ここ数日になって、
「上がってきた。確かに上がってるってさ」
という会話を、香港の仕事仲間と交わすことが多くなりました。物価の話です。旧正月を控えた年末進行中ゆえ、深夜から未明にかけての時間帯に業務連絡を取り合うことが多いのですが、そのついでに教えてくれるのです。というより報告するよう私が命令しておきました。
●物価抑制策が飛び火、香港で「パン恐慌」発生!(2008/01/05)
●香港「パン恐慌」続報:高値のまま旧正月突入?(2008/01/11)
この「パン恐慌続報」のころから、仕事仲間に物価の動向に注意して変化があったら教えてくれと頼んでおいたのです。ケーキとかパンといった小麦粉系のものや、豚肉などが監視対象。
とはいえ連中は生活者というより最前線の塹壕で戦っている歩兵のようなものですし(笑)、特にこの時期は娑婆の出来事には疎い。……ということは先刻承知なので「母親に聞いておけ」と念を押しておきました。30代前後の連中が多いのですが揃いも揃って独身ばかりだからです。正確にいえば、香港サイドの仕事仲間は副業先の編集部も含めて、妻帯しているのは私だけ。
「いいんです。御家人さん、私は、二次元と、結婚する」
と、時制の怪しげな日本語でわざわざ宣言してくれる奴もいます(「している」が正しいのでは?)。ひょっとすると私の仕事世界では、私だけが異常なのかも知れません。
……といった無駄話をしているから冗長に流れてしまうのですね。反省。
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物価の話に戻りますが、香港では中国本土からの輸入依存度が高い豚肉や小麦粉、そしてその小麦粉を使った食品などの価格が目立って上昇してきているとのこと。2割から3割高といったところです。豚肉はもう少し値上がりしそうな気配があります。
配偶者の姉や風水師のY老師からも同じ報告が届いております。パンとか公仔麺(出前一丁)などは「兵士」である仕事仲間たちも「塹壕」(職場)で食べていますから、実感するところが大きいようです。
誤解のないよう補足しておくと、出前一丁は「茶餐廰」と呼ばれる大衆食堂や「大排档」という屋台の寄せ集めみたいな場所で調理して売っています。秋葉原の「しょこたんビル」に入っているラーメン屋さんのようなものです。中学生などは朝食をそれで済ませて登校したりします。
仕事仲間は息抜きを兼ねて近くの「茶餐廰」に食べに行くこともありますが、たいていは電話で注文して文字通り出前一丁。あとは白米(長粒種)の上にオカズ一品をぶっかけただけのランチボックスとか。まあ最前線ですし、激戦中ですし。
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香港がこの状態ですから、当の中国本土はシャレになりません。以前紹介したように、年明け早々からハイペース気味で入った昨年(2007年)の消費者物価指数(CPI)は夏以降飛ばしに飛ばし、11月は前年同期比6.9%の上昇に達しました。
12月の統計はまだ発表されていませんが、「6.9%」からややペースダウンするとの見通しが一般的です。それでも6%台は維持する模様で、しかもペースダウンする最大の原因は当局による対策の奏功ではなく「前年12月の基数がすでに高かったから」。
要するにハイペースの物価上昇は2006年12月の段階ですでに始まっていたため、昨年12月の実情が11月より深刻になっていたとしても、前年同期比の数字ではじくと「ペースダウン」ということになるとのこと。まさに数字のマジックです。
●「新華網」(2008/01/10/07:35)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/10/content_7395834.htm
じゃあ「前月比」で計算すればいいじゃん、ということになります。国家発展改革委員会(発改委)による数字ですから上で示している国家統計局の数字と微妙に噛み合ない部分があるかも知れませんが、食品価格はやはり軒並み上昇傾向にあります。当初から物価高のシンボル的存在となっている豚肉の平均価格は前月比6.4%高。前年同期比ではなくて前月比でこの数字なのです。
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ざっとしたいい方になりますが、例えば豚肉は2006年11月時点で仮に100g100円近くだったとすると、1年後の昨年11月には100g200円強にハネ上がり、それが12月にはさらに215円近くまで値上がりしていることになります。夏以降の急騰によりその存在感を高めつつある各種食用油も前月比6.7~7.9%高ですから尋常ではありません。
●「新華網」(2008/01/09/14:40)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/09/content_7392010.htm
豚肉価格は今年(2008年)、「いずれ落ち着く」といわれていますが、そういう表現のされ方である以上、どう推移するかは未だ不透明ということです。
食用油になるとさらに悲惨で、トウモロコシは1月1日から実施された穀物・穀物製品に対する輸出関税引き上げにの対象になるほど国内需給が逼迫しており、コーンスターチになると輸出関税引き上げ&総量規制というダブルパンチ。
大豆も輸出関税引き上げ対象であるほか、東北地区での大豆生産が昨年は大幅な減産となったため、「国内の油脂市場に深刻な影響を与える」とみられています。
●「新華網」(2008/01/14/08:59)
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-01/14/content_7416233.htm
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穀物系や石油は国際市場でも高騰していますから、すでに輸入国に転落している中国はその影響もかぶることになります。原油の輸入依存度は47%でしたっけ?(うろ覚え)ガソリンや軽油などはもちろん値上がりする一方で、電気料金も右にならえです。ただ中国のことですから便乗分がかなり上乗せされている可能性が高く、広東省では不当値上げで処罰されるガソリンスタンドも出ています。
状況がいよいよ深刻ということで温家宝・首相率いる北京の中央政府(国務院)が動きました。1月9日に開催した会議で「価格違法行為行政処罰既定」なるもものを打ち出し、石油製品、天然ガス、電力価格などの値上げは一切不可と全国に通達。
どうしても値上げが必要な場合は事前に申請せよ、ということになりました。許可制です。対象は電気・ガス・水道料金や交通機関の運賃、また学校の学費・寄宿費から医療費、農薬価格など多岐にわたります。
穀物・穀物製品への輸出規制に加えてこれですからやはり尋常ではありません。国務院が「とにかく不可」といった一刀両断的な通達を発するくらいですから、便乗値上げ組が広範に跋扈していたものと思われます。
●「新華網」(2008/01/10/15:10)
http://news.xinhuanet.com/life/2008-01/10/content_7399081.htm
なおこの記事によると豚肉は先月下旬から政府の備蓄分を市場に回しており、今年上半期いっぱいで価格が安定するだろうという見方を一応示しています。でも去年の3月ごろも「豚肉は第3四半期には落ち着く」なんて政府は説明していましたから、どこまでアテにしていいのかわかりません。
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今年に入って値上げが発表されている商品や料金を拾ってみましょう。
●ビールを段階的に値上げ、最終的には1瓶当たり1元以上高に(新華網 2008/01/03/07:38)
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-01/03/content_7356097.htm
●上海で各種飲料水が3年ぶりの価格引き上げ、値上げ幅は1割前後(新華網 2008/01/08/05:05)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/08/content_7381386.htm
●青島ビールが一部製品を値上げ、旧正月明けに再値上げの可能性も(新華網 2008/01/08/08:11)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/08/content_7381941.htm
●三大航空会社が燃料高騰の運賃転嫁分を30%引き上げ(新華網 2008/01/09/15:42)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/09/content_7392863.htm
●貴州芽台酒の出荷価格を約2割引き上げ、1月11日から(新華網 2008/01/11/22:08)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-01/11/content_7408029.htm
●五粮液値上げ、各度数とも一律50元高に(新華網 2008/01/14/07:27)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/14/content_7415211.htm
それから食用油の暴騰に備えて広西チワン族自治区では備蓄量を増やすとのこと。
●「新華網」(2008/01/15/16:28)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-01/15/content_7426749.htm
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話が前後しますが、温家宝が発表した「価格違法行為行政処罰既定」はその「処罰」の部分において、罰金額が「10万元~100万元」へと引き上げられたのが目玉です。「一切不可」「許可制」の禁を破り、不当な便乗値上げや闇カルテル行為、売り惜しみ、あるいは逆にビックリ安値による客寄せ行為を行った個人及び企業、公共機関などが対象となります。
……でも「最高100万元の罰金」っていうのは個人ならともかく、例えば業界単位での談合による価格操作で得られる利益を考えれば、あまり痛くないような気がするのですが、どうなのでしょう。
その点において、中央政府が「地方当局と企業の癒着」で強化された「諸侯」(既得権益層)に屈したという印象がなくもありません。……と言ってみるテスト。
●「新華網」(2008/01/13/21:38)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-01/13/content_7414899.htm
一方で取り締まりが奏功しているケースもあります。発改委が1月15日に発表したところによると、液化ガスはそれまで行われていた便乗値上げに歯止めがかかり、慶ばしくも小売価格が大幅に値下がりしているそうです。
その実例として「広州市」「石家庄市」「鄭州市」「武漢市」「南昌市」「合肥市」「南京市」「済南市」の値下げ実績が列挙されています。……でも中国国内メディアなので私などはいつもの悪い癖が出てしまい、
「てことは名前が挙がっていない大都市、例えば北京とか上海とか西安とか大連なんかでは未だに取り締まりが十分に進んでいないということか」
という読み方をついしてしまいます(笑)。習慣になってしまっているので許して下さい>>新華社さん。
●「新華網」(2008/01/15/16:25)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/15/content_7426727.htm
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今年の物価動向がどう推移するかは未知数です。昨年の通年CPI上昇率は4.7%になる見込みとされており、中国社会科学院の予測によると、今年のCPI上昇率は4.4%にとどまるそうです。ちなみにGDP成長率予測は10.2%。もっともこれは全国平均予想であって、例えば重慶市のCPI上昇率は5.5%前後になると予測されるなど、バラつきがみられます。
「4.4%にとどまる」といっても物価上昇の解決が最重要課題とされ「CPI」が流行語リストに登場した2007年を基数にしていますから、生活者レベルでは引き続き物価高を実感することになるのではないかと思われます。
まあ、いずれにしても予測ですし、数字といっても中国の出す統計値ですから。そもそも実績ベースの数字を出しているところも複数あるのでどれを基準にすればいいのやら。例えば広東省ひとつとっても、国家統計局広東調査総隊、広東省物価局、発改委などから異なる数字が出てきています。一般的にモノサシにされているのは国家統計局の統計値です。
●「新華網」(2008/01/11/20:31)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-01/11/content_7407699.htm
●「新華網」(2008/01/08/10:57)
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-01/08/content_7383825.htm
●「新華網」(2008/01/15/07:15)
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-01/15/content_7422455.htm
年頭とあって各方面から様々な予測記事やら「CPIに負けないために引き出した預金をどう運用すべきか?」といったものまで色々出てはいますが、「今年も物価上昇圧力が弱まる見通しは低い」という点は概ね一致しているようです。
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例によって冗長かつ散漫になってしまいましたが、最後に広東省の地元紙『南方日報』(広東省党委員会機関紙)がまとめた「2007年値上がりランキング」なるものを置いておきます。
もっとも地方紙だけに統計は深セン市統計局のものとなっていますから、深セン市基準での値上がり幅ランキングとなります。第七位までしかない理由は不明。「(順位)品目名:上昇幅」となります。2007年12月と前年同期の比較です。
(1)食用油 :52.4%
(2)豚肉 :51.7%
(3)即席麺 :40.0%
(4)家賃 :30.0%
(5)プロパンガス:22.5%
(6)鶏卵 : 8.6%
(7)コメ : 4.2%
●「新華網」(2008/01/09/14:47)
http://news.xinhuanet.com/fortune/2008-01/09/content_7392080.htm
あくまでも深セン市限定ですし、数字自体、余り信の置けないもののような気もしますが、中国でそれを言ったらキリがありません(笑)。
ともあれ昨年急成長を遂げた「食用油」が今年は豚肉に代わって物価高の主役になりそうです。
昨年,降って湧いたように登場した物価高(私はこれほど深刻になるとは予想していなかったので)、どうやら今年も社会の不安要因として重要な位置を占めることになりそうです。