面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」

2010年09月17日 | 映画
場末のバーを営む母親のあゆみ(大竹しのぶ)と、娘で姉の桃(井上晴美)、妹のれん(佐藤寛子)の三人には、大きな夢があった。
大きなビルを建てて資産家となって、セレブな人生を送る事。
しかし店の売り上げだけでは、その夢には到底追いつかない。
そこで、彼女達が“手っ取り早く”大金を掴む手段に選んだのは、保険金殺人。
高齢の客を色香で惑わせて内縁関係となり、やがて自殺に見せかけて殺し、富士の樹海にある採石場跡地へと運ぶのである。

ある日、妹のれんは、街角に貼られている手書きのチラシを頼りに、なんでも代行屋を営む紅次郎(竹中直人)の事務所を訪れる。
彼女の依頼とは、父の散骨時に誤って一緒に富士の樹海へと撒いてしまって失くした、形見のロレックスを探して欲しいというもの。
少女のような出で立ちで現われたれんの可憐さにほだされた次郎は、そんな雲をつかむような奇妙な依頼を引き受ける。

しかしそれが、その後に訪れるグロテスクな事件の入口だった…


その独特の世界観が「ネオ・ノワール」として熱狂的な支持を集めた石井隆監督の最新作は、1993年に公開された「ヌードの夜」の主人公・紅次郎の新しい物語。
前回に続いて再び竹中直人とタッグを組み、10年間“熟成された”脚本を映画化した本作は、二人の熱い思いが静かに、しかし力強くヒシヒシと伝わってくる。
えも言えぬ「とろり」とした質感は、他の映画では感じられない感覚で心地よい。

この質感は、本格的に女優として体当たりの演技に挑んだ佐藤寛子が放つものでもある。
これまでの石井作品に登場したヒロインの中でも、群を抜く迫力あるプロポーションを持つ彼女は、スケールの大きなミューズとして圧倒的な存在感を示す。
何とも儚げな表情を見せる少女のような面影と、その肉感的な体のコントラストが、おぞましい過去を持つれんを見事に体現しているのである。
そして、凶暴な行為の合い間に見せる軽いコケティッシュなセリフが、悪人であるはずのれんを、どことなく憎めない存在にする。
様々な表情を見せるれんは、激烈な体験から最凶で最悪な人間へと堕ちてしまったのだが、紅次郎が溺れるように守ろうとする気持ちが痛いほどよく分かる。
そしてそんな次郎の姿は、女性を非常に大切に思い、愛おしむ石井監督自身の現われなのだろう。

夜、雨、ネオンサイン。
石井作品に欠かせないアイテムが随所にちりばめられて変わらぬテイストを保ちつつ、前作の「ヌードの夜」よりもはるかにスケールアップした。
エロスと死が交錯して官能的な芳香を放つ、男目線から十二分に見応えのある逸品。


ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う
2010年10月2日公開/日本  監督・脚本:石井隆
出演:竹中直人、佐藤寛子、東風万智子、井上晴美、宍戸錠、大竹しのぶ