面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「桜田門外ノ変」

2010年10月13日 | 映画
安政7年3月1日。
襲撃計画の立案者である水戸藩南郡奉行・金子孫二郎(柄本明)、関鉄之助(大沢たかお)をはじめ、襲撃に参加する水戸藩士17名と、薩摩藩士・有村次左衛門を加えた襲撃の実行部隊18名が、日本橋の茶屋に集結。
襲撃は3月3日、場所は江戸城・桜田門外と決定され、関は実行部隊の指揮を命じられる。

3月2日。
襲撃参加者を中心とした19名が品川の妓楼に集まり、襲撃の最終確認を行う。
彼らは、襲撃の成功を祈りながら痛飲した。

3月3日朝。
脱藩届を書いて妓楼を出ると、集合場所である芝の愛宕山へと向かい、薩摩藩を脱藩した有村と合流。
襲撃部隊は愛宕山を発して桜田門外に到着すると、道の両側へと散る。
手に「武鑑」を持ち、大名行列の見物客を装いながら、彦根藩邸の門が開くのを待った。

やがて五つ半(午前9時)になると、門が開いて井伊家の行列がやって来た。
そしていよいよ計画の場所へと一行が差し掛かると、森五六郎が行列の前にうずくまり、訴状を差し出した。
彦根藩の供侍が近づくと、森はいきなり斬りつける。
これをきっかけに、続いて黒沢忠三郎が井伊直弼(伊武雅刀)の乗る駕籠へ向けて短銃を発砲、銃弾は直弼の太腿から腰にかけて貫通し、その動きを封じる結果となった。
銃声を合図に行列の右側から6名、左側から8名が一斉に斬り込んでいく。

襲われた彦根藩の行列は、武士26名、草履取りや駕籠かきなどを加えると総勢60余名。
人数では勝るものの、雪を防ぐために刀に柄袋をかけていたために対応が遅れたことも災いした。
そんな中でも、彦根藩供目付の河西忠左衛門は二刀流の使い手で、井伊の駕籠脇を離れずに浪士数名を相手に奮戦し、最後は討ち死にしたという。

大乱戦の末、有村次左衛門が井伊直弼の首を獲り、現場から逃走した。
彦根藩供目付助役の小河原秀之丞が追走し、長州藩邸付近で有村に斬りかかった。
この傷が元で逃走を断念した有村は、首を抱えたまま自刃する。
襲撃部隊は、現場での即死1名、有村を含め自刃した者4名、老中脇坂安宅邸に自訴した者4名、熊本藩邸に自訴した者4名、その場から逃れることができた者は関をはじめ5名だった。
これに対して彦根藩側は、現場での即死4名、重傷で翌日以降に亡くなった者4名、負傷者13名。
井伊直弼の首は、有村が門前で自刃した若年寄・遠藤但馬守邸に保管され、井伊家の使者が貰い受けに行った。
首は藩医の手で胴体と縫い合わされて、遺骸は彦根藩邸内の一室に生きているかのように安置され、幕府によってその死は2ヶ月近く秘された。

井伊襲撃の成功を見届けた関は、京都へと向かった。
大老襲撃をきっかけとして薩摩藩が挙兵して京都を制圧し、朝廷を幕府から守る手はずとなっていたからである。
ところが薩摩藩内では挙兵に対する慎重論が大勢を占め、計画は瓦解した。
幕府側からはもちろんのこと、水戸藩からも追われる立場となり、有志達は散り散りになる。
計画に加わった者はお尋ね者となり、ある者は追い詰められて自刃し、ある者は捕らえられて江戸送りとなって処罰された。
関は市中に潜伏し、かつて幕政改革に内諾を得ていた鳥取藩に向かうも賛同を拒否され、続いて薩摩藩へと向かうが関所が封鎖されて入ることができず、やむなく水戸へと戻る。
袋田村に到着すると、大庄屋の桜岡源次衛門の屋敷に身を隠す…

政治の中枢を担う人物を暗殺することは、紛れもないテロ行為である。
クライマックスとなる井伊大老暗殺の場面を前半に配し、その後の“水戸烈士”達のエピソードを描くことで、テロ行為に対する賛辞のような物語となることを避けている。
そして、暗殺実行部隊の指揮者であった関鉄之助を、声高にイデオロギーを叫ぶような狂信的な人物などではない、一介の藩士として描く。
地元では夫であり父であり、江戸では愛人を囲って三味線を弾くという、当時の上級藩士としてはごく普通の姿を描いて、“体温が低めな人物像”となっているのが印象的。
これから大きく変わっていくであろう日本の行く末に、本当なら自分も大きく関われるはずであったのに果たせず、また新しい日本の国作りに携わっていけないことの無念さがにじみ出て切ない。


誰もが学校で習う歴史的事件「桜田門外の変」。
登城途中の大老・井伊直弼が水戸浪士達の襲撃を受けて暗殺されるという未曾有の大事件であるが、学校の授業で教わる内容は薄い。
そこで身に付く知識としては、開国派の井伊直弼が、専断で水戸藩主・徳川斉昭を謹慎処分にしたことに対する反発に起因した過激派のテロ行為、という程度のものではないだろうか。
急激に開国を推し進める井伊直弼を中心とする幕閣と、まずは軍備を整え、国力を高めてから全面的に開国すべきであるとする水戸藩主・徳川斉昭を中心とした慎重派との対立の構図でさえ、授業で教わることは少ないかもしれない。

歴史の学習においては事件の重大性に比して軽い扱いを受け、マスメディアなどでも事件の全容について深く語られることの少ない「桜田門外の変」を、暗殺実行部隊の指揮官である関鉄之助を中心にじっくりと描いた歴史時代劇。
通常の時代劇における殺陣とは異なり、やみくもに斬りかかるような激しい接近戦が繰り広げられる井伊大老襲撃シーンは生々しくリアルで、まるで当時の事件現場で一部始終を目撃しているかのようで秀逸。


桜田門外ノ変
2010年10月16日公開/日本  監督:佐藤純彌
原作:吉村昭
出演:大沢たかお、長谷川京子、柄本明、生瀬勝久、加藤清史郎、西村雅彦、伊武雅刀、北大路欣也