「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

自責

2009年01月06日 21時22分54秒 | 僕と「ジャン=クリストフ」
 
(前の記事からの続き)

(9/14)

「 人間の成長とは 何だろう?

年をとるにつれて、 本当に物事が 分かっていくのだろうか?

それは一体 どれほどの早さなのだろう?

どれほどの部分に おいてのなのだろう?

そしてそれは 外面的にどれほど 現れるものなのだろう?

性格 (人格) とは、 年齢とともに 果してどれだけ 成長するのだろう? 」

(9/6)

「 畢竟、 人は一人なのだ。

 誰も助けてくれはしない。

 求めても求めても、 ついに裏切られる。

 人が人を理解しつくすということは 不可能なのだ。

 それを望んでも ただ悲しみがあるだけだ。

 ああ、 人に頼ろうとしてはならない。

 ならば、 自分を頼むのみだ。

 全ては自分の責任だ。

 人を憎むことも、 妬むことも、 怒ることもない。

 ただ、 自分に祈れ。

 自分のことさえ 気にすればいいのだ。

 お前は自分が 不器用だと公言しつつ、

 実はいつもうまくやろう、 器用にやろうとばかりしている。

 結果にとらわれている。 」

(9/17)

「 人を頼ってはいけない。

 ああ、 理解されようとしたのが 愚かだったのだ。

 信じている人には、 信じてもらえていると 思っていたのが甘かったのだ。

 人は全てを 理解することはできない。

 しかし、 好きになることはできる。

 愛することはできる。

 しかし、 それでも人は孤独なのか。

 結局 自分の力で歩いていくしかない。

 同情してくれる人はいるだろう。

 しかし、 解決してくれる人はいない、 自分以外には。

 自分の中にあるものだけを よすがとして 生きていかなければならない。

( しかし、 ひとつの愛情も 得られていない時に、

 人間にそれが できるだろうか。) 」

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/57561067.html
 


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