今年は朝鮮戦争休戦から60年になる。未だに平和条約が締結されていないのだが、アメリカに対して直接対話を呼びかけても応じてもらえず、ミサイル、核実験で何とか交渉に持ち込もうとしているのかもしれない。民主主義人民共和国とは名ばかりの、キム王朝3代目の確立を意図しているのだろうが、千里馬が暴走馬になってしまった責任はどこに求められるのであろうか、、、。
隣国朝鮮が南北に分断され、過酷な戦乱を迎えた責任の大半は我が国にある。朝鮮を植民地にした(1910年)事実を、この国の保守派はロシアの朝鮮支配を防ぐためやむを得なかったと主張しているが、だったら、第一次大戦後、ウイルソンが提唱した”民族自決主義”にいち早く賛同し、朝鮮の独立を認め(3.1独立運動を弾圧することなく)他国にも植民地放棄を求めたのだったら話は分かる。そうすれば、秀吉の朝鮮出兵、日韓併合も両国間の一時的な負の歴史として理解し合い、古代から続いた永劫の歴史の上に立った友好国になれたのだが。それどころか、朝鮮を足場に中国への帝国主義政策を実施し、満州事変から始まる対中15年戦争の泥沼に陥り、対米英戦争まで発動し、その結末を1945年8月15日まで延ばしたことが、隣国朝鮮の不幸に繋がったことを忘れてはいけない。敗戦を自覚し、中立条約を結んでいたソビエトに仲介を要請していたし(ヤルタ密談で相手にされず)、7月26日に出されたポツダム宣言を、すぐに受託するか、少なくとも8月を迎える前に受託していれば、ソビエト参戦もないし、それに伴う北方領土の問題もないし、朝鮮分断も、ヒロシマ、ナガサキもなかった。
冷戦前のアメリカ、ソビエトの約束、”北緯38度以北の日本軍の武装解除はソビエト軍が、南はアメリカ軍が、終了後両軍は撤退し、統一選挙実施”が実行されていれば、対日独立を進めていた人たちを中心に新しい朝鮮共和国が出来ていたことだろう、、、。冷戦の局地熱戦、朝鮮戦争、”戦争は殺戮と破壊、正義の戦争とて絶対悪”どれほど多くに悲しみをこの半島にもたらしたことか、、、。’53年、休戦成立後の国造りは、チョンリマ運動で民衆の結束に成功した北の方が順調だった。南の民衆行動により李承晩が亡命し、南北の統一が実現しそうになり、半島の社会主義化を防ぐべく、アメリカに支援された軍部のク.デターにより、朴軍事政権が南を支配するようになった。北の優位を覆すべく、アメリカは全面的に朴政権を支援、さらに日本にも南を支援させるべく、”日韓基本条約”の締結を促した。日米の支援を受けた朴政権は、“漢江の奇跡”といわれる高度経済成長で、南の優位を実現した。マスゲームに見られる北の一糸乱れぬ統一の素晴らしさも、自然災害や軍事優先による一般民衆の生活苦をカバーしきれなかったのだろう。北の指導部は南、さらに日本にも工作活動を強化したのだと思う。その延長沿いに”拉致問題”が存在する。
ブルーリボンをつけて、”制裁、制裁”と口走るだけのこの国の指導者、テポドンや核兵器保持の危険をあおって、憲法を改悪し、軍隊と軍需産業を育てたいのであろうか、、、。北の何十何百倍のミサイル、核兵器を持つアメリカの危険性を主張しないのは、安保条約を結んでいる友好国からなのか、そうであれば、正式に国交を回復し友好条約を結べばいいことだ。自由往来をすることが出来るようになれば、北を訪問し、”誰々を訪ねて何千里”生存しているのであれば再会が実現するはずだ。
今回の核実験で、現在の気象学、地震学で、人工地震か自然地震かの区別が出来る事実が分かった、自然地震だと初期の揺れがあり、その後に大きな振動があるということ、人工地震では、最初に大きな振動があるということである。3.11以前、この国の地震学者は、首都圏直下、東南海地震が起こる危険性を高い確率で予想していた。三陸沖地震については低い確率であった。それなのに突然襲った大地震、東日本大震災が本当に自然災害だったのか、震源地も揺れの震度もデータとして残っているはずだから、この国の地震学者の名誉回復のためにも、そのデータを公表してもらいたいものである。現在東南海地震の予知のため活動している、海底探索船”ちきゅう号”が3.11の発生時、どこで活動していたのかも確認する必要がある。3.11は人工地震と主張する人たちは一般に陰謀論者として片付けられているが、真のジャーナリストなのか、本当に陰謀論者なのかはっきりさせるために、、、。