面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「冷たい熱帯魚」

2011年05月17日 | 映画
どしゃぶりの雨の中、小さな熱帯魚店を経営する社本信行(吹越満)は、妻の妙子(神楽坂恵)を乗せて車を走らせていた。
娘の美津子(梶原ひかり)がスーパーマーケットで万引きをしたと、店長から呼び出されたからだ。
激怒する店長を前に小さくなっている社本に、ひとりの男が助け舟を出してくれた。
その男は、巨大熱帯魚店「アマゾンゴールド」を経営する村田幸雄(でんでん)。

店長とも懇意の様子の村田は、その場を穏便に丸く収めると社本一家を強引に誘い、自分の店へと案内した。
「ワケ有り」の女の子達を親元から離し、店員として雇いながら社会勉強を通じて更正させているという村田は、美津子に店で働くことを勧める。
継母である妙子を嫌い、そんな妙子を妻にした社本にも反発している美津子は、住み込みで働くことを快諾。
これをキッカケとして、妙子と美津子の間で板挟みになって為す術が無い社本の弱さを見透かすように、村田は徐々に、しかし強引に、社本一家の中へと食い込んでいき、社本はズルズルと地獄へと引き込まれていく…


237分に渡って、スクリーンいっぱいに、縦横無尽にガンガンに、“むきだしの愛”を見せつけてくれた「愛のむきだし」を撮った園子温監督の待望の新作として、公開前から楽しみで仕方なかった。
と、このように「楽しみで仕方ない」と期待する作品ほど、観終わったときに「あ、こんなもんか」という物足りなさを感じるのがいつものパターン。
いや、園子温に限ってそんなことはあるまい!…いやしかし…と、勝手に葛藤しながら劇場に足を運んだが、やはり!
園子温に限って期待を裏切られることはなかった。


今回、スクリーンいっぱいに繰り広げられるのは「悪意」。
ホンモノの「悪意」は、ニコニコと穏やかな笑顔に包まれて近づいてくるという、日常においても経験する可能性のあるあの恐さはたまらないが、しかし本当に恐るべき「悪意」は、「悪意」という姿に現われない「悪意」ではないだろうか。
本人には一切悪気は無いが、周りにとっては甚だ迷惑だということは往々にしてあるもの。
そして本人に悪気が無いということが、「無意識の悪意」を性質の悪いものにする。
本人に改める気など毛頭無いため、その「悪意」が止まることはなく、また周囲もその「悪意」を防ぎようが無いため、甚大な被害を被ってしまうもの。

いわゆる世間的には善良な小心者である社本。
常日頃、娘と後妻の軋轢に為すすべなくオロオロしている彼は、全く無力の存在となってしまっている。
悪事を働くことなどとてもできない社本であるが、しかし現実から目をそらし、ギクシャクしている娘と妻に対して何ら手立てを講じることのない彼は、「何もしない」という「無意識の悪意」を抱えているのだ。

そんな小市民の社本が、村田の「悪意」の中へと取り込まれる。
村田からすれば、何もできない社本は、自分達の「悪意」をベースとした日々の暮らしを支える格好の道具に見えるだろう。
しかし村田とその仲間たちの「むきだしの悪意」の中で右往左往するうちに、社本の中の「無意識の悪意」がシンクロするように蠢動し始める。
そして、振動を与え続けられてきた社本の「無意識の悪意」はメルトダウンを起こしたとき、善人たる自分という自我は崩壊し、彼を思いもよらない行動へと突き動かしていった。
だが社本は最後まで娘を守ることはなく、「卑怯の世界」へと逃げ込んでいく。
結局社本も「悪意」の塊ではないのか!?


またしても園子温ワールドにどっぷりと浸って、心の奥底から激しく揺さぶられた。
今回も傑作。
しかし、かなりの毒気につき、健康体でご覧になることをお勧めする。


冷たい熱帯魚
2010年/日本  監督:園子温
出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり