自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

この国の民主主義が試されている、、

2008年01月16日 11時39分46秒 | コラム
 自分のことは自分で、自分たちのことは自分たちで、というのが民主主義の基本原理である。その意味では文明と一切の接触を断ち、アマゾンの奥地で生息している裸族の中にも原始的民主主義が存在するし、『日出でて作し、日入りて息う、井を穿ちて飲み、田を耕して食らう、帝力なんぞ我に有らん』の生活謳歌は民主主義の原点である。

 抑圧があって民主主義が否定された時、それに対する抵抗は歴史的に絶えることなく続けられてきた。古代ローマのスパルタクスの反乱があってローマの奴隷制は終焉を迎えたし、近代ヨーロッパにおいては、絶対王政を覆す市民革命により、議会政治が確立した。引き続き選挙権拡大の運動が続けられ、男子の普通選挙が実現したのが、大革命後のフランスが世界で最初だし、女子の参政権はドイツ革命後のワイマール共和国において実現する。普通選挙を実施している国が民主主義を実現している訳ではなく、自分たちのことは自分たちでの原理を保障する制度に過ぎない。

 かって日本の占領政策の最高責任者であったマッカーサーが、『我々アングロサクソンの民主主義は40代の壮年だが、日本のそれは12歳の少年である。』と述べたといわれているが、そんな比較を肯定しアングロサクソンを見本にし続ける必要はないと思う。それぞれの国にはそれぞれの民主主義への歴史の歩みがあるのだし、違う価値観を認めるのも民主主義の大切な要素の一つである。

 この国でも、戦国下克上の時代、庶民の時代といわれてるように、惣の仕組みを作り民主主義を体現していた。それ故に、当時日本にやってきた、F.ザビエルをして、『勤勉で・慎ましく・礼儀正しい』との伝言をイエズス会本部に送らせたし、江戸時代でも、いざとなれば一揆に及んだし、江戸末期には世直し一揆に立ち上がった歴史を持つ。藩閥政治に対しては自由民権運動があったし、指導層が懐柔されると、秩父困民党に象徴される、自らの憲法草案を作りその実現を目指す運動もあったし、第一次・第二次護憲運動では政党政治を確立する。民主主義実現に向けての遠い道のりを想定して、我が国の民主主義は12歳と卑下することはあっても、他人からいわれる筋合いはない。自らを壮年と自負するアメリカの民主主義にしても、それは、WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の民主主義であって、建国以来の、先住民、黒人奴隷、に対する仕打ちは消して褒められたものではない。WASPの民主主義のためには、暴力(その最大なものは戦争)を肯定し続けた歴史を持つのがアメリカ、特にネオコンといわれる現政権は、『テロとの戦い』をお題目に、選挙民を思考停止に追い込み、間接民主制の弱点をもを利用して(8年前の大統領選の選挙疑惑)、選挙で勝利し、世界中に紛争をまき散らしてるのではないのだろうか。

 そのアメリカの都合による米軍再編に全面的に協力し、金のみか住民の良心までアメリカに貢ごうとする政権をいつまで支持続けるのだろうか、、、。岩国の問題はこの国の民主主義が成長するか、封じ込まれるかの一大キーポイントである。
 職を辞して、岩国市民の良心に殉じようとしているのが井原元岩国市長であるし、2月10日の市長選は、岩国の市民が、自分たちのことは自分たちで決定するとの意志を貫ける試金石となる。

コメントを投稿