Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 613 移籍男のドラマ ②

2019年12月11日 | 1976 年 



初勝利を2人だけで祝った気持ち
太平洋クラブライオンズへ新天地を求めた関本・玉井の両投手。2人は投壊状態の長嶋巨人を横目に見事に揃って完投勝利を挙げた。開幕直後は打線が湿り得点力が落ちていたので頼みの綱は投手陣だった。その投手陣を救ったのが関本・玉井だった。巨人では一本立ち出来ずにいたがパ・リーグにやって来て変貌を遂げた。あるスポーツ紙は2人を二人三脚と表現したが、確かに2人は仲間という中途半端な間柄ではない。ちょっぴり古い言い方だが " お神酒徳利のよう " という表現がピッタリだ。球場入りも一緒なら帰りも一緒。そもそも住んでいるマションが同じなのだ。福岡市の南部にあるマンション前に車を乗りつけると「じゃあまた明日」と肩を叩いて別れる。

2人は同じ階の向かい合った部屋に住んでいる。「普段からお互いの家を行ったり来たりしているんですよ。主人たちを見ているとまるで双子の兄弟みたいな感じです」と笑いながら打ち明けるのは関本久子夫人。これほど2人を親密にさせたのはやはり巨人を追われたという共通の境遇だろう。久子さんは玉川大学英米文学科卒の姉さん女房なのだが関本という男はどこへ行ってもワンマンぶりを発揮しているらしく、久子さんもそうした亭主関白ぶりを寧ろ頼もしがっている風さえある。「いやぁ関本家の仲の良いこと。僕らもあやかりたいので、しばしば女房と一緒にお宅にお邪魔するんです」と玉井。

太平洋移籍を機に永すぎた春にピリオドを打って玲子夫人と新婚家庭を築いた玉井だが、玲子夫人より関本と一緒にいる時間の方が長いかもしれない。なにしろ職場である球場への行き帰りだけでなく、「買い物や市内見物もお互いの家族は一緒(玲子夫人)」なのだ。関本と玉井は同じ26歳。僅かに4ヶ月だけ関本が兄貴で性格的にも陽気でグイグイいくタイプなので、イニシアティブは関本が握っているが関本によれば「玉井はおとなしい?そんなことないよ。お互いにワーワー好きなこと言い合っている。俺たちくらいウマが合うコンビはちょっと珍しいんじゃないかな」と言う。

トレードの時もそうだった。太平洋の中村オーナーはトレードに出す加藤初投手の見返りに要求したのが先ず関本で、その時はまだ玉井の名前は挙がっていなかった。2人目には張本とのトレードで日ハムに移籍した富田の名前も挙がったが合意には至らず、何度かの交渉の末に玉井で合意した。言葉は悪いが玉井はいわば刺身のツマ程度の存在だった。その添え物だった玉井が関本やエースの東尾よりも先にチーム初白星をかっさらった。平和台球場での対ロッテ1回戦、玉井は外角ギリギリへ直球、切れ味鋭いスライダー、ストンと落ちるフォークボールを織り交ぜた投球でロッテ打線を封じた。

誰も予想していなかった玉井の快投に青木球団代表はやおら胸を張って「な、玉井はエエ投手やろ。私の目に狂いはなかった」と自画自賛した。そしてそんな玉井の快投を一番喜んだのが関本だった。一足早く着替えを済ませた関本はロッカールームの前でマスコミのインタビューを受ける玉井の姿を、あの大きなギョロっとした目を潤ませて見つめていた。「奴はタフなんだ。今日の調子なら延長戦になっても投げ抜いただろう。これで玉井もローテーション入りは確実だね(関本)」と本人以上に喜び、取材を終えた玉井と共に2人で球場を後にした。番記者から祝杯を上げようと誘われた玉井だったが断り、自宅で関本家と" 水入らず " の祝勝会を開いたそうだ。

一方の関本の初勝利はそれから3日後の対近鉄ダブルヘッダー第2試合(日生球場)。昨季は0勝4敗と勝ち星から遠ざかっていただけに勝利の瞬間に関本は喜びを爆発させた。高々と両手を上げて三塁側のファンの声援に応えた後、まだ足りなかったのか自軍のベンチに向かって最敬礼を二度三度と繰り返した。何しろ一昨年の10月10日の対大洋戦以来の勝利だったのだから無理もない。平和台では玉井を迎える身だった関本が今度は玉井に迎えてもらう番となった。玉井が握手をしようと手を差し出したら関本はその手を払いのけて玉井に抱きついた。「やったよ。やっと勝てたよ。バンザ~イ、バンザ~イ」と大はしゃぎだった。

「おめでとう。よかったなぁ…」と言ったきり玉井は関本の激情に押し流されるままになっていた。玉井にしろ関本にしろ今季初勝利で「たった1勝」ではあるが2人にとっては実に大きな意味を持っていた。玄界灘を渡り博多までやって来た。特に関本は問題児の烙印を押されていただけにチームに貢献できた勝利は自分にも周りにも大きかった。投手難に頭を悩ます長嶋巨人から追われた2人にとってこの勝利は古巣に対する強烈な恩返しとなった。自主トレ、キャンプ、オープン戦と2人はお互いを励まし合ってきた。「2人で15勝以上」と勝ち星を語る時も2人がかりだ。折しも古巣の巨人は投手陣が総崩れ。悔やんでも時すでに遅しだ。
コメント
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