自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

世襲が問題だ、、、

2017年04月26日 09時36分32秒 | コラム

 この国の歴史上の人物で、もっとも知れ渡っているのが聖徳太子だと思うのだが、実在の名称は厩戸皇子、聖徳太子とは贈り名なのだろう、、、。中学校の歴史教科書から、聖徳太子の名が消えるとの話題があり、復活したようだが、、、。この国の歴史年表で、縄文時代、弥生時代、古墳時代(大和時代)となり、年表に縦線が引かれるのが、693年、聖徳太子が摂政の位に就いた時、飛鳥時代の始まりである。それ以前は斜線で引かれ、縄文時代の始まりは、およそ8000年から10000年前、弥生時代の始まりはおよそ紀元前3~4世紀、大和時代の始まりは、およそ4世紀半ばとなる。よってこの国の保守派が主張する、天皇を中心とする神の国、2月11日が建国の日というのは神話の世界である。

 聖徳太子は、大王(後の天皇)の血を引く皇位継承権を持つ人物だが、父方も母方 蘇我氏の血を引いている。大和の政権は有力な豪族の連合体で、そのまとめ役が大王家だったのだが、大王家との姻戚関係を持ち権力を拡大したのが新興勢力蘇我氏だったのだろう。 

旧勢力の中心だった物部氏は蘇我氏によって滅亡する。大和の政権の危機に当たって政治改革に乗り出したのが聖徳太子である。大和の豪族は世襲の姓(かばね)を大王から受け、それぞれの先祖崇拝の氏神を祭っていた。世襲の最大の欠点は、能力がないものでも高い地位に付き、大きな決定権を持つと言うことである。

 歴史教科書で定着している、聖徳太子の業績、17条憲法制定、冠位12階の制定、遣隋使派遣、仏教保護、ただその業績だけを覚えるのが歴史の授業ではあってはならない。その事実から現在に役立つ知恵を学び取る必要がある。争いを止めようと言うのが、”和をもって貴し”であり、今の時代に取り戻さなければいけない教えだろう。世襲の弊害は人間の歴史には付きまとうものなのだろう。この国の国会議員の世襲議員がが多数を占める現在どんな状況が生まれているかを見れば納得できるだろう。

 智、義、信、礼、仁、徳、人間として努力して身につけたいものなのだが、知識を多く身につけた人は立派だけど、人のレベルから見たら最下位と成る。何が正しいか何が間違ってるかで行動して行く人が次で、みんなから信用される人がその次、それでいていい気にならず謙虚で礼儀正しくふるまえるのがその次、人から慕われ尊敬されるのがその次、徳を身につけた人と成ると、どんな凶暴な動物でも慕うようになる。冠位12階は世襲ではなくその人一代、有能な人物を政治に取り立て、任せようとする取り組みだったのだが、、、、。

  仏教を保護し、積極的に取り入れたのも、それぞれの氏族が祖先崇拝の域を脱して、仏教を信仰することにより対立を無くそうと考えたのだろう。仏陀の教えの基本、”人は生まれによって卑しいのではなく、その行いによって卑しくなる”を彼自身が体現していたのだろう。先進国(当時は永い分裂を経て統一国家を作った隋帝国)から政治のハウツーを学ぶとして派遣された遣隋使が帰国後、彼の理想とする国の建設に大きな役割を果たした。 

 


凡人の三楽

2017年04月19日 12時04分51秒 | コラム

 紀元前4世紀の人物、孟子は”君子の三楽”として、父母兄弟が無事なこと、天、地、人に恥じないこと、天下の英才を教育すること、をあげていたが、凡人としての三楽として、①明日の食料と今晩の寝床に気遣いがないこと、②借金がないこと、③戦争がないこと、をあげたいと思う。人類の歴史、500万年と言われてるが、その99%、人類は今日の寝床と食を求めるために精一杯の生活を余儀なくされていた。

 ”富の源泉は労働にあり”とするマルクスの定義は彼以前の経済学者を経ての結論だが、労働生産性が高まり、己の生存をまかなう以上の富を生み出すことが、奴隷制社会を生み出す原動力と成った。四大河文明といわれるものも、その源泉は奴隷労働によるものだった。労働意欲という点では、奴隷労働より貢納労働の方が優れている。奴隷労働では働かせるために、鞭が必要だったが、貢納労働では一定量納めればそれ以上のものは自分のものになるからだ。資本主義社会の成立以降の賃労働は、現在まで続いているのだが、富の分配の不合理はずっと継続している。

 かって守銭奴は軽蔑の対象だったが、それが産業資本に成長し、さらに金融資本に大化けしてしまった。産業資本の頃は、人の生活に必要なものを生産し、それを販売して利を得る仕組みだし、それで蓄えた富を社会に還元しようとする産業資本家は存在したのだが、金融資本、まして国際金融資本に成長した化け物は、人の手から自らを解放し、人を支配するようになってしまった。儲けるためには何でもあり、戦争が最大の儲けの源と成っている。

 1921年に上映された、チャップリンの”キッド”を今見直して、作られている”フェイク”に対抗できる情報をつかみ取る必要がある。ソビエトの崩壊によって東西冷戦が終結したが、第二次世界大戦、冷戦によッて、資本主義の持つ欠点、過剰生産を免れ、軍産複合体に成長したアメリカの大資本は、定期的に戦争をしないと成らない経済の仕組みを作ってしまった。朝鮮戦争、ベトナム戦争までは冷戦の延長だったが、ソビエト崩壊後は、巨大な軍事力を背景にアメリカンパックスを実現する為に新たな敵の存在が必要となった。イスラム世界であり、未だ休戦中の北朝鮮である。21世紀初頭の最大のフェイク、ニューヨークビルの崩壊、アフガンで在庫品の一掃、さらに最近は脅しの大爆弾使用、イスラエルの安全のための、それに敵対するアラブ諸国への干渉戦争、、、、。北朝鮮のミサイル発射はキッドの石投げと同じ、ミサイル防御システムやイージス艦が、日韓に売れることに繋がる。

 国際金融資本のヘッドコーターはニューヨークにある。その知力,財力を行使しての謀略は効果的で、1%が99%をコントロールする仕組みを継続している。通貨発行権を保持していることが最大の武器である。世界通貨としてのドルは、ニクソンショック以降、偽札、紙切れに過ぎないのだが、通貨発行権を国に取り返そうとした大統領が暗殺されたように、1%による経済支配のみならず、政治も支配、さらにマスコミを通しての民衆の支配も可能にしている。天、地、人に恥じない政治家だと良いのだが、チェンジを主張し、アメリカ国民に期待を持たせたオバマ大統領は何らかの謀略で変えられてしまい、失望したアメリカ国民は、2001年、ウォール街占拠、民主党大統領候補選出にサンダース現象を起こしたが、その延長沿いにトランプ大統領選出という結果を生んだ。トランプ現象が人類にとって、吉となるか凶となるか、、、、。三楽の一つに、戦争のないことをあげた凡人が主権者としての責めを果たすことが人類の消滅を救う道と成るだろう、、、。

 


敢えて北朝鮮民衆に味方する、、、

2017年04月14日 13時08分54秒 | コラム

 作られつつある朝鮮危機に対して以前のコラムを再録する。

以前に北東アジアの夜の光景を、人工衛星から写した写真を見たことがある。日本列島は全て光で浮き上がり、朝鮮半島の南半分は光であふれ、北半分は、平壌周辺にポツポツと光が見られるだけで、全てが漆黒で覆われている映像であった。繁栄する日韓、貧困の北朝鮮を象徴する映像には違いないが、生物学的立場で考えると、“日出でて作し、日入りて憩う”との慎ましい生活をしている北の民衆、夜行性人間が増加し、資源の無駄使いをしている、日韓の民衆と言えないこともないであろう。

  金融資本の暴走で、100年来といわず、人類始まって以来の経済危機に陥ってる現在、人類とて地球生命体の一種、生物学的立場に立った生活のあり方を見直す必要がある。生産性の向上が人類に恵みを与えたことは事実であるが、そのために『奇蹟の惑星』を傷め続けてきた事実にも目を向けなければならない。

  この地球上で、人類が他の生きものと共存して生き続けるためには、肉食動物が草食動物を捕獲するのは、自らの腹を満たすまで、との制約があるように、エゴを克服できる慎ましさを人類も身につけることが必要だ。

  本題に戻って、慎ましさを通り越した苦難の生活を余儀なくされている北朝鮮の一般民衆、その政治体制に問題があるとしてもそれを改めるのは北朝鮮の民衆であって、他国がテロ支援国家とか悪の帝国だとか決めつけて、経済封鎖をしたり、経済制裁をすることは内政干渉である。そのような姿勢は、一般民衆の生活をさらに困難にするばかりでなく、いたずらにその問題のある政権を持続させることになる。金大中・ノムヒョン両政権が一貫して太陽政策を維持してきたのであるが、同胞を支援し、生活が向上すれば、かって韓国が、朴軍事独裁政権の圧政を覆し、民主化を実現したように、北朝鮮の民衆が自ら立ち上がって、独裁政治を改め南北の平和統一が実現できるとの確信があったからだと思う。ノムヒョン政権の経済失政(?)を衝いて、当初圧倒的支持の基、保守政権を取り戻した現韓国政権だが、南北間に冷たい風が吹きすさんでいる。

第二次大戦後の分断国家、ドイツ、ベトナムは対照的な統一を果たしたが、日本が関わりのある朝鮮と台湾問題を抱える中国は未だに分断のままである。その分断を秘かににんまりとしている連中がこの国にも一定の勢力を維持しているようだ。 東西冷戦の片棒を担がされたこの国の保守勢力は、朝鮮戦争で奇蹟の経済復興を遂げたとの認識があるし(朝鮮特需)、朝鮮戦争で戦前の経済水準に回復できたのは紛れもない事実である。

  WBCの東京ラウンドに、日本のライバルとしての韓国チーム、3月1日に来日したのには意味がある。朝鮮の近代史における栄光の記念日としての、3・1独立運動が起きた日であるからだ。第一次世界大戦の講和会議であるベルサイユ会議で、14カ条の講和原則を提案したのがアメリカのウイルソン大統領である。バルカン半島の民族問題が、大戦の引き金になった事実から、その講和原則の一つに、“民族自決主義”を唱えていた。歴史に“もし”は禁物だが、この時のアメリカの提案に日本がいち早く賛同し(イラク開戦にいち早く賛同したのに・・・)、朝鮮や台湾の独立を承認し、他の植民地所有国に、植民地独立を促したならば、その後の世界の歴史は変わっていたことであろう。
  朝鮮併合の大義名分、“ロシアの朝鮮領有を防ぐ”が大戦中のロシア革命によって失われたのだし、いち早く独立を承認してたら、信頼される隣国になれたのだが、その後は、旧来の帝国主義政策(英・仏型)を追求、満州事変を起こし領土拡大、朝鮮では皇民化政策を採用、どれほど隣国の民の魂を傷つけたことか、、、。やった方は忘れても、やられた方は決して忘れることはない。

  対米英戦争はアジアの独立を促した、というのが独善的な田母神氏に代表される史観だが、対米英戦争の20年前に朝鮮の独立を承認してるのなら納得できる。その田母神氏がブルーリボンを付けて度々メディアに登場して持論を述べる機会を与えられてるのは気がかりだ。首相、外務大臣、官房長官、メディアに登場する民主党の若手の中にも、ブルーリボンを付けているものが目立つ。単純に拉致問題の解決を願う意思表示なのだろうが、日朝の複雑な歴史を客観的に検証しないといけないだろう。

 日本の第二次大戦での降伏条件は、戦争で獲得した領土は元に返すということである。明治以降拡大した領土は、日清戦争での台湾、日露戦争での南樺太、帝国主義政策を推し進めての朝鮮、満州である。台湾は清のあとの中華民国、南樺太はロシアからソビエトへ、朝鮮は朝鮮へ、満州は中国へ戻すことになる。

  対日降伏勧告(ポツダム宣言)が当時の日本政府に出されたのが、’45年7月26日、国民には本土決戦を吹聴しながら、秘かに和平工作をソビエトに依頼していたのだから、一週間以内に降伏を決めていれば、朝鮮が南北に分断されることもなかったし、ヤルタ密談(米ソ)によるソビエトの対日参戦もなかったし、それに伴う残留孤児の問題、北方領土問題もなかった。さらに、ヒロシマ・ナガサキもなかったのだが、優柔不断はこの国の為政者の遺伝子なのだろうか、、、。

  北緯38度線は、日本軍の武装解除を38度線以北はソビエトが、南はアメリカが担当し、終了次第、両軍は撤退し、選挙が行われる取り決めを米ソでしていたのだが、冷戦の発動により、その約束が果たされなかったのが朝鮮の民衆にとって最大の不幸であった。35年間の日本の植民地支配を受けた朝鮮内の政治状況は不透明であった。3・1独立運動は日本の官憲により厳しく弾圧されたが、独立へのマグマは途絶えることがなかった。皇民化政策も徹底し、国内では大きな運動は押さえつけられてしまったが、白頭山で抗日ゲリラを続けてきた金日成は朝鮮民衆にとっては希望の星であった。スターリンによる、朝鮮族の中央アジアへの強制移動もあって、“水と魚”の関係にある、民衆と武装勢力が分断され、組織だった抗日運動は壊滅していた。抗日ではあったが、アメリカでロビー活動をしていた、李承晩はアメリカに引き立てられ、「北進統一」を目指す大韓民国大統領に就任する。 一方、北では、ソビエト軍大尉の肩書きを持つ“金日成”、抗日ゲリラの金日成とは別人ではとの疑念もあったが、彼を中心に、朝鮮民主主義共和国を宣言、便宜上の38度線が国境となってしまった。

 第二次大戦後の、世界的な大事件といえば、’49年の中華人民共和国の成立であろう。東ヨーロッパ、アジアで、“東風が西風を圧する”状況になってきた。新興独立国にとっては、当時は社会主義が光を放っており、より無駄のない社会主義経済の方が国民生活の向上に効果的であるとの判断があったからだ。朝鮮半島の南北では、“南の解放”と“北進統一”との激しい鬩ぎ合いがあり、朝鮮戦争へと、朝鮮民族にとっての大悲劇をもたらすこととなった。何しろ原爆を除いて、大戦中に世界中で使用された爆弾を上回る量の爆弾が、狭い半島に投下されたといわれているのだから、、。南北どちらが先に攻撃したかは謎であったが、ソビエト解体後の外交文書によると、スターリンには、“抗日英雄の金日成”が南の民衆に大歓迎を受けるとの判断があったようだ。一方社会主義の広まりを防ぐ役割を果たす使命感を持つアメリカは、国連で北を侵略者と断定し、国連軍(主力は米軍)を派遣し南の体制の維持を図った。建国間もない中国は、義勇兵を派兵、“抗米援朝”のスローガンで北を支援、膠着状態から、休戦の機運も生まれ、3年にも及ぶ不毛の対立は収拾した。しかし、協定上は、南北は戦闘状況を終結していないし、国連軍と北の戦闘も終結していない。皮肉なことに休戦ラインの幅2kmが野鳥の楽園とか、人間の愚かさをあざ笑うような自然の回復力である。

  朝鮮の南北分断に、道義的に深い責任を負うべき日本は、最低でも統一への動きを阻害すべきではない。ところが戦後一貫として、アメリカ追従をとり続けた歴代保守政権は、分断を固定化する政策を採り続けたといっても過言ではない。休戦成立後の半島の状況は、北の方がどちらかというと、中ソの支援もあって順調に国力を回復しつつあった。国民の意志を一点に集中すると、対外的には大きな力となる。明治維新後の難局に当たって、明治の元勲とをいわれる政治家は、天皇を最大限に活用した。即位時の15才の幼帝は、’89年には、大日本帝国の統治者となり、死後は神となり、明治神宮に祭られた。公教育で国体の徹底を図り、敗戦後の皇居前広場での、土下座して天皇に許しを請う公民、疑念を持つ人は、治安維持法違反で獄中にあった。そんな戦前のこの国と、今の北朝鮮の現状とだぶって見えるのは私だけなのだろうか。“抗日英雄の金日成”で北朝鮮の民衆の力を一点に集めることに成功したのが、朝鮮労働党と軍部であり、これまた教育によって徹底したのである。国家主義教育の為せる技である。メディアは、隠し撮りや脱北者の証言を利用して、現北朝鮮の政治の状況を批判するのなら、戦前の日本のあり方にも同じ目線であたるべきである。

休戦成立後も、東西の代理戦争は続行され、互いの体制の優位を競い合う状況は続いた。李政権下の韓国は、彼の反共主義、反日政策で、統一を主張するだけで容共と見なされていた。休戦後は前にも述べたように、北の国造りが順調で、『地上の楽園』とまで喧伝されていた。在日(強制移住や流民として)を余儀なくされた人たちの中でも、朝鮮総連、民団に分裂対立に合うことになる。日本国内で厳しい差別を受けていた人の中には、北の国造りに協力するために、国交のない北朝鮮へ、赤十字の仲介で日本を離れた人も多くいた(帰還事業)。革新政党の中にも北の国造りを賞賛し、帰国を勧めたりしたが、政治的にラジカルな在日を体よく追っ払ってしまおうとする保守政権のねらいもあった。

  流れが変わったのは、李政権の独裁に対する学生たちの反乱、李大統領の亡命、民主的選挙で一気に統一への動きが出た韓国であるが、ク・デターで政権を獲得した、日本の士官学校へも在籍した、朴氏からである。アメリカの後押しもあり、それまでの反日を改め、日本の経済支援で国を豊かにする政策を採用した。’65年に日韓基本条約で国交を開き、植民地時代の保障を、有償無償の経済援助、技術援助で肩代わりさせ、『漢江の奇跡』と言われる経済成長に成功した。キーセン観光の屈辱に耐えながら、、、。最大の後ろ盾だった中国での文化大革命、支援を得られなくなった北は、先軍政策を維持するために、権力の世襲を決めるが、経済的には行き詰まりを見せることになる。そんな焦りの中から、南への工作活動、その延長沿いに、敵国(南を唯一の合法政権と見なし、経済支援を続ける)日本に対する拉致事件も起きたのだろう。

  小泉訪朝により、日朝国交樹立が期待されていたのであるが、正式文書を取り交わす前の決めごとを、一方的に破ったのが日本である。拉致を一部勢力の勇み足として認め、謝罪したようであるが、約束違反(一時帰国者を戻さない)を建てに頑なな態度を取る北に対して、経済制裁を開始、それまで民間で細々と続けられていた交流まで断ち、万景号の寄港まで禁じてしまった。海産物の輸入は、漁民の収入を保障したろうし、日本では不要になった中古自転車を満載して北に戻る船は民間交流としてほほえましかったのであるが、日本が発動した経済制裁で苦しむのは一般民衆であって、問題ある政権に対しては、反日キャンペーンでさらなる体制の引き締めの口実を提供することになっている。

  国交樹立が最初である。そして、植民地時代の保障は、政府間ではなく、民間の支援活動に任せるべきである。小泉訪朝では、一兆円を示唆したらしいが、実際の被害を受けた一般民衆に渡らないといけない。賠償に関わる汚職、日韓汚職も摘発はされなかったが,ODAによる支援についても常に利権が絡んでいる。日朝間ではそんなことはあってはならない。国民の負担する税金は、全て一般民衆の生活支援に使われるべきである。


シリアと北朝鮮

2017年04月12日 08時42分20秒 | コラム

 かってバルカン半島が民族問題を抱え、世界の火薬庫と言われ、実際に第一次世界大戦の発火点となったのだが、シリアと北朝鮮でのきな臭い動きは第三次世界大戦を引き起こしかねない状況になっている。

 シリアのアサド政権は汎アラブ主義を主張する政権で、反イスラエルであるし、反欧米であることは間違いない。かっては西アジアから北アフリカの乾燥地帯にイスラム帝国が建設され、一時はヨーロッパのキリスト教世界を併呑する勢いがあった。”右手に剣、左手にコーラン”がその急速な勢力拡大の源であった。西はフランク王国、東は唐帝国との戦いで進撃は止まり、その後イスラム教を取り入れたトルコに永く支配された。この地の石油の存在が紛争の原因となるのだが、オスマントルコ帝国支配下のアラブ人の民族主義を支援しながらこの地に勢力を伸ばしたのがイギリスである(アラビアのロレンス)、、、。第二次世界大戦中、ナチスドイツと組んで敗れたトルコは、その支配地の大部分を失い、その地に数多くのアラブの国がイギリスとフランスの意図的な国境線の下、成立した。大戦後の民族主義の高まりに、アラブ民族の大同団結を主張したのがエジプトのナセル大統領である。シリアもエジプトとアラブ連合を結成していた。アラブの人々にとって生活向上のために必要なのは水であった。この地で産出する石油を必要としたのが欧米諸国である。

 アラブの民族主義に打ち込まれた楔が”イスラエル建国”であった。誇り高い民族であったユダヤ民族は、古代エジプトやバビロニアにとって、最高の奴隷であった。その苦しい至難を乗り越えられたのは、”選民意識”のユダヤ教であった。その願いが叶い地中海東岸にユダヤ王国を建設したのだが、ローマ帝国に抵抗し亡国の民となり、流浪の民となった。”逆境が人を作る”のだろう、中世のヨーロッパのキリスト教世界では商売は詐欺と見なされていたので、その賤業に従事し、金の力で力を付けたのがユダヤ人である。当然頭も使うし、世界の偉人と言われる人の中にはユダヤ人が多く占めているし、世界の金持ちと言われる人物は、ロスチャイルドにしてもロックフェラーにしてもユダヤ系イギリス人、アメリカ人で占められている。”約束の地”に心休まる国を作りたいというシオニズムをアラブの統一の障害にの出来ると考え、ユダヤ資本を戦争に協力させるために、イギリスが出した手形が前に述べたイスラエル建国であった。

 ”成せば成る、ナセルはアラブの大統領”と言う言葉がはやった時期があったが、中東戦争で敗北し、イスラエルを消滅させるどころか、大イスラエルを主張する、メタニエフ首相が健在である。欧米諸国は公には支援しなくとも、黙認しているのが現状であろう。ナセルの後継者と自認して、2代目3代目のアラブの盟主を望んだのが。イラクのサダム、フセインであり、リビアのカダフィーであった。アメリカが直接乗り出したイラク戦争から学んだのであろう、カダフィー除去には、独裁に反対する市民を利用して成功した。孤立無援のサダム、フセインもカダフィーも殺されてしまったが、ロシアとの関係が深いアサド政権は、3匹目のドジョウには成らないであろう、、、。北朝鮮は次回に、、、

 

 


過ぎてしまえば、すべて美しいのか、、、。

2017年04月05日 07時21分06秒 | コラム

 黄色い声で必死になって教育勅語を暗唱する園児の様子を見てどんな感想を持つのだろうか、、、。かって非国民にならぬ為暗唱を強制され、学校行事の式典で”御真影”を見上げることを禁止され、学校長が朗々と教育勅語を読み終えるまで、頭を下げ続けさせられた世代は、希少価値になってきたが、そんな世代の方から話を聞けたのだが、”御名御璽”の直後、一斉に”ズズズー”と鼻をすする音が講堂いっぱいに響き渡ったとのこと、、、。戦前回帰を目標とする”日本会議”に所属する大臣を大量に抱える現政権は、閣議で、”教育勅語”を道徳等の教材とするのに問題はないとの、復権を決定した。

 親を大事に、夫婦仲良く、兄弟仲良く、友達を信じ、等は明治天皇に命令されなくとも当たり前のことである。大日本帝国憲法と教育勅語と軍人勅諭は3セットで一体となるもので、天皇が神となるのを幇助した。天皇が神に昇格する過程で犠牲となったのが大逆事件の犠牲者である。 天皇は戦後人間宣言をしたのだが、”万世一系”のマジックが、象徴天皇になっても、いわれのない忖度がつきまとっている。いわれのない差別といわれのない忖度は紙の裏表である。住井すゑさんが、天皇制がなくなれば差別問題は直ぐになくなる、と言っておられたのは至言である。

 森友問題に加えてより規模の大きな加計学園問題、いずれも現総理に関係が深いのだが、違法でなければ責任が問われないのは当然だが、状況証拠からは真っ黒に近いのだし、検察が動き出して後、疑念はないとなるのだったらまだしも、検察が少しも動かないのに対して、正義は何処へ行ったとの嘆きが沸いてきて良いのだが、、、。国会議事録の中から、現総理がはじめの頃の”私や妻が関わっていたのなら、総理の国会議員も辞める”が削除されているとか、何でそんな姑息なことが行われているのだろうか、、、、。

 尻尾をとらえても、本体は己の尻尾を切り離し逃げ延びることが出来るし、尻尾は再生する。それの同じ現象が、前のコラムで述べた”腸内の善玉菌”足るべき検察や裁判官、ジャーナリスト、がその責めを果たさないと再現されてしまう。