくらいでこれまであまり足を運ばなかったが、面白いところがたくさんあるようだ。今回は久里浜を訪れたが、次回(いつになるか分からぬが)は海軍の街、横須賀あたりもレポートしようと思う。