H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

4月 ちゃんと聴くべし

2020-04-18 | 内科医のカレンダー


<腹痛と嘔吐で救急搬送された54歳男性>

当直中の夜21時頃のこと,当院に高血圧で通院中の54歳の男性が「腹痛と嘔吐」のため救急搬送されるという連絡が入った。3年前に出血性胃潰瘍のため他院に入院歴があるらしい。

電話を受けた救急外来の看護師と「もしまた出血性胃潰瘍だと緊急内視鏡は必要かなあ,バイタルが安定してれば明日の朝,消化器の先生にお願いするのでいいよね」と話しながら待機。

患者さんが到着。腹痛と背中の痛みがあるので救急車を呼んだとのこと。3日前から歯が痛くて,その日歯科受診して抜歯処置を受けた。鎮痛薬をもらって服用した。その後,腹部と背中に痛みがきたとのこと。いろいろと症状を尋ねるが,ぼそぼそとした言い方ではっきり話してくれない。もともと口が重い方なのかな。それじゃと簡単に診察を始める。血圧141/43, 脈拍 70 bpm,発熱なし。何となく具合は悪そうな感じ。貧血,黄疸なし。呼吸音,心音には異常なし。腹部は軽く心窩部に圧痛あり。

ところが診察中にトイレに行きたいと言いだした。診察を中断して看護師が車椅子でトイレに連れて行ってもらう。もどってきた看護師が曰く「先生,便が黒っぽかったですよ」。

やっぱり胃潰瘍かなあ。アクティブな出血がないか胃洗浄して,もし鮮血だったら消化器の先生に連絡して緊急内視鏡をお願いすることになるかな。もし黒色の残渣だけなら,とりあえずライン確保して入院にして明日のお願いでいいか。

トイレから戻ってきた患者の診察を再開。直腸診をしたが茶色の便であった。タール便ではない。しかし便潜血は強陽性。でも抜歯して出血しているから,それでも便潜血は陽性になるかな・・・・いやちょっと違うな。

もう一度話を聴き直す。

「3日前から具合がわるかったんですね。その前は何ともなかったんですかね?」

「1週間位前から胃の調子は悪かったです」

虚血性心疾患は考えておく必要があると思う。心電図は急いでとらなきゃ。静脈ラインを確保して,採血をオーダーする。さて心電図を・・と見ると,ん?胸部誘導でpoor R progression で V1-2でSTがちょっと上昇しているか?V4-6はに陰性T波がある。

「なに〜?まさか心筋梗塞?」

「採血にトロポニンT追加ね。」

でも発症してすぐの心筋梗塞ではない感じ。さらにもう少し話を聞く。

「どんな感じの痛みだったんですか?」

「かなり痛かった。今までになかった痛み。両肩から背中がすごく痛くなった。」

(両肩から背中!?)

「冷や汗はでました?」

「冷や汗が出るほどだった」

「突然きました?」

「突然きた」

(なにい〜?突然じゃないか・・・・これはdissectionが怪しい!)

思わず声に出してしまったらしく,患者が聞いてくる。

「ダイセクションって何ですか?」 

「動脈が裂けていくような状態になることです。」

奥さんからも話をきく。

「急に痛がりましたか?突然でしたか?」

「急に痛みだしたようでした。冷や汗をかいていました。」

(これはホントの突然発症!ヤバイ状況である。間違いない。)

歯が痛いのは狭心痛なのではないか?という思いも頭によぎる。でも歯科でちゃんと抜歯処置をするくらいだから,虫歯はあったんだろう。そうするとやっぱり解離か・・。

過去のカルテをチェックすると,前回受診時の腎機能はCr1.34 mg/dlとある。あまり良くない。血圧は普段130−150程度。緊急検査がもどってきた。トロポニンTは陰性。血清Crは1.9 mg/dl。腎機能低下がある。造影はどうしようか・・・迷う。放射線技師に相談すると,造影剤を半分にして薄めても判りますよと。じゃ,それにしよう。

胸腹部のCTでは,やっぱり・・・大動脈弓からの解離があり偽腔もある。解離腔は腎動脈分枝部の下まである。いやあ,あぶなかった。

最初は「腹痛,嘔吐」+出血性胃潰瘍の既往から,あやうく消化管出血として扱ってしまうところだった。患者が「背中が痛い」ということを訴えてくれたから間違わずにすんだ。あぶないあぶない。

その後,血圧も上昇してきて200mmHgになり,背部痛ををまた訴え始めた。急いでペルジピンを開始。心臓血管外科のあるいつもお願いする施設に連絡して緊急で転院となった。

 

<What is the key message from this patient?>

あとから考えれば典型的な大動脈解離である。診断にそれほど時間を要しなかったが,最初の思考過程で一瞬間違いそうになった例である。救急隊からの前情報というのは,先入観になってしまうことをあらためて認識(ま,自分が悪いんですが)。到着した直後は患者があまり話してくれなかったため,症状の把握が甘かったかもしれない。来院直後に便意を催したというのも,後から考えると注意すべき症状であった。

「突然発症の背部痛」と認識できれば,通常はあまり間違うことはない。しかし患者が言葉で「突然」と表現してくれないことはよくある。本症例の教訓は,間違った思い込みに惑わされず,痛みの性状をきちんと聞き出すことが鍵であったという至極当たり前のことだった。やはり基本が大事。

コメント
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