自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

雑感、、、その⑦

2011年10月10日 09時10分08秒 | コラム

、『人間は考える葦である。』との名言がある、考えても考えても永遠に理解しがたいことが無限の存在である時間と空間のことであろう。∞、という記号を数学では生み出したが、人間の取り組むべき最大の魅力あるテーマは、その無限であろう。古代インドの聖人は、宇宙は生成と消滅を繰り返すと考えていたが、ヒンズーの神々の一日、そしてその生涯(100年生きる)は人間の定めた年月の天文学的年数を表している。中国の老子も、その無限の存在である時間と空間のことを、『道』と名付けたのではないだろうか、、、。

 時間と空間のほかに無限のものがあるとすれば、それは人間の可能性なのではないだろうか、、、。しかしその可能性は最終的には人類を滅亡させることも含めている。つまり自らが生み出したものにより、自らを苦しめ、破滅にまで至る、疎外の問題に突き当たる。つまり、人間は火を獲得することにより、闇の中でも生きる喜びを持てるようになった。人の可能性が無限なのは、偶然得た火から、木を、石を、水を光と熱に変えることにより物質的には豊かに、夜のない街を出現させたことにより明らかであろう。さらなる可能性の発揮は、見えない火まで獲得し、ヒロシマ・ナガサキの惨劇になったし、今回のフクシマで、ヒューマニズムのコントロール下にない科学の発展は、人類を滅ぼしかねない現実に直面したといえるだろう。

 ヨーロッパ文明の故郷、ギリシャの危機に代表されるように、いわゆる過去の、現時の先進国といわれる国々の苦悩は、最先進国のアメリカにも及んでいる。夜のない街を出現した先進国では、それとは逆に人の心の闇は少しずつ広まりつつある。己が何のために生きているのか、いかに生きるべきかを、一度でも問いかけ、目を見開いて問いかければ、問い詰めれば詰めるほど、すっぽりと暗闇の中に埋もれる自分を発見してしまう。

 この国の科学者のレベルは世界水準にあるのは、『はやぶさ』による太陽系小惑星、イトカワ探索の成果によっても明らかだ。チームとしての英知の結集が、一時宇宙のゴミになりかけたはやぶさを、無事地球に帰還させることができた。人間の可能性が無限で、いい成果をもたらすのは、人間は協力し合ってのことであって、全世界の人類が、国籍を超えて協力できるようになれば、人類の未来には光明がある。人類の遠い祖先が、何十億年後に、無限の宇宙のいずこかで、人類発祥の地、地球消滅との記録ができる可能性を、今の時代を生きる人類は閉ざしてはいけない。