自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

三月が去る、、、

2017年03月29日 06時34分55秒 | コラム

 四月~三月の会計年度を採用いているこの国では、四月が希望あふれる出会い、三月は悔いのない別れの季節とされてきた。旧暦一月が会計年度のスタートだった時もあるが、新米が取り入れの10月の時もあり、新暦を採用するようになり、一月の時もあったが,明治19年から会計法によって四月となり、市町村、県でも採用されるようになった。桜満開の入学式、入社式は希望のスタートであって欲しいのだが、、、。

 道徳の教科制が決められ成績も付けるし、教科書も作られた。現場の先生方の苦悩は四月とともにやってくるのではないかとの危惧を感じる。戦前の修身が忠君愛国心を育てることになったとの反省から、廃止されたが、戦後13年を経て、道徳として復活した。小学校1年で敗戦を迎えた私の通信簿には、修身の欄があり、優、良、可の評定はなされていないが、修身の教科書は読み物としてはおもしろかった記憶がある。修身、齋家、治国、平天下は儒教の基本原理であり、修身には罪はない。文字どおり身を修めることであり、その最終到達点が”克己”と言って良いであろう。成長過程の子どもに修身を要求するより、今の社会を構成する大人こそ身を修めることが必要である。

 道徳の特設時間を経験することなく学校教育を終えた私だが、教育実習で一時間の道徳の時間を担当することになったが、当時はやっていた”スーダラ節”を教材として生徒と話し合ったことを思い出した。やればいいと分かっていながらなかなか実行できない、やってはいけないと分かっていながら、ついついやってしまう、それが人間なのだ。それ故に、日々自省、日記を付けることも自制心を育てることになると日記指導をした記憶がある。実際教師となり、新任教員研修会で先輩の道徳の授業を参観し、その後の研修会でどんな意見でも良いから感想をと言われて、”学校で道徳を指導することは大切だが、あらゆる場でその指導はなされるべきで、1時間の教科としての時間があった方が良いのか、ない方がやりやすいのか、現場の先生の考えをお聞きしたい”と発言したのだが、その時の発言が地教委に伝達され、その地教委から私が務める校長に伝達されたのを知って驚いた記憶がある。”あなたは文部省の道徳教育に反対の考えを持っているから担任は持たすことが出来ない”と言われたのである。

 現場の苦労の多い先生方への参考になればと思い、私の現職時代の御法度3箇条をお知らせしたい。①他人に迷惑を掛けるのは禁。②出来ないのは昔の怠け、やらないのは今の怠け、今の怠けは禁。③貴重な存在の自分を、不健康にしたり、粗末にしたり、安売りするのは禁。そして口癖となっていた言葉は、”俺だけじゃない、あれよりましは言っちゃいけない。”だった。森友事件がきっかけに国会論戦を聞く機会があったが、この国の宰相の”民主党政権の時は云々、、、、、”が口癖、何とかならないものだろうか、、、、。


腐敗、隠蔽、弾圧、

2017年03月22日 10時30分13秒 | コラム

 権力は腐敗し,それを隠蔽し,暴こうとする勢力を弾圧する,と言われているが,今のこの国の状況はその法則に則っている。本気で自殺を考えた人が四人に一人、子どもの六人に一人が貧困状況、国民の幸福度ではG20で最低の順位、何故にこのような状況になってしまったのだろう、、、、。

 そんな状況の中で高い支持率を維持している現政権、本当なの,,,粉飾じゃないの、、、と疑いたくなるのだが、”森友問題”で流れが変わってきたようだ。とんでも幼児教育を実践していた塚本幼稚園、今始まったことではなく,10年以上前から実践されていたのだし,その教育を望む勢力の支援があったのは間違いない。”日本会議”がその勢力の中核にあるのは間違いがない。その主張する,憲法改正は未だ実現していないが,教育基本法は安倍初期内閣で愛国心を取り込んだ改訂に成功した。靖国への公式参拝は一部の閣僚、日本会議に属する超党派の参拝する会で常時行われているし、夫婦別姓法には反対、よりよい教科書を子ども達にでは着々と育鵬社の教科書を使用する学校が増えてきている。現閣僚では8割以上が日本会議に所属するし,まさに我が世の春を謳歌している。

 総理不在で閣僚会議が成り立つのと思うのだが、21日に”共謀罪”を閣議決定、今国会中に成立を目指すとのことだが、腐敗を隠しきれない状況に追い込まれたあがきに,力で押さえ込む方策が必要になった来たからなのだろう、、、。”こんにゃく”や”煉瓦”で不正がまかり通る世を告発する善玉菌が,2、3割になれば、腸内(町内、庁内、国内も)は健全となるし、”乏しきを憂えず、等しからざるを憂える”の世に向けて歩めるし、共存共栄も夢ではなくなる。

 


人体の不可思議、、、そして人の世も、、、

2017年03月15日 09時50分08秒 | コラム

 人の腸内には,約1000種類、約千兆の細菌が存在するとのこと,その中には人の健康によい効果をもたらす善玉菌と逆の効果をもたらす悪玉菌があるそうだ。そしてその中間に属する日和見菌があるとのこと,そして善玉菌が優勢な時はその日和見菌は善玉菌と同じ活動をするそうで,その逆に悪玉菌がはびこれば日和見菌も悪玉菌と歩調を合わせるとのこと。そして人の体調が良い状態の時は,善玉菌が2~3割、日和見菌が6~7割、悪玉菌が1割であるときとのこと、、、、。悪玉菌などない方が良いと思いがちだが,悪玉菌がなくなると,善玉菌もサボるようになるとのこと、、、。

 なんだか腸内の状況と,人間社会の状況は全く同じだなと考えてしまった。性善説、性悪説は永遠の課題だが。”幼子が次第次第に知恵ついて仏に遠くなるが悲しき”との古歌にあるように、成長過程でどうにでもなるのが人間という者だろう。そういう人間で作る社会も。善人ばかりだと窮屈だし、悪人だらけだと生きていけないし,腸内と同様、善人が2~3割、悪人が1割、普通の人が6~7割、存在すると健全な社会が営まれてると言うことなのだろう、、、。

 この国、この世界という人間社会はどうなのだろうか、、、。教育(家庭、学校、社会、自己)が有史以来続いた、”力が正義の世”から”正義が力の世”にするために人間が考えた制度であり、人間の叡智なのだが,その教育が、自信を無くしてしまっている。そこの忍び寄るのが悪としての権力である。腐敗した権力は,その常套手段として,隠蔽し,それを暴こうとする者に対して弾圧する。この国でもその傾向が強まってますね、、、。

 人間界の善玉菌であって欲しい,官僚、裁判官、ジャーナリスト、教育者、知識人、等、悪玉菌の防除に当たる警察、そして検察官、その役割を果たしているのであろうか、、、。


三月八日

2017年03月08日 10時01分03秒 | コラム

 今日、三月八日は、1904年アメリカで婦人参政権を求めるデモが行われたのを記念し,1975年国連で国際女性DAYと定められたのだが、人間不平等の歴史と女性差別の歴史はどこから生じてきたのであろうか、、、。

 人類の歴史、500万年と言われているが、その大部分は差別が生まれる余地はなかった。つまりその日の食とねぐらを確保するだけで精一杯であった。家族中心の社会を作ったのだが、当然その社会は母権制の社会であった。この国でも縄文時代の遺物である土偶は女性を表現しているし、魔除けとして,,,と説明されたりしているが、大量の出血をしながら,新たな命を生み出す女性に対しての社会的尊敬と驚嘆があったからだろう。

 ”アダムとイブ”の物語の頃からが父権制社会への歩みと繋がるのであろう。なにしろ、女性が男性のあばら骨から作られたと言うことになっているし、、、、。つまり,力のある者が正義となる、争いの時代の始まりとともに、母権制社会が消えてしまったのだと思う。我が国の古代史を見ても,卑弥呼の時代があり,彼女の死後、男性の王が立ち、争いがが続いたので,女性の”とよ”を立てたところ争いが収まった,との記述がある。

 ”差別”の解消に生涯を掛けた住井すゑさんは”男の守備範囲はせいぜい国止まり、女のそれは地球規模”と述べておられたのだが、今、連日世を騒がせているトランプ大統領、”アメリカ第一主義”を主張しているのは納得がいく。この国の総理は,地球儀を俯瞰する外交かで,お手々つないで外遊し,たくさんの金をばらまいているのだが、今国会で問題とされてる野党の追及に無気になってその幼稚ぶりを発揮するのは情けないですね、、、。

 アメリカ最初の女性大統領誕生を前提のメディア操作がなされていたが,女性だったら地球規模で人類の平和を第一に考えると思うのは幻想に過ぎない。クリントンさんは”力が正義”を信奉していたし、この国でもアベちゃんに寄り添い,女性初の防衛大臣に就任した稲田氏、女性初の総理を期待されているようだが,彼女のいろんな発言から判断すると、とてもその器にあらずですね、、、、。同じく首都の首長に上り詰めた小池氏も,密かにアベ後を狙っているようだが,今までの政治歴を見ると、”おんなハシモトのポピュリスト”似すぎないと思うのだが、、、。


二月が逃げた,アベちゃんは、、、

2017年03月01日 06時39分16秒 | コラム

 ”一月が逝く,二月が逃げる,三月が去る”とは月日のたつ早さを嘆いているのか,それとも一種の警鐘なのか、、、。二月の末に仲間内で在位歴代6位の祝いの会を開き,在位一位を目指す意気込みを見せた安倍首相、その先には憲法9条を破棄し、”普通の国”を目指す意気込みが明らかだ。そんな時降って沸いた”国有地払い下げ問題”、御本人は”人の噂も75日”を信じて,ひたすら沈静化を待ち望んでいるのだが、、、、。

 ”日本は天皇を中心とする神の国”と現職の総理時代に述べて顰蹙を買った森元首相、現在も東京オリンピック組織委員長としてご活躍中だが,そのDNAを引き継ぐ現総理が,森友学園理事長のことを、”私の考えに共鳴してくれる方”と述べたのは彼の本音である。豊中市議の地道な真理追求が実って,不合理な払い下げが明らかとなり,かつ森友幼稚園での異様な教育と言うより、洗脳教育の実態が明らかになるにつれて、メディアも重い腰を上げ報道するようになったのだが,それにに応じて,安倍総理の言動はおおきくブレている。状況証拠からは真っ黒なのだが,逃げ切ってみせる自信は十分にあるのだろう、、、、。

 いつの時代でもパシリという者がいるものだ。もう60年ぐらい前になるであろうか,北関東の県庁所在地の中学校の校長で”日の丸校長”と言われた方が存在した。それまでは戦争の反省が強く、”教え子を再び戦場に送るな”のスローガンで結集した日教組の力が強く,かって日本が侵略し,支配するようになった地に,子ども達に日の丸を付けていた事があったし、日の丸は軍国主義の象徴として忌避されていた。アメリカの占領政策が変更され(冷戦の発動),公職追放を解除されたこの国の保守勢力(厳密には保守でなく反動勢力)は反戦意識の高い日教組をつぶす作戦を開始した。日の丸校長は温存され、丹頂鶴(頭のてっぺんが赤い,つまり共産主義に支配されている)である日教組を脱退するよう個々の教師に様々な圧力が加えられた。その県では,多くの教師は日教組を脱退した。同じく組合つぶしにあった全逓は,ILOに提訴し、ILOは日本政府に結社の自由の保障を求めてきた。そのため,その県の教師には新たな官制の組合に加盟するよう強制された。そして現在、”国旗、国家法案”が議決された今、日の丸が掲揚されない学校は皆無になっている。

 60年前の日の丸校長の役割を果たさんと考えているのが、森友学園の理事長だろう,何しろ応援団はいっぱいいるし,その代表が日本会議だし,すでに日本会議所属の国会議員は多数を占めるし,現安倍内閣の閣僚の9割が同所属の議員だし、十分の一の6年ぐらいで果たせるかもしれない。