(「上」の続き)
中央政府(国家発展改革委員会=発改委)による石炭の確保・輸送に関する緊急措置は要するに、
「どの地区もつべこべ言わずに石炭を集めろ。集めたら発電所に急いで運べ」
というものです。この通知には、
「石炭産出地区においては、炭坑会社が法に則って生産活動を行い、市場を混乱させるような行為をせず、しっかりと社会的責任を果たすよう地元当局が指導せよ」
という一節もあります。ずいぶんと高飛車で現場の反発を呼びそうですね。士気昂揚と督励のため、温家宝・首相が例の10年着古したジャンバー(自称)を羽織って炭坑視察、なんてこともあるかも知れません。
むろん、中央レベルでも色々と手配りをしています。まず鉄道部は旅客列車・貨物列車を問わず必ず石炭貨車を編成に加えるとの措置に動きました。電力消費量が高いながら雪害で石炭輸送に苦労している江西省、湖南省、湖北省、四川省、また北京市や天津市が優先対象とのこと。
交通部は海外向けの輸送船を急ぎ抽出して国内の石炭運輸へと回すそうです。具体的には中遠集団が11隻の投入を手配済み。また中海集団がタンカー4隻を改造して石炭運びに回すとのことで、うち2隻はすでに輸送任務についている模様。……でも河川が凍結したり記録的な低水位だったりするのに、航路は十分に確保できているのでしょうか。むしろその方が心配です。
●「新浪網」(2008/01/24/04:35)
http://news.sina.com.cn/c/2008-01-24/043514813879.shtml
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ちょっと気になったのはこの記事の最後の一段。
また、南寧鉄道局は本日から全ての列車編成に石炭貨車を加えることで、湖南、湖北、江西、四川などの発電用石炭の逼迫状況を迅速に緩和する。鉄道部はその一方で、発改委の要求に基づき安定した輸送量を保証するとともに、石炭輸送費以外の様々な名目による不法な料金徴収を厳禁とするとした。鉄道部は発電用石炭の供給と価格安定が徹底されているかをチェックするべく、すでに専門調査チーム4組を各地に派遣している。
なるほど供給不足となれば、石炭をどの地区にどれだけ運搬するかは輸送する側のさじ加減ひとつ。常に需要に比して少ない資源をどう配分するかが中国の改革開放政策における一大痛点であり、その配分役の党官僚による決定は袖の下次第で左右される、というのが中国における最も基本的な汚職のカタチです。虎視眈々と機会を狙っている車掌さんたちもいることでしょう。
中央にもムシのいい部分があります。「生産能力過剰」だの「安全基準以下」だのといって全国各地の炭坑をどんどん閉鎖させていたのに、降って湧いたような石炭不足に態度を一変。
「各産出地区は炭坑の安全生産能力を高め、管理下の炭坑を一律操業停止にするなどといった消極的なやり方を断固改めること」
という一節が発改委の別の通達?の冒頭に出てきます。炭坑を閉めろ閉めろと言っていたのに、今度は鮮やかに掌を返してこの言いざま。
「石炭産出地区においては、炭坑会社が法に則って生産活動を行い、市場を混乱させるような行為をせず、しっかりと社会的責任を果たすよう地元当局が指導せよ」
という前述の高圧的な一節とともに、
「ふざけるな!」
と地方当局の怒りの火に油を注ぐことになるのは必定かと思われます。
●「新浪網」(2008/01/24/07:16)
http://news.sina.com.cn/c/2008-01-24/071613317836s.shtml
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この通達の中にも興味深い部分が。
この通達は、石炭産出地区が「全国はひとつの碁盤」という考え方を強化し、地方保護主義を克服して、省内と省外への供給を等しく重視すると保証した上で、まずは省外への発電用石炭供給保障活動を重点的にやり遂げることを要求する。市場を分割したり省外への供給を制限するなどといったことは一律不可であり、石炭価格以外の各種費用を不法に徴収してもいけない。石炭業界は需給逼迫の機に乗じて高値をつけたり滅茶苦茶に値上げをしてはいけない。さもなくば法に拠って処罰されることになる。
出ました「地方保護主義を克服して」の一節。資源が深刻な供給不足に陥ると必ず登場するフレーズです。「省内と省外への供給を等しく重視すると保証」せよ、とした上で、
「まずは省外への発電用石炭供給保障活動を重点的にやり遂げることを要求する」
「石炭業界は需給逼迫の機に乗じて高値をつけたり滅茶苦茶に値上げをしてはいけない」
と、中央の通達は実に念入りです。地方当局の行動原理に照らして、しっかりと念を押す必要があるとみたのでしょう。まあ車掌さんだって目を輝かせるような絶好の機会ですから、地方当局やそれと癒着している石炭業界がやりたい放題に走る可能性は十分、というよりやりたい放題に走らない方がおかしいくらいです。上述したように上意下達式の中央からの高圧的な通達に翻弄され腹を立てているだけに、
「よーしオレ流の『科学的発展観』を胡錦涛に教えてやるとするか」
「温家宝に市場経済の実地教育をしてやれ」
くらいの意気込みはあるでしょう(笑)。胡錦涛の実権掌握度が盤石とはいえないだけに(ええ、盤石ではないのです)、ここで各地方当局が稼ぎどきとばかりに面従腹背が横行するようだと社会不安のタネになりかねません。
電力供給量が十分でないために時限停電の中で迎える旧正月、雪害などによる交通の混乱が農産物の出荷に影響して価格高騰、といった事態が一部の地域で生じる可能性があります。いや、少なくとも大雪の影響で農作物の生産が打撃を受けていることは想像に難くないため、一時的な値上がりは必至でしょう。
これに対し、石炭産出地区は往々にして資源供給元という裏方の役回りばかり振られているため、繁栄を謳歌する地域に対する感情的なシコリがあります。
今回の事態に際しては当然ながら自分の縄張り内の発電所へと石炭を優先供給しますから電力不足などどこ吹く風。野菜など農産物も消費地である省外に供給することを地元当局が制限したりして自らの殻に閉じこもります。というよりむしろ積極的な「割拠」「地方保護主義」が現出します。
現出させてしまえば農産物など鮮度を問われる産品の価格上昇とともに、過剰な需要を調整するべく電気料金の引き上げが行われるかも知れません。こうなると広範な商品のコスト増大につながりますから物価高が一層深刻になります。胡錦涛としては避けたいところでしょうが、さてどうなることやら。
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ところで今回の電力不足騒動、常ならぬ大雪という意外な状況が引き起こしたものではありますが、各地の火力発電所が備蓄していた石炭の分量が軒並みわずか1週間前後だったというのは何やら仕込みの気配が……と漠然と考えていたら、恰好の記事が出てきました。陰謀論です(笑)。
●発電用石炭不足、実は電力業界の値上げアピール?…業界筋(新華網 2008/01/24/08:22)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/24/content_7483926.htm
解説者は広東省の電力業界筋。雪害は天災だけれども、電力企業はこれ幸いとばかりにそれを利用して、半ば積極的に「電力不足」の状況をつくり出し、物価高のなか一向に許可される気配のない電気料金の値上げを中央に迫る狙いがある、というものです。
「燃料費が国際的に高騰している中、心優しい政府が国内での値上げを許さないため、私営(?)の小型発電所は発電すれば赤字になってしまい、操業停止ということがあるみたいです」
という「上」で紹介した「シンセン在住」さんのコメントと一脈通じるところがあります。
大雪で断線したり高圧鉄塔が倒れたり変電所が潰れたりして、その復旧作業にあたる最前線の面々は真剣でしょうけど、電力業界としては思わぬ「電力不足」を値上げカードにしたいという思惑があり、
「あまり必死にならない方が政府に対して薬になる」
とのこと。中央の通達とは裏腹に、電力業界は石炭不足にも慌てていないそうです。こういう状況となれば流通段階で売り惜しみをする業者が出てくるのは確実。いや実際にそういうことが行われているそうですが、でも必死になってそこで高値で買い付けるより、むしろ相手が売るのを惜しみに惜しんでくれて、惜しみすぎて売り抜けるチャンスを逸してくれれば買い叩けるからオイシイそうで。
それを待ちつつ中央が必死に石炭を手当てしてくれるのをのんびりと眺めていれば電力不足もいよいよ深刻となり、やがて政府も電力業界の意図するところを察するだろうというものです。
「値上げしてくれなきゃ電気止めちゃうよ」
と開き直っている訳で、開き直ることができるのは、電力業界は各地区とも寡占ないしは独占体制が成立しているからです。
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いま中国で問題になっている様々な「格差」や「不公平」のうち、最近は「業種間格差」というものが注目されるようになってきました。
物価高ですからベースアップ、つまり給料が増えることへの期待感が高まるなかで、寡占・独占状態にあぐらをかいて、他の業界に比べて社員がひどく優遇されているカネ余り業界があります。
そのひとつが電力業界です。業種間格差は給与に福利を加えると年功・年齢の同じ者同士で最大6倍くらいにもなるそうです。
「あいつらの給料まで上げる必要があるのか」
という議論が行われるようになっています。改革開放政策の骨子は競争原理の導入と分権化にあり、多くの業界ではそのために激しい生存競争や淘汰が進められてきました。
ところが電力業界のような公共事業となると、国策と絡む部分もあって、無闇に市場開放したり新規参入を許すことは難しくなります。そこで寡占・独占のまま据え置かれ、淘汰される恐れのない環境に安んじてきた、という面が電力業界にはあります。社員の給与や福利が手厚いのは競争のない分野で往々にして生じがちな「どんぶり勘定」のようなもの。
こうした寡占・独占業界は、改革開放政策の既得権益層といっていいでしょう。デベロッパーと癒着しての開発事業で甘い汁をたっぷりと吸った地方当局などと同様に、中央から手を突っ込みにくい、「割拠」する「諸侯」といえます。「上海閥」「広東閥」といった地縁つながりとは別に、特定の業界が「諸侯」として存在するようになったところに、改革開放政策の深化とともに、この政策で生まれた闇の深さを感じます。
中央=胡錦涛制権からみれば、「全国はひとつの碁盤」という考え方に従わない敵対勢力ということになります。超格差社会を改善せんとする胡錦涛の構造改革に対する抵抗勢力に他ならないからです。
●胡錦涛報告は「控えめな宣戦布告」@十七大02(2007/10/15)
●胡錦涛、科学的発展観そして中国そのものについて@十七大04(2007/10/18)
要するに今回の混乱を政治的に捉えれば、「胡錦涛制権 vs 上海閥」と同様に「構造改革派 vs 抵抗勢力」という図式で、胡錦涛制権と抵抗勢力のひとつである電力業界の初バトルと位置づけていいかも知れない、ということです。
どうも筆が走り過ぎたきらいが無きにしもあらず、ではありますが、寡占・独占業界への風当たりが最近強まっていた折だけに、ちょっと妄想してみた次第です。