新たな国家が成立したとき、必ずその国が目指す理念を憲法で表明する。世界的には文章化された憲法を持つ国が大多数であるが、憲法が定められてない国も、イギリスのようにマグナカルタ以来の慣習法として不文憲法を誇りにしている例のある。
この国の場合、江戸時代には、武家諸法度や慶安のお触書等の決まりで統治されていたが、明治維新によってその体制が根本的に改められ、欧米にならって憲法制定の手続きをはじめ、その参考として、イギリス、フランス、ドイツ憲法を選んだ。イギリスは二つの革命を経ての立憲君主制、フランスは共和制、ドイツは絶対君主制であることから、当時の藩閥にとって都合がよいドイツ(プロシャ)憲法を参考にして大日本帝国憲法が成立する。その参考にしたドイツは、第一次世界大戦で敗れ、当時もっともすぐれた内容を持つワイマール憲法が作られた。君主権の強い憲法で、富国強兵路線をひた走り、帝国主義の仲間に加入し(植民地、台湾、朝鮮獲得、欧米間との不平等条約改定に成功)、その路線上の争いで敗北、国の根本からの再建を目指して、日本国憲法を制定した。人類(我が国民のとは言っていない)の多年にわたる自由獲得の成果を踏まえた人権の保障、20世紀の新たな人権としての社会権を保障、カントの永年の平和のために、そして第一次世界大戦後の不戦条約の延長上の決まりとして、戦争をしない、戦力の不保持、交戦権を不保持の絶対平和主義の憲法を制定した。
その憲法にも、国民の不断の努力によって保持しなければならないと定め、そのための権利義務が成文化されているのだが、永年、お上のやることには逆らえない、に慣らされたこの国の民には、普段着ではなく、タンスの奥深くしまっておく晴れ着だったのだろうか、、、。憲法を不断に使いこなせる主権者にならなければならない。今回の自然災害を、天罰などと口走って顰蹙を受けた政治家がいたけど、災害を教訓としなければならないと思う。日本国憲法15条で、公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者でない、と定められているのだが、現実はどうなのだろう、、、。人は他人のために汗を流し、他から感謝されることに喜び、誇りを感じるものだし、公務員はそれを体現できる、主権者から託された職業といえるだろう。今回の災害は3万を超す犠牲者を生んだ自然の破壊的侵略なのだし、それに対する自衛隊員の献身的活動は、平和憲法にふさわしい本務であって良いと思う。自衛隊法を憲法に適する内容に改め、戦車で民衆を威嚇する軍隊とは異なり、ブルドーザーで修復にあたる、銃で人命を奪うことなく、救命活動捜索活動で人命を守る、そういう平和建設隊に衣替えすればこの国の未来は明るくなる。