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# 722 学生時代の江川と原

2022年01月12日 | 1977 年 



今年の大学野球の見所の一つは東京六大学の怪物・江川と首都大学のプリンス・原の対決。学窓最後の年の江川、新人の原ということでこの両者の対決は今年だけに限られるが、意識する・しないは別として両者はいよいよスタートしたのである。

コンピューター付き怪物の貫禄十分
発足13年目の首都リーグ。原はさしずめ若々しいリーグを象徴する若大将のムードを漂わせる。片や半世紀以上の歴史がある六大学リーグは伝統を誇り、まさに老舗と考えれば江川は格式高い大店の若旦那といったところか。この若旦那は滅多なことでは期待を裏切らない。「これほど順調に調整できたのは初めてです」と江川は開幕前に言っていたが立大戦でそれを実証して見せた。初回から岡安、植木を共に空振り三振。長谷川は見逃し三振と僅か15球で仕留めた。ネット裏にいた12球団のスカウトは改めて江川の凄さにうっとり。「モノが違うね。このままプロへ行っても10勝はするよ」と巨人の中尾スカウト部長。

ところがこの調子でぶっ飛ばさないのが江川らしい。2回になると途端にペースダウンし打たせて取る投球に一変した。「個人的な記録のことなど全く意識していない。試合に勝つことが最優先です」と江川はリーグ戦開幕前の報道陣との応対で繰り返しこの言葉を口にし続けた。48勝の通算最多記録やノーヒットノーランも関心がないそうだ。今さら新しい " 名誉の勲章 " は必要ない。勝つ為のピッチングに徹する。江川の頭の中には性能の良いコンピューターがある。無類の制球力、打者との駆け引き、プレートさばき、フィールディングなど勝つ為に必要な項目をコンピューターが計算をして最善の答えを出している。

「ひょっとすると延長戦もあるかもしれない」立大先発の木村投手の調子が良いと判断した江川は2回表から省エネ投球に切り替えたのだ。江川は法大打線が昨秋のリーグ戦で木村投手に3安打完封に抑えられキリキリ舞いさせられたのを憶えている。「中盤はカーブを多投してセーブしました(江川)」と計算され尽くした投球に立大打線は対応できない。だが法大打線も点が取れず回が進むと江川は突然ピンチに見舞われる。両チーム無得点のまま7回表、先頭の長谷川選手に右翼線二塁打を喫した。続く宇地原選手は送りバント。江川は猛ダッシュし三塁へ送球しタッチアウトでピンチの拡大を防いだ。「袴田の指示通り投げただけ」と江川は涼しい顔。

このプレーにネット裏の記者連中も「あんなフィールディングが出来るのはプロでも堀内(巨人)くらいじゃないの。もうあれは天性のセンスと言うより他ないよ」と。気の毒なのは立大で宇地原選手のバントも長谷川選手のスタートも悪くなかった。相手が悪かったと言うしかない。江川には打者としての顔もある。7回裏、先頭打者の江川は左前安打で出塁し、金光選手の二塁打で生還し決勝のホームを踏んだ。結局、試合は2対0で快勝。江川は5安打・9奪三振で完封勝ちを収めた。「開幕戦にしては上々(江川)」と謙遜するが、初回は3者三振、8・9回はギアチェンジして6個のアウトの内、4奪三振と見事な締め括りだった。恐るべし怪物は健在なりだ。


若大将人気でリーグの救世主へ
若大将・原辰徳のデビュー戦となった川崎球場には5,000人の観客が詰めかけた。父親でもある原貢監督の「15,000人は入る」との見込みは外れたが、それでも画期的な大入りだった。首都リーグは誕生して日が浅く注目される選手もおらず、せいぜい200人も入れば御の字だったのだから浜田事務局長も興奮気味に「ええ、連盟タイ記録です」とまくし立てた。昭和49年春のリーグ戦で初優勝をかけて明治学院大と帝京大が神宮第2球場で対戦した時以来の観客数だった。連盟では原人気を当て込んで色々な手を打っている。従来の駒沢球場の1日の使用料は1万5千円だが川崎球場だと16万円に跳ね上がる。それでも連盟は客席数が多い川崎球場を選んだ。

その為、連盟の年間予算も昨年比倍増の1300万円に組み替えた。原人気を追い風に連盟は入場料を大人300円を400円に値上げした。周囲にはこうした強気の運営方針を危惧する声もあったが、蓋を開けてみれば原のデビュー戦は諸経費を差し引いても黒字だった。首都リーグの試合で黒字になったのも史上初の出来事だった。さて原はリーグ戦前のハワイ遠征で真っ黒に日焼けして高校球児だった頃の甘さが消えて精悍な顔つきになった。練習試合では18試合・打率.288 をマークするなど正三塁手として恥ずかしくない堂々たる成績を残した。とはいえ原も人の子、デビューの日の朝は6時前に目を覚ましてしまい、朝食もいつもより少なめだったそうだ。

緊張をほぐすには体を動かすのが一番で球場へ出発する前の僅かな時間を利用しランニングをして汗を流した。ちょうどその頃、原のデビュー戦を見ようと女子高生3人組が川崎球場の入り口に一番乗りしていた。江川と比べればファン層は明らかに違う。人を寄せつけない大人の雰囲気を持つ江川とは対照的に原の周囲には明るい躍動感が漂い、若い女性やチビッ子のファンが圧倒的に多い。物怖じせずに自分を表現するところも繊細な江川とは異なる。大らかな振る舞いや物言い、都会的センスに溢れたアイドルに女学生の熱っぽい視線がストレートに注がれる。


打球の速さは抜群
注目のデビュー戦は第1打席・四球、第2打席・左前安打、第3打席・三振、第4打席・左前安打、第5打席・三振 だった。ヒットが出れば『キャーッ』、三振すれば『キャーッ』と球場内は女性ファンの悲鳴が轟いた。いつもなら選手らの野太い掛け声がこだまする球場もこの時ばかりは黄色い声援で賑やかなことこの上なかった。「去年の甲子園大会以来ですね緊張したのは。でもやはり緊張するのは気持ちいいです。これでようやく大学生になった気分です」と原は普段より幾分オクターブ高い声で試合を振り返った。一方、対戦相手の明学大・島田投手は「打たれちゃいましたね。打球の速さに驚きました。さすがです」と脱帽。

観客5,000人を集めた原人気の余波は意外なところにまで及んだ。原が登場する前の第1試合の途中から観客が詰めかけ始めた。試合中の大東大と日体大の選手らはどんどん増えるお客さんに何事かとビックリ仰天。最大の被害者は大東大のエース・石井投手。「こんなに沢山のお客さんの前でプレーするのは初めてなんで力んでしまいました」と本来の力を出し切れず苦笑い。しかし多くの選手は「これでプレーするやり甲斐が出てきました」と発奮材料になったようだ。その意味でも原は首都リーグの救世主と言える。江川の貫禄、原の初々しい躍動感で今年の大学野球がスタートした。お互いについてのコメントは無かったが、これからも無言の戦いは続きそうだ。




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