自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

リセットして第1象限で生きよう、、、

2008年01月07日 19時52分13秒 | コラム
 年末にはすす払いをし、除夜の鐘を聞いて初詣、そして一年の計は元旦にあり、とて新たな目標を立てる。これらの年中行事はこの国に住む人々の知恵といえるだろう。たとえそれまでの人生が悔い多きものだとしても、年が改まるのを機会に、自分自身を見直し、原点に立ち返って再スタートする。よく迷ったら原点に戻れというけど、そろばんでの御破算、リセット出来るのは人間だけであろう。

 x軸とy軸が交わるところが原点で、縦軸に思考、横軸に行動をとってみると分かりやすい。つまりプラス思考かマイナス思考かをy軸、実際行動面での能動か受動かをx軸で表現すると、第一象限で生きることに喜怒哀楽を含んだ悔いのない人生があるのだろう、、、。夢や希望を持っても行動が伴わず、第二象限で留まる場合も決して少なくないのも人間というものだろう。第三象限だといわゆる引きこもり、第4象限は反社会的生き方といえると思う。

 マイナスにマイナスをかけるとプラスになる。これは代数での基本原理である。凶悪な犯罪を犯したものは、原点から遠く離れた第4象限地点にあるのだが、そこに至までの個人的、社会的要因を分析するための長い刑期が必要であり、リセットして真人間に立ち返るチャンスは保持しなければならない。死刑廃止論の根拠はここにある。

 正月早々起きた16歳の少年の事件は、自分に自信の持てない第三象限の地点にいた者が、教師に叱られるというマイナスがきっかけとなり、第4象限に転移したのだろう。佐世保の銃撃事件も同じ背景があるものと思われる。

 教育の現場が苦心しているのは、第三象限の属するものが増え続けてる現状なのではないだろうか。まずマイナス思考をプラス思考に改め、しかる後に、本来の教育活動である実行力を付ける試みで、第一象限での、実現可能な小目標を定め、即実行に移し、目標を達成させて、自己への自信を持たせる。つまり『一寸法師』の精神を教育現場で生かすことである。①自分はまだまだ未熟である、②大きな目標を持つ、③旅にでる(生活を変える)、④鬼を退治(自分の中の怠け心を克服)、⑤目標達成、⑥いい気にならず再び一寸法師に戻る。