「多くの企業は、障害者雇用の法定雇用率を達成しようとはしている。そのことは評価されていいと思う。しかし障害のある人が採用された後、実際に職場で能力発揮のための配慮がなされているとは言い難い」――。
障害者雇用に関わる矢辺卓哉さんは、穏やかながらもはっきりとした口調で切り出した。現在は、障害者の就職や転職を支援する企業に勤務する。
矢辺さんはこれまで5年間にわたり、主に社員数300人以上の中堅・大企業の人事部に出向き、採用ニーズなどを聞き取り、それに見合った障害者を紹介してきた。1000社を超える企業と接触をしてきただけに、その実情を詳細に把握している。
取材の最中、矢辺さんは「健常者の採用と障害者の採用は全く違う論理で動いている」と繰り返した。健常者の採用は新卒であれ中途であれ、通常は営業部など現場の部署でこのような人材が欲しいといったニーズや経営方針により進められる。そのもとで採用が行われるので、人事部も現場も内定者を快く迎え入れる。
しかし障害者の採用には方針などがあまりないという。採用された障害者は現場に配属されても、歓迎されないケースが少なくないようだ。
矢辺さんは、高ぶる感情を押さえこむかのように一層、明確な口調で話した。
「人事部から言われて、現場の管理職は納得しないままに採用が始まる。だから『障害者をなぜウチの部署で受け入れるのか』と考えているケースがある。障害のある人が働きやすいように配慮する意識も乏しい」
ある企業では耳が聞こえない人に対し、同じ部署の人が「なぜ電話に出ないのか」といった態度をとったこともあったという。そのことに対し、採用の窓口となる人事部の反応が鈍い企業は多い。人事部は、障害者を雇い入れて法定雇用率を達成した時点で、“企業の社会的責任”は遂行できたと満足し、その問題を改善しようとはしていない。
すべての企業ではないと前置きしながらも、「はじめに“数ありき”といった姿勢で採用をしていることが問題の原点。特に大企業は数字という大義名分がないと、積極的には雇わない」と語る。
その場合の数とは、前述した法定雇用率を意味する。障害者の雇用の促進を図ることを目的とした「障害者の雇用の促進等に関する法律」があり、常用労働者全体のうち、障害者をこのくらいの比率で雇いなさい、といったことが定められている。
それぞれの違いを認め合う
法律によると、民間企業の法定雇用率は1.8%。これは常用労働者56人以上で1人の雇用が義務づけられる計算となる。例えば、常用労働者1000人の企業は18人以上の障害者を雇用する必要がある(1000人×1.8%=18人)。これを達成しない企業には、厚生労働省が雇用計画の提出を求めたり、未達成分に相当する納付金を徴収する。
「ハローワークなどの公的な機関は未達成の企業に対し、厳しく指導している。しかし、障害者を採用した後についてはほとんどふれない。だから職場になじむことができず、辞めていく人が絶えない。これもまた、“数ありき”といった姿勢の悪影響」だという。
矢辺さんの目には民間企業や公的機関、社会が障害者を理解しようとする姿勢が足りないと映る。それぞれの違いを認め合う、そこに本来のダイバーシティ(多様性)があると考えている。
その企業らしさが感じられる雇用
矢辺さんは学生時代からこの仕事に力を注いでいるが、その理由の1つに双子の妹の存在がある。2人とも知的障害なのだという。時折、感情をコントロールすることができないことがあるようだ。
「小さいころ、妹たちは思った通りにならないと、感情をおさえることができないことがあった。外でもかんしゃくを起こし、大きな声を出したりすることもあった。そのたびに、周囲の人は僕たちを奇異な目で見ていた」
淡々と振り返るその表情に暗さはない。今は成人して働く妹たちのことを気づかいながら、明るく語る。「2人には、こういう仕事に関わっていることを話していないですね」と苦笑いをする。それくらい、障害のある人の支援は当たり前の仕事だと思っているようだ。
矢辺さんはこれまでに多くの障害者と会ってきた。そのような場を通して、企業が障害者雇用に求めていることを伝え、その対策、ときには面接での受け答えの仕方、履歴書の書き方などを教えてきた。
こういった手ほどきを受けることで、希望の会社からより早く内定を得る人もいるという。しかし現在は不況の影響もあり、30~40社受験してもなかなか内定が得られない人もいるようだ。
「法定雇用率を達成することに重きを置きながらも、人事部は本当に戦力になるかどうかと冷静に受験者を観察している。安易な採用はしていない」と企業の“冷徹な論理”も見抜いている。
面談をしてきた人の中には、相手の意図を読み取るコミュニケーション能力が弱いケースが目立つという。職場に溶け込むことができないために、転職を繰り返すケースもある。「ハンディがあることに負い目を感じ、価値観の違う人と積極的に話してこなかった。だから、自己表現を苦手としているのかもしれない」
障害のある人を採用することの意味
矢辺さんは目の前にいる人と話をしながら、どのような経験をしてきてどういった考えを持っているのかと思いをめぐらすのが好きなのだという。
「その人の良さを見つけ出し、それを感じ取ってもらうことに注意をしている。そこをきっかけに、自分に適した職場を見つけ、働くことの喜び、感謝を感じてもらいたい。例えば、精神障害者手帳を持つ人はまじめで一生懸命、そして周囲に気を使う傾向がある。そんなところに本人が気付くきっかけをこちらが与えるだけでも、前向きに就職活動に取り組むようになる」
現在はブログやTwitterを通して就職や転職の無料相談をしている。また企業の人事部などには、障害のある人を採用することの意味を考え直してほしいと願っている。
「法定雇用率を大幅に超えているある企業は、障害のある人を採用することで社員の団結力が高まった。『障害のある社員は我々の誇り』とも言う企業もある。経営理念や課題などを踏まえたうえで、採用を進めるほうがはるかにメリットがある」
企業は売り上げや利益、そして効率や生産性を上げることに躍起になっている。矢辺さんは「それだけでは障害のある人もない人も心が満たされないのではないか」とポツリと漏らした。
吉田典史の時事日想
障害者雇用に関わる矢辺卓哉さんは、穏やかながらもはっきりとした口調で切り出した。現在は、障害者の就職や転職を支援する企業に勤務する。
矢辺さんはこれまで5年間にわたり、主に社員数300人以上の中堅・大企業の人事部に出向き、採用ニーズなどを聞き取り、それに見合った障害者を紹介してきた。1000社を超える企業と接触をしてきただけに、その実情を詳細に把握している。
取材の最中、矢辺さんは「健常者の採用と障害者の採用は全く違う論理で動いている」と繰り返した。健常者の採用は新卒であれ中途であれ、通常は営業部など現場の部署でこのような人材が欲しいといったニーズや経営方針により進められる。そのもとで採用が行われるので、人事部も現場も内定者を快く迎え入れる。
しかし障害者の採用には方針などがあまりないという。採用された障害者は現場に配属されても、歓迎されないケースが少なくないようだ。
矢辺さんは、高ぶる感情を押さえこむかのように一層、明確な口調で話した。
「人事部から言われて、現場の管理職は納得しないままに採用が始まる。だから『障害者をなぜウチの部署で受け入れるのか』と考えているケースがある。障害のある人が働きやすいように配慮する意識も乏しい」
ある企業では耳が聞こえない人に対し、同じ部署の人が「なぜ電話に出ないのか」といった態度をとったこともあったという。そのことに対し、採用の窓口となる人事部の反応が鈍い企業は多い。人事部は、障害者を雇い入れて法定雇用率を達成した時点で、“企業の社会的責任”は遂行できたと満足し、その問題を改善しようとはしていない。
すべての企業ではないと前置きしながらも、「はじめに“数ありき”といった姿勢で採用をしていることが問題の原点。特に大企業は数字という大義名分がないと、積極的には雇わない」と語る。
その場合の数とは、前述した法定雇用率を意味する。障害者の雇用の促進を図ることを目的とした「障害者の雇用の促進等に関する法律」があり、常用労働者全体のうち、障害者をこのくらいの比率で雇いなさい、といったことが定められている。
それぞれの違いを認め合う
法律によると、民間企業の法定雇用率は1.8%。これは常用労働者56人以上で1人の雇用が義務づけられる計算となる。例えば、常用労働者1000人の企業は18人以上の障害者を雇用する必要がある(1000人×1.8%=18人)。これを達成しない企業には、厚生労働省が雇用計画の提出を求めたり、未達成分に相当する納付金を徴収する。
「ハローワークなどの公的な機関は未達成の企業に対し、厳しく指導している。しかし、障害者を採用した後についてはほとんどふれない。だから職場になじむことができず、辞めていく人が絶えない。これもまた、“数ありき”といった姿勢の悪影響」だという。
矢辺さんの目には民間企業や公的機関、社会が障害者を理解しようとする姿勢が足りないと映る。それぞれの違いを認め合う、そこに本来のダイバーシティ(多様性)があると考えている。
その企業らしさが感じられる雇用
矢辺さんは学生時代からこの仕事に力を注いでいるが、その理由の1つに双子の妹の存在がある。2人とも知的障害なのだという。時折、感情をコントロールすることができないことがあるようだ。
「小さいころ、妹たちは思った通りにならないと、感情をおさえることができないことがあった。外でもかんしゃくを起こし、大きな声を出したりすることもあった。そのたびに、周囲の人は僕たちを奇異な目で見ていた」
淡々と振り返るその表情に暗さはない。今は成人して働く妹たちのことを気づかいながら、明るく語る。「2人には、こういう仕事に関わっていることを話していないですね」と苦笑いをする。それくらい、障害のある人の支援は当たり前の仕事だと思っているようだ。
矢辺さんはこれまでに多くの障害者と会ってきた。そのような場を通して、企業が障害者雇用に求めていることを伝え、その対策、ときには面接での受け答えの仕方、履歴書の書き方などを教えてきた。
こういった手ほどきを受けることで、希望の会社からより早く内定を得る人もいるという。しかし現在は不況の影響もあり、30~40社受験してもなかなか内定が得られない人もいるようだ。
「法定雇用率を達成することに重きを置きながらも、人事部は本当に戦力になるかどうかと冷静に受験者を観察している。安易な採用はしていない」と企業の“冷徹な論理”も見抜いている。
面談をしてきた人の中には、相手の意図を読み取るコミュニケーション能力が弱いケースが目立つという。職場に溶け込むことができないために、転職を繰り返すケースもある。「ハンディがあることに負い目を感じ、価値観の違う人と積極的に話してこなかった。だから、自己表現を苦手としているのかもしれない」
障害のある人を採用することの意味
矢辺さんは目の前にいる人と話をしながら、どのような経験をしてきてどういった考えを持っているのかと思いをめぐらすのが好きなのだという。
「その人の良さを見つけ出し、それを感じ取ってもらうことに注意をしている。そこをきっかけに、自分に適した職場を見つけ、働くことの喜び、感謝を感じてもらいたい。例えば、精神障害者手帳を持つ人はまじめで一生懸命、そして周囲に気を使う傾向がある。そんなところに本人が気付くきっかけをこちらが与えるだけでも、前向きに就職活動に取り組むようになる」
現在はブログやTwitterを通して就職や転職の無料相談をしている。また企業の人事部などには、障害のある人を採用することの意味を考え直してほしいと願っている。
「法定雇用率を大幅に超えているある企業は、障害のある人を採用することで社員の団結力が高まった。『障害のある社員は我々の誇り』とも言う企業もある。経営理念や課題などを踏まえたうえで、採用を進めるほうがはるかにメリットがある」
企業は売り上げや利益、そして効率や生産性を上げることに躍起になっている。矢辺さんは「それだけでは障害のある人もない人も心が満たされないのではないか」とポツリと漏らした。
吉田典史の時事日想