茨城で、どどんぱっ!

今までのタイトルがブログの内容に合わなくなってきたので、模様替え。

宇宙の塵、そして37兆個

2022-12-28 20:54:47 | Weblog
人間なんて宇宙の中ではホンの小さな塵に過ぎない。
人の一生が100年だとしても、地球の46億年からしたら瞬きの一瞬にもならない。

でも、でも、そんなちっぽけな存在が
何故にこんなにも心が締め付けられて、
幾重にも心が折り重ねられ、
どこまで深い世界なんだろう。

それは、人類の細胞の数が37兆個、
そんな天文学的な膨大な大きさを
この塵の存在の中に抱えているから?

ただ生きていく、
やがて老いていく、
誰もが通る道に何故にこうも胸が締め付けられるのだろう。

老いた親から大事な話がある、
そう呼び出され、ここ数日、ずっと憂鬱。
大方の話は予想出来てる。
こっちも引き換え条件を用意。
その一つは車の運転をやめさせること。

毎回、いくら説得しても、
自分は他の人とは違う。
毎日、ウォーキングや、社交ダンスもしてるし、
大丈夫だからと、全く聞く耳を持たない。

自営業だった父は会社員の人と比べ、
妥協とか、意に合わない事を渋々承諾してきて経験が無いから、
困ったものだと頭が痛かった。

今回こそ!
と気合をいれて臨むと、
暫くじっと黙り込んで、
そうか、わかった、と哀しそうな顔をして運転はやめると言ってくれた。
何事もなく60年、ずっと運転してきたんだけどな、、、
そう言って俯く父を見たら、
やっと聞いてくれた!
と喜ぶ気持ちよりも、
別な感情が込み上げてきた。

いつも猛反発してた父が、こんなに塩らしく歯向かってこない、
父親が老いたことを感じてしまったのだ、こんな事で。
いつものように平気な顔でクビを横に振ってくると思ってたのに、
拍子抜け。

数年前、やはり友人が親に運転をやめさせる承諾をとり、
その後、彼女は私の前で号泣したのだ、親の世界を私が奪ったと。
あの時はただ自分はオロオロするばかりだったが、
今、正に自分が彼女の立場に立った。
今は彼女の号泣が私にやってきた。

私だって辛いのだ。
親の世界を奪ったこと。
親が初めて私の言う事を大人しく聞いたこと。
親が年老いた事を実感してしまったこと。
色んな感情がごちゃまぜでとにかく辛いのだ。

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プロフェッショナルな先生

2022-12-24 21:51:03 | Weblog
今回の私の白内障の手術をしてくれた先生は、
技術力は確からしい、と、ネットで探しだした先生だ。
大変、手術の結果には満足しており、手術後のクリニックに提出したアンケート、
クリニックを評価するレビューも勿論、最高評価を出した。
しかし、
そのクリニックのレビューには最低!と評価したクチコミもチラホラあり、
どういう事なんだ?
と興味津々で読んでみた。
5段階評価で星一つの最低評価をつけた人の言い分。
「こんなに人の話を聞かない先生は初めてだ」
「毎回、自分のコンタクト、メガネを失くされる。弁償して下さい!」

くくく(笑)
星一つのレビューワーの多くの人が先生が自分の話を全く聞いてくれない、
それを挙げてる。
うん、わかる、確かにそうだ。
そういう先生だった(笑)
検査の結果を元にツラツラと淀みなく立て板に水のごとく、
一方的に説明しまくっていた。

ま、でも先生は超多忙なんで、常に混み合っているクリニックなんで、
先生は一人しかいないのに待合室に人が溢れ返っている状態なんで、
患者をさばく為に必然的にそうなるのは理解してた。
仕方ないと思ってた、私は。
医者として必要な事は漏れなく伝えようとした結果、
そうなっちゃうんだよね、きっと。

私は事前にHP読んで、患者さんが自分の希望を明確に伝えてくれると
やり易いと先生が言ってたので、先生の淀みない説明の合間に必死で割り込んで、
自分の希望である、○○やるんで、ここはこう見えてほしい等々、
ipadにメモしてた希望を最初に伝えておいたので、
後は先生が考えてくれるだろう、と一応希望のレンズ迄を伝えて、
後は毎回、先生の淀みない説明を聞いていた。

でも、この先生の淀みない一方的な説明を確かに
面食らったり、許容できない人も、いるんだろう。
そこは先生を信頼出来るか、何を先生に求めているか、
で違ってくるんだと思う。

私はプロフェッショナルな先生を求めてた。
とにかく腕のいい、質の高い手術をしてくれる先生を。
だけど、所謂、患者さんの話をよく聞いてくれ、
それに都度応えてくれる優しい町のお医者さんを求めていくと
ここの先生は全然違う。

車に例えるとどこにもぬかりなく平均的な車造りをするトヨタ車と、
マツダのかつての名車、RX7スポーツカー。
誰もがソコソコ満足出来る車と、性能に特化してて、乗り心地や燃費最悪、
そんな車造りとの差のような気がする。

でも、何より待合室に入りきれない程の患者が常に来てるクリニック、
それがこのクリニックの何よりの評価だと思う。
患者さんの長い話を聞き出したら、患者をさばききれないんだろうな〜
そう思う。

でも言いたい事がある時は、かなり必死で気合い入れて
言わなきゃいけなかった事も事実。

そして何より手術の時、
いつもと違う優しい口調の先生に私はびっくりした。
え?看護師さん達いる前では態度が違うのか?
ま、いいけどさ、そう思ったのも事実。

ただ滅多にない空いてる診察日に当たった日は先生の口調も優しく、
笑顔も見せていたから、
やっぱりいつも忙しい過ぎて口調が超クールになるのか?

そう、私は先生の技術には期待しても、
先生の態度はあまり気にしない。

先生はやっぱりプロフェッショナルな技術屋だと思ったのは、
私がアンケートに書いた中の先生の説明の中で数値のことはちんぷんかんぷん、
に対して、正確な手術を心がけているので、
そういう説明になるのだと説明をくれ、すごく待たされた事も
お詫びの言葉があり、あ、人間らしいとこもあるんだ、と思った。

いつもクールな先生だが、やっぱり仕事に熱を持って夢中でやってる人なんだ、
そう思ったが、全ての人に受け入れ難いクセのある先生だと思った。
アーチストみたいな先生、と評しているのも深くうなづいた。
長髪の独特の個性の先生は、私的には又吉直樹です。

モノを毎回失くす、と怒っていた患者さんも、
あ〜あの先生ならあり得るか〜と妙に納得。

好き嫌いが分かれる先生だと思う。
でも、プロフェッショナルで最高の先生!
そう思う。






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孤高の人を読んで

2022-12-13 21:58:17 | Weblog
山の仲間から本を借りて新田次郎の「孤高の人」を読んだ。
最近はミステリーとか池井戸潤さんとか、
ストーリーに目が離せないものばかり読んでいたので、
初の山岳小説ってどうなんだろう?
と、山は好きでも小説が好きになるかは未知数だった。

う〜ん、読み終えて数日経つが、、
ずっと考えさせられるているのだ、
生きる事への問題提起させられた気分だ。

主人公の加藤文太郎なる人は実在の人物と聞いた。
なのでこの本に書かれている事がどこまで事実なのか
これから調べてみないとわからないが、
加藤文太郎は山で死んだ、
それは読み出してしょっぱなから語られているから、
それをわかっていて読み進める。

そして死んだ理由も最初に語られる、
単独登山であれば彼は死なずに済んだ。
でも彼は同行者がいたから、だから死んだのだと。

これが最初に書かれているのは、やはり考えさせる意図があってかと
思われるのだ。

彼は単独登山で何度か死にかけている、
でも、彼は死なずに生還してきた。
その都度、生き延びる為の智慧を身をもって学び取り、
自ら手に入れた天気の読みや、危機管理能力は高みを極める。

本が後半に近づくと、あぁきっとこの山行で彼は死ぬのだ、
哀しい結末が近づいてくるのがわかる。
でも、死ぬのはわかっていたが、その死に方はきっと、
急斜面で滑落か、滑落した同行者に引っ張られ死んでしまうのかと
思っていたが、そこは違った。

こんな死に方をした加藤文太郎はあまりに哀しい。
何とかならなかったものなのか、そう思った。

だけど私がずっと腑に落ちないのが、
加藤文太郎が死ぬ原因を作った宮村健の事だ。

加藤文太郎の山登りには一本の筋が見える。
だけど宮村にはどうしても何故山を登るのか?
見えてこないのだ。
加藤文太郎に憧れて山に登る、
それ以上に彼の山に登る理由が見えてこないのだ。

そして最後に好きだった女を諦める為に山に登る。
それがいいのかはともかく、
だったら一人で昇れよ、
加藤文太郎を巻き込まなくていいだろう。
ここも宮村の弱さというか、
人として独立してない、でも世にありがちな事か、
考えてしまう。

どこまでも自分の足で立ってない男だと
思えてならないのだ、宮村が。
というか山の技術は随分と上達したらしいが、
宮村にとっての山の存在とは何だったのだろう?
何も核になるものがないから、
最期までそんな運命を迎えてしまう?

加藤文太郎という男と、
宮村健という男を対比して、
生きていく事とはどういう事かを
考えさせられているのだ。





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今、人生で最高に幸せですぅ

2022-12-12 16:50:11 | Weblog
もう、何もかもクッキリ、クリアに見える世界になって、
見えるもの、何もかもが新鮮!
ガスコンロの火って、こんなにキレイな青い炎だったんだ、、

毎朝、会社で立ち上げるパソコン、
その画面に広がる輝く白さに毎回ハッとする。

テレビを付ける度に、
画面の詳細な描写力、色の鮮やかさに魅せられ、
ゾクゾクする。
三年前にブラウン管テレビから買い替えたのだが、
憧れだったREGZA、キレイとは思ったけど、
感動するほどでもなかった。

いやいや、このテレビの実力を全く享受してなかったのだ!
もう何を見ても美しし過ぎると映像なので、
撮り溜めていた映画を次々と観てる。

これでもまだ4Kではないのだ。
4Kテレビではあるけど、4kチューナーは内臓されてない。
後でDVDデッキを買った時にそこで追加すればいいや、
と当時は4Kチューナー付のテレビは少し高かったので、
とりあえず液晶テレビにだけした。
これで4K放送を見たらどこまで美しくなるんだか、
でも今のこの美しい画面で充分満足なんでとりあえずはこのままでいい。

会社で日付印、その日付を変える事が出来なくなっていた。
日付の文字がどんなに頑張って目を凝らしても、近づいても遠ざかっても
見えないのだ。
仕方なく押して印字される日付を見て、何度も手探りで日付を変えていた。

それが見える!
どんなに頑張っても見えなかった文字が見える!

昨日、両目の手術を終え、術後検診で又クリニックを訪れた。
今回はいくつか聞きたい事があって先生に質問を準備してた。

その一つの後から手術した方の目は最初に手術した目と違って、
鈍い微かな痛みが続き、目に違和感がありゴロゴロする。
その辺を聞いてみたかった。
すると質問する前に先生の方から、傷口がまだ完全に塞がってないので、
瞼を開け閉めする度にぶつかってゴロゴロするけど間も無く消える、
と説明してくれた。
痛みに関しても無くなった。

そして!
聞きたかった事の二つ目!
次の日は休みという事もあり、せっかく都内に出てきているので
映画を観て帰りたかったのだ、ニノの主演してる「ラーゲリから愛を、、」
恐る恐る「今日、泣きそうな映画を観てもいいんでしょうか?」
と聞いてみた。
冷たい返事が返ってきそうな予想に反して意外にも
涙には殺菌効果もあるんで大丈夫と笑顔で答えてくれた。
ほ〜そうなんだ、聞いてみるもんだと納得。

更に、目を強く擦るな押すなという注意の後、
心配だったら投薬してる目薬の内の○○を多めに点眼すれば、
細菌感染にもバッチリですと細かく説明してくれてホッとした。

ただ次の質問の今週末には運動再開したいというお伺いに対しては、
登山はいいけど、サッカー(フットサル)は顔にぶつかるかもしれないし、
力を入れ圧がかかるので普通そういうスポーツは二週間後からですね、
と冷たく拒絶された。
そーだよね。。。

術後の視力検査では、両目共、視力1以上を近遠どちらの距離でも超えている。
ずっと視力はそれ程良くなく、0.5〜0、6あたりだったので数値的にも劇的に改善してる。
更に老眼と乱視が加わり、あらゆるモノがボンヤリしか見えてなかった。

最初の手術が終わり次の目の手術にあたり先生が
次の目のレンズは遠目重視でいくか近目重視でいくか聞いてきた。
もう遠目は充分見えているのでこれ以上は必要ないと思い、
更に近場の読書用の視力と何かの作業の時の視力もクリアだった方がいいな〜と
近場重視にした。

先生は意外そうに普通は皆、遠目重視って言うんですけどね、
と呟いてたのが気になったが私は私だい。
術後の検査で近目に設定した目は近場で1.2で遠目で1.0の視力で
先生曰く遠目が思ったより見えてますね、と意外そうだった。

数値では両目、遠近全て視力1以上で良好のようだ。
手術した人の中には1.5ぐらいの視力になった人もいるようだが
そういう人は多分、視力検査の表の一番下のゴマの黒い点にしか見えない輪っかの
切れている部分がクッキリ見えるんだろう。
でも、私にはそこまでの視力は必要ない。
細かい字など見えなくても全然問題ない。
大事なのは見え方なのだ!
と手術終わった今こそ強く思う。

たまたま今回選んだレンズのレンティスコンフォートは、
コントラストが良いレンズだったようだが、
それがどういう事か深く理解しないまま、
ただ景色をそのままのリアルティで見えるような事が書いてあったので、
登山にはいいかも、と軽く思っていたのだけど、
ここはとっても大事だったんだ!
と今更ながら気づいた。

コントラストとは、光の透過率が複雑な構造の
多焦点レンズだと下がり10%以上を通さない。
これは視界が明るくクリアには見えなくなるという事だ。
全距離での視力は上がっても見え方の質は落ちる。

それに対して単焦点は光の透過率がほぼ落ちないので、
しっかりクリアな見え方になる。
レンティスコンフォートは、2焦点の多焦点レンズでありながら
構造がシンプルなので光の透過率がほぼ単焦点レンズと遜色ないレベル。
だから、私がこんなに全てが明るくキラキラ輝いている!
と大喜びの世界が広がったのだ。
ピントもどの距離でも合っており、見え方もキレイ!
更に保険適用レンズなので高くない!
イイ事づくめのレンズだった。
大満足!

今、私は人生で一番幸せかも。
こんな事が一番なんて、なんて私の人生淋しかったのか!?
自分でも哀れにも思えてしまうが、
いや、ありましたよ、
天にも登るような幸せを感じた事は何度も。
でも、その幸せが未来永劫続く保証は何も無く、
儚さも同時に併せ持つコトを感じながらの幸せだったのだ。

でも今回は違うのだ。
この目はもう曇る事はなく生きている間、未来永劫ずっとこの視界は続くのだ。
それが約束されているのだ。
確実な幸せなのだ。

五感での目から入ってくる情報は90%と云われる。
その目からの情報の質が上がった事で、五感まで研ぎ澄まされたのか、
音にも、味覚にも、匂いにも感覚が鋭くなってきた感あり。

人生をより深く味わえるようになったのだ。
もっともっと色んなモノを見たい。
撮り溜めた映画を見るとのも楽しみ。
そして何より今年ボンヤリしか見えなかった
北アルプスの山の上からの天の川と無数の星をもう一度見直したい。
来年リベンジだ!

生きていく喜びさえも与えてくれた新しい目。






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とりとめのない白内障手術のお話。

2022-12-09 16:07:35 | Weblog
そして本日、残ったもう片目も無事手術は終わり両目共にクリアな視界になった。
前回の明るい世界にびっくりした驚きは今回は無かった、残念ながら。
もう新しい世界の見え方に慣れているようで、殊更、変わる事はなく、
でも片目の濁りも解消されているので、よりクリアにはなっているはずなのだが。

あと一ヶ月もすれば、この見え方に慣れて感動は無くなるのかと思うが、
手術の後の見上げた青空に浮かぶ雲の白さに見とれたことは、きっと一生忘れないと思う。

今、こうして家の窓から眺める景色、近くも遠くもハッキリ、クッキリした景色がどこまでも広がっており、
その上で流れていく雲たちも青紫や赤紫の繊細なグラデーションの濃淡を形を変えながら次々と流れていく。
微妙な色合いも綺麗に見える。
この辺のコントラストの低下がないはずなのが、今回、私が選んだ2焦点レンズ、レンティス コンフォート。
保険適用レンズでありながら唯一の?多焦点レンズ。
単焦点レンズと遜色ない見え方をするという情報に、
当初、単焦点レンズだけど2焦点見えるヤツ、と勘違いしてた。
単一にのみ焦点が合う訳でないので多焦点レンズだった。

白内障手術を受けた会社の同僚から単焦点レンズで見え方に全く問題ないと聞いてたので、
わざわざ高い自費費用の高額な多焦点にしなくてもいいかと、
そのつもりでいた。
医療保険の保険金が降りる事が事前にわかったので、
これからの一生使う目だから、プラスアルファの自分の持ち出しをしても
多焦点が良ければそうしようかとも一時は考えていたのだ。

ただ多焦点にもデメリットもあり、全ての距離をクリアに見れる訳でなく、
大体ピントは合うが単焦点ほどクリアでない事、
又、ハロー、グレアという光の見え方に滲みのようなものが生じる事、
見え方のコントラスト(多分薄い膜を通した様に見えるって意味かと理解)が
落ちるという事を鑑みて、メリットとデメリットを天秤にかけ、このレンズにした。

私は瞳孔が小さいので、この2焦点レンズのメリットを受けにくいと先生から
説明を受けていたが、
いやいや、遠くの景色も手元の本もipadも遠くも全て良く見えてますよ〜

ただ時々?中間距離の10mから20mの距離にいる人、モノが
二重に見える、所謂ゴーストという現象になる。
でも、今、窓からの景色はどこもかしこもクッキリ!

昨日の満月を見上げた時は月の下に月の灯りが二重に見え、これがハローという現象なのか?
その周りの星も同じ様に斜め下に二重に灯りが見えた。
ここはちょっとだけ残念。
このクリアになった目で、今年行った北アルプスの山の上からの夜空で、
うっすらとしか見えなかった天の川と満点の星を来年また見ることを楽しみにしてたけど、
ダブってしか見えないのかなぁ、、

ただ脳が新しく見えだした情報にまだ慣れてないせいもあるかと思うので、
今後、脳が補正してくれる事に期待しよう。

手術後に視力検査を毎回やるのだが、
これは?これは?という指す輪っかが見えなくて、
ちょっとわかりません、、
という度に見えなくてすみません、、という申し訳ない気持になってくるのだが、
これは決して視力が下がった訳でなく、今までまるで見えなかった
視力1以上の厳しい所を指している為なんだけれども。。

私としては、輪っかが良く見えなくても、
これだけ視界がクリアになってくれれば全然いいのだ。
視力の数値なんてどうでもいいのだ。

前回の右目の時は目の汚れを取るのに時間かかっていたから
今回もそんなものかと思っていたら今回はそんなこともなく、
スムーズに終わった。
前回の様に何回も微調整や視力測定もやらず、
早く終わったのに、今回は前回感じなかった目の中の何となく痛みがまだ続いている。
この違いが少しだけ不安。

私がネットで執拗に探して見え方に拘ってくれ、技術の確かそうな眼医者さん、
諸星眼科クリニック
近所でも評判は知れ渡っているらしく、
洗髪に訪れた美容室でも遠くから患者が来てるらしい有名なクリニックですよね、と言ってた。

でも、どんなに腕のいい眼医者さんでも自分の目の手術はできないよなぁ、
その時はどーすんだろ?
そんなとりとめのない事を考えていたら、
今日、先生が眼鏡をかけていることに気づき、
なんかびっくり。
いや、眼医者さんだからって目がいい、悪いは別だけど、
私が驚いたのが今まで10回以上通っていて、今日気づいたことかも。

眼医者さんが眼鏡使うぐらいだから、コンタクトって、
あんまり良くないのかなぁ、と又とりとめのない事を考えたり、
又吉直樹似?の先生が笑っている写真をクリニックの中に貼ってある記事で見て、
あの先生も笑うんだ!?
と、驚いたり。

いや、別に冷たい先生ではないのだが、
いつも立て板に水で、ツラツラとクールに説明する
先生に笑顔は結びつかなかった。

流石に10回近く通っていると、最初は何だか良く分からなかった内部の様子も
つぶさに観察し、あの看護師さんは舌ったらずな甘い喋り方が可愛いなぁ、
名前は何ていうんだろ?
とか、
あの看護師さんは美人だなぁ、
でもユニホームは何種類かある様で、
今日着てた全身紺の服より下が白、上がピンク色のユニホームの方が
全然イイのにぃ〜
と、どーでもいい事を待ち時間に観察。

そして、眼科クリニックで目薬の正しい指し方を知った。
最近は何度も目薬差しているせいか目の玉に直に落とせる様になって、
だいぶ私も目薬差しが上達したわい、と思っていたら、
正しい差し方は、目の下をあかんべして、
そのあかんべの皮膚の裏側に落とすのが正しいらしい。
いつも看護師さんが目薬差してくれる時はそうしてくれている事に気付いていたが、
先日、看護師さんが70代ぐらいの男性患者に、
そうじゃない、ここを押して、ココ!
ダメ!めをパチパチさせると目薬は全部鼻に落ちていっちゃう!
と、かなり熱く指導してたのを隣で聞いていた。

にしても、なんでこの患者さんにこんな熱く指導してるのか、
それが気になった。
だってクリニックではいつも看護師さんが目薬差してくれるし、
私だって決して差し方は褒められたものでもないが。

そういえば、最初に手術した目とこれから手術する目は違う目薬を使なければならなかったが、
こんな複雑な?使い分けは、お年寄りなんて、きっと間違えちゃうわよ、
と心配になっていたが、間違えたのは他ならぬこの私だった。

手術前の目の検査をしてる内に私の瞳孔が開いてる!
と、慌てた看護師さん数人に取り囲まれ、
私の持っている全部の目薬を確認され、
「これは手術当日に指す目薬です!」
とまだ早いと指摘され、頭を掻く自分。

薬袋には間違えない様に、
「左」「右」と大きく色分けして書いておいたのに、
恥ずかしい。。
飲み薬も次の手術分も入っていると勘違いして、
飲むのを中断した事もあり
先生にも「不思議な間違え方をしますね」と、失笑を買ってしまった。。

まぁ、こういう人間だとは自分ではわかってはいたが、
間違えずにいる高齢者以下かと思うと少し情けない。。

とりとめのない話が続いたが結論。
段々と年を重ね、衰える事が多くなる事を感じる日々の中で
唯一、取り戻せた身体の機能。
一度、失ったモノだからこそわかる、その価値。
これからの人生に一筋の光明。
生きていく事さえ、楽しく感じられる。
ただ目に映る景色を見るだけで幸せ。
今までと別の世界になった、新世界。

目に入ってくる情報がクリアになったお陰で、
自分の五感の全てが研ぎ澄まされた感がある。
音に対して、匂いに対して、
全てに敏感になった気がする。

この目で来年は又、北アルプスに行き、
そこからの360度の世界を見渡したい。
願わくば満点の星と天の川も。


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西荻窪、吉祥寺に出没中

2022-12-09 11:40:24 | Weblog
最近、かかっている眼医者の関係で、クリニックのある西荻窪、
お隣の吉祥寺に出没する事が増えた。

せっかく滅多に行かない所だからと、
犬が電柱にお印をするかの如く、
あちこちのランチに出没。

まず駅北口直ぐの生打ち麺パスタという店。
海老と明太子のパスタ、サラダ、コーヒー付¥1100は可も無く不可も無く。
サラダの菜っ葉に鮮度が無いのは、この手の店にありがちな事で、
この価格でのランチであれば普通。

次に、一番行きたかった、その店より更に駅位遠に進んだイタリアン。
この店が一番行きたかった店で、ipadの地図に表示される店で、
一番期待が高かった。

パスタランチ¥1000だったかな、確か。
セットのサラダがシャキシャキしていて野菜の味が濃い。
これは期待出来るかも!
と追加でコーヒーとケーキを追加注文。
だが、パスタの味、中に入っている肉も美味しいのだが、
量が多すぎのと(大盛)、ブロッコリーの茹で加減がイマイチ。
茹で過ぎなのだ。
この量といい茹で加減といい、大雑把な調理のコックだと、
残念に感じる。
コーヒー、ケーキも普通。
パスタの大盛が祟って食べきれず。
トータル¥1650になったのは自分で追加注文した為なんで仕方なし。

次のイタリアンはipadの地図にも載ってなかった、
東京三菱UFJを左に入った四つ角にある全面ガラス張りの明るい店。
私が訪れたイタリアンの3店の中では一番、コスパがいい店だった。
¥1100のパスタセットはコーヒーとサラダが付いて¥1100。
この店は再訪してランチのカレーセット¥850も食べたが、
これも値段に見合った満足感のあるものだった。

この店に二度訪れたのは、別の目的の店があったのに、
やってなかったからだ。
その店が何度言っても時間が合わなかったりで、
空振っていたので、やむ無くだった。
その店は「海のポン」
ちょっと高級な小料理屋という店構えなのだが、
ランチは千円少々の価格設定で、それ程高くは無い。
他の店でランチした後にこの店の前を通り、
ランチメニューをチェックし、和食の美味しそうなランチに
次は絶対にこの店だ!
と決めて何度も行ってるのに、やってない。
いつも11時ぐらいにランチを目指していくので、
その店のランチが12時からだと、こないだ知った。
いつかきっと行くぞ。

もう一つ気になる店が坂本屋。
西荻窪駅のスクランブル交差点からクリニックに向かう途中にあるのだが、
いつも店の前に10人近い行列が出来ている。
クリニックの看護師さんに、その店は美味いのか尋ねたが、
実は一度も自分は行けてない、
火、木、土しか営業してないけど、
自分はその曜日はいつもクリニックの仕事が忙しいのだ、
そう哀しそうな表情を浮かべていた。
逆に行けたら是非感想を聞かせてね、と言われた。

中華料理店のようだが、後4回くらいはクリニックに通うので、
絶対に制覇しようと思う。

そして、お隣の街、吉祥寺も電車やバスで直ぐなんで、
こちらも探索。

マザーグースというドリアが評判らしい店の友人の口コミで
いつか行きたいと思ってた。
というのも洗足学園大学近くのイタリアンで食べたドリアがとても美味しかったので、
あの味と同じものが食べられるかも!
と期待していったが、、
残念な感じでした。

そんな中で一番残念な店は本日訪れた吉祥寺の
「階段の上の、、」という店。
これもipadの地図に表示される店の中で拘りの素材を取り寄せて
ランチをやっているようなので行きたかったのだ。
特に赤穂から取り寄せた牡蠣のカキフライ、
ランチで1700円の価格設定は高いけど、
衣、牡蠣、素材に拘っているんだからしょうがない!
と期待MAX。

店に一歩入ると、手を消毒して下さい!
とカウンターの中から店主らしき人が尖った目で声をかけてきた。
え?どこに消毒液あるんだろ?とキョロキョロしても
店主は料理に忙しいのか、お構いなし。

思えば、この三角のとんがった目の店主に会った時、
いや〜な予感はしたのだ。
ココで止めておけば良かった、出来ることなら。
料理にコックの人柄が味に出るのだ。

サラダ、フツー。
前菜に小皿に盛った5つの先付けが出て来たが、
どれもこれも美味しくない。
ただ5つそれらしく盛れば、美味しいそうに見えるだろう的な
完全な見かけ倒し。

そして期待のカキフライ。
ホームページで見た時は大粒な立派な牡蠣に見えたが
小ぶりのカキフライが5つ。
この時点でかなり盛り下がる。
でも美味しければいいのさ。

そして食べる。
全然、サクッと揚っておらず何か脂っこい。
そういえば店内に足を踏み入れた瞬間から油の匂いが
鼻にまとわりつき不快だった。

それでも赤穂なる所から取り寄せた牡蠣が美味しければ
これらの不満も帳消しになっただろうが、
これっぽっちも美味しくない。。
ジューシーさも濃厚さも無くパサパサの縮まった牡蠣に絶望的な気分になる。
自分でスーパーの牡蠣買って揚げた方がきっと美味いだろう。
近所の山忠のカキフライなら未だ食べた事はないが同じ値段設定だが、
あっちは絶対美味しい筈で、お金をドブに捨てたような残念な気持ちになる。

最近は自宅の食事のレベルが上がり、
外食での味に満足ゆく事が少なくなってきた。
それなのに、あぁ何故私は外食に行ってしまうのだろぉ。。

自宅で吟味した味噌、昆布、鰹節、素材のいい大根を入れただけの味噌汁の美味いことよ。
最初のひと口で美味い!と心の底から小躍りするような
そんな美味しさには中々出逢えない。

それでも美味しそうな店の紹介を見ると、つい期待して行ってしまうのは性か。。

二度と行かないぞ!
とお金を無駄にした自責の念に駆られながら誓う店は本日のカキフライの店。

最近気づいた観光地の食事は美味しくないという仕組み。
(一元さんばかりだからリピーター用に美味しくする必然性が無いから)
住宅地の店はリピーターが大切だから、必然的に美味しくなる。

この吉祥寺という街も一元さんの多い観光地と一緒か、、
と気づく。
ここも店の移り変わりの激しい所に違いない。
仕事柄、数々の飲食店の閉店を目の当たりにする事に
飲食店の継続の困難さはよくわかる。

そう考えると新宿というあんなに店の移り変わりが激しい街で
何十年もその場所で営業してる三国一(うどん屋)はスゴイ!
だって美味しいもん、新宿に行ったら絶対行くもん。





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今までの目と、新しい目の違い

2022-12-08 11:14:49 | Weblog
本日これから、もう一つの目の手術。
今までの目と、新しく目との見え方の違いに、
驚きと喜び持って試せるのも、後もう少し。

片目づつ目の前の景色に広がっている世界を除くと、
手術した方、明るくクッキリ輝いてる。
手術する前の目、黄色くボンヤリ濁っている。

両目で景色を眺めると、よく見える方の目に引っ張られ、
クリアな世界が広がる。
両目がこのクリアな目になったら
更によく見える事になるのだ!
嬉しくて天にも昇そうな気分になる。

白内障を指摘されたのは2年前の健診からだが、
多分10年ぐらい少しずつ進行してきていたと思われ、
昔は今見えていた輝く世界を見ていたはずなのだが、
いつの間にか失われていて、それに気づきもしてなかった。

当たり前に見えているものには何の感謝をする事も出来ないが、
一度、失ったものを取り戻す事が出来た事には嬉しさを抑え切れない。

最近、何かと年老いてきた事を感じる日々で、
出来なくなる事、衰えを感じる中、
年をとったのだから仕方ない、
自分に言い聞かせ、諦めを覚えた。

でも、そんな高齢者に一発逆転の唯一の高明の光だったのが
今回の白内障手術だった。



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明るいっ!!世の中が輝いて見える!

2022-12-02 13:06:05 | Weblog
昨日、白内障の手術をした私。
手術後はお岩のように片目を仰々しく覆われ、
(開いたエレベーターから私の姿を見た外人はギョッと仰け反っていた)

その目でまだ外を見る事はなかった。
そして本日、仰々しい眼帯を外した瞬間、
目の前に広がる景色の明るさにびっくりした。
思わず「明るいっ!」と声が出る。

一日、目を覆っていたので外の明るさに慣れてないせいなのか?
良くわからなかったが、時間が経つにつれ、
イヤ、これは目が生まれ変わったのだ!
と確信に変わった。

試しにまだ手術してない目と手術した目で
交互に同じ景色を見ると全然違う!
手術してない目は白熱灯の灯りにいるような
黄ばんだ柔らかい景色。
対して、手術した目は蛍光灯の輝く真っ白な世界。

外へ出てみると更に明るくキラキラしたクリアな世界が見えて驚く。
色が鮮やかに輝いているのだ。
私は今迄、何て薄汚れた世界を眺めていたんだろう、
世の中の人はいつもこういう景色を見ていたのか、
と愕然とする。

もう、嬉しさのあまり、腰に手を当て、
スキップして、その場をグルグル回るか、
コザックダンスをしたいぐらいだ。(出来ないけど)。

手術の日は、クリニックは手術だけの日だったので、
1時間ごとに一人らしく、何人かの人がいて、
翌日も同じ顔触れの人が来ており、
眼帯を外した瞬間、嬉しいでしょ!ね、ね?
と心で呼びかけてみたが他の人は極めて冷静で
コザックダンスを踊りたそうな人は見かけなかった。。。

もう両目がこの目になったら、何て素敵なんだしょう!
早く、このクリアな目で山の景色を見たい。

そして、家に帰っても驚きは続く。
ブラインドの上げ下ろしの紐が黒だと思ってたら、
薄紫の様な色だった。
キッチンの天板に茶色の粒々が散乱してるから、
コーヒー豆こぼしてた?
と凝視してみると、人造大理石の模様だった。
全然模様として見えてなかった。

極め付けはテレビだ。
え!?すごい画面がクッキリ!キレイ!明るい!
4k放送に切り替わったみたい!
(テレビは4kだが、チューナーがないので、まだ4K放送は見ていない)
やっぱり手術してない片目でみるとボンヤリした画面になる。

生まれ変わったみたい。


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どうしていいかわからない-白内障手術

2022-12-01 23:43:24 | Weblog
高齢者なんですね、、ワタシ。
白内障手術を受ける事になった。

濁った水晶体を破壊し、取り除き、
代わりに人口のレンズを組み込む。
もちろん、目の手術なんで目を開けたまま行う。

その時から私にずっとつきまとう恐怖。。。
「サスペリア」という昔の映画にあった、
見開いた目に鋭利なガラスの破片が、
ジリ、ジリ、ジリと近寄っていき目にグサっ!!!
あ〜、あの恐怖を私も味わなければならない。
違いがあるとすれば麻酔をかけているから痛さは感じない。

でも、見開いた目にメスを突き刺され、
目を切られる!
そんな恐怖を目をつぶれず、
しかとまじかで見続けなくてはならない!
そんな怖いコト、耐えられるんだろうか?

でも、世の中の人はフツーに?やってるコトだし、
私が考えすぎなのか?
でも、どーしてもコワイ。

職場の同僚に話したら、
やっぱり怖い、と同意見。
全身麻酔で手術希望!とまで言ってたが、
イヤイヤ全身麻酔は、
それはそれで非常に怖いんでねぇ。

そんなこんなで手術当日を迎えた。
歯医者さんのイスのようなものに座り、
グインとリクライニング。
美容院でシャンプーしてもらう感じ。

目を閉じないように固定するっていう話だったので、
無意識に目を閉じようと自分が力んで
大変なことになるのでは、、と心配してたが、
何のことはない、固定されているのも麻酔が効いているからか、
全く感じない。

そして、手術は始まった。
あら?
目はしっかり開いているのに、
目に向かってくるメスも何も全く見えない。
目を照らす強い光の光源の三つの光しか見えない。

水晶体を取り除くのも、レンズを入れるのも、
全く見えない。
周りで先生と助手さんがいて、
色々動いているのはボンヤリ見えても
自分の目に起きていることは全然見えない、不思議だ。

水晶体って、硬くてバリバリのものかと思ってたら、
柔らかいゼリー状のものらしい。
水晶体の濁った部分を今、真ん中に寄せてます、
と進行状況を先生が逐次報告してくれて、
オヤ?と思ったのだ。

水晶体を取り除いた後、
目に汚れがあるから取り除くと声かけられたが、
中々、取り除けない。
助手さんに、○○持ってきてと、次々と
器具らしきものを持って来させて、
取り除こうとしてるが、スンナリ出来ない。

先生に関してはネットでしつこく調べて、
やっと見つけた腕のいい眼医者さんだから
全幅の信頼は置いているのだが、
それでも、この事態に私はハラハラ。

だって、
自分だったら仕事でそのような事態に陥った時、
きっと誤魔化すであろうかと。
上手く出来なくても上手くいったように見せかけ、
どーせ、わかりはしない、この程度はと。。
そういう自分ゆえ、さて先生は?

そして先生の対応をつぶさに観察。
この辺の人間観察力の偏差値は自分は高いと自負してる。
誤魔化し作戦か、本当に出来たのか?
でもどーやら上手くいったらしい。
誤魔化してなさそう。(イヤな患者だ、、)
さすが、私が見込んだ先生だ、良かった。

手術中に何度か「がんばって」と先生に声をかけられたが、
何をどうがんばればいいのだろう?
謎だった。
目は機械で固定されているから目を閉じたくても出来ないし、
私が自力で出来る事は何もないんですけども、、
そんな事を考えているうちに手術は終わった。
30分くらいだったろうか。

事前の手術前検査で私は瞳孔が小さいらしい、人と比べて。
今回使用するレンズは保険の効く2焦点レンズでレンズが通常より大きい。
ちょっとだけ手術がむづかしくなると先生は言ってたけど、
腕のいい先生なんで全く心配しておらず、
良かった、この先生にやってもらう事にしといて良かったと
胸をなでおろした。





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