蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

「北朝鮮に嫁いで四十年―ある脱北日本人妻の手記―」を読む。

2011-05-23 00:22:28 | 読書感想(ぜひ読んで見て下さい!)
5月22日(日)曇り時々雨

 先日、自宅近くの図書館の新刊コーナーで「北朝鮮に嫁いで四十年―ある脱北日本人妻の手記―」という本が目にとまり借りてきた。

 表紙、見返しの紹介文に『1961年、帰国事業に応じた夫の家族とともに、「地上の楽園」と宣伝された北朝鮮に渡った著者を待っていたのは、あまりにも悲惨な生活だった。乏しい食糧、電気も水道も満足にこない。娯楽も無く、里帰りもできない。ときに公開処刑を見せられる。やがて配給が止まるなか、三女は栄養失調で死亡、次女はヤミ商売のかどで服役、中国国境を行き来していた長女も捕まり獄中死するー。
 誰も恨まず、すべてを運命として受け入れ、夫と6人の子供を守るために、想像を絶する日々を懸命に生きてきた日本人女性が、2001年に脱北し、帰国するまでの半生の記。北朝鮮の庶民の暮らしを詳細に描いた稀有な記録でもある』とあった。
 なお、著者は、斉藤博子さん。同じく見返しの紹介によれば、『1941年、福井県生まれ。61年(昭和36年)、夫の家族、1歳の長女とともに北朝鮮へ。94年(平成6年)に夫が病死。経済状況が最悪となり、配給制度が破錠、自給自足、ヤミ商売を余儀なくされる。2001年(平成13年)、鴨緑江を渡り脱北、中国経由で帰国。』とある。
 
 一気に読んだ。これまでTVの映像や新聞報道等を通して断片的に見聞したのとは、ひときわ違ったまるで私自身が著者の背後霊にでもなったかのごとく直ぐ脇に立って、ただ見つめているほかないような感覚を覚えた。

 配給は、成人男子が一日700g、女と子供は300g、これを月に2回に分けて受け取るのだ。だが、その70%はトウモロコシ、米は30%とのこと。おかずはキムチのほか、ほとんどなし。たまに魚売りがくるぐらい。

 家は、アパートの一戸の二部屋を二世帯で住む。流しは共同。水道は冬には凍って出なくなる。近くの川まで水汲みに行くのが日課の一つ。

 病気になっても、病院へは勤め先への病気休暇届けに必要な診断書をもらいにいくだけとか。病院には医薬品が一切無いためという。病気になったらただ家で寝ているだけとか。

 ヤミ商売では、電線等からのアカ(銅)が割合い好い金になる。だが、みつかったら刑務所行き。そのためにある母親が、死んだ赤ん坊のお腹の中に銅線を詰め込んで背中におんぶして運んでいるのを目撃したこともあるという。

 一度、つかまって刑務所に入いれば、食事はトウモロコシが15粒。塩味だけのスープ。それでいて広い畑で朝早くから一日中働かされるのだ。
 囚人の食事よりも刑務所で飼っている豚の餌の方がずっと分量が多くてまし。その豚の餌を世話係の人間が掠めて食べるのだとか。

 著者は、あるとき、仲介者の働きかけで日本の母親と連絡がとれ、その伝でようやく命がけで、胸まで急流につかりながら鴨緑江を渡り脱北できたのだ。

 著者は、日本に帰ってきてはじめて金正日一家の贅沢三昧の暮らしぶりを知り怒りに燃えたという。

 北朝鮮すなわち自称、朝鮮民主主義人民共和国。これが21世紀のいやしくも臆面も無く民主主義を名乗る国家だろうか。1945年、日本の統治下から脱した後、南北に分かれて約65年。今や、日本をもしのごうかとの勢いにのる南と、この北の惨状はどうだろうか。
 政治体制の相違により、同じ人間として何たるその暮らしのありよう、幸不幸の天と地の違いがあることだろうか…。

 ただ、読んでいて救いは、こんなにも貧しい暮らしの中で、庶民同士は優しい人々も多いということだ。お腹をすかせている同行者がいれば、自宅で乏しい食事を勧める。たまたまTVの有る家には、近所中の人々が押しかけて皆で仲良く僅かな楽しみをともにするとか。

 著者と私は同年齢。それゆえ同じ時間を生きてきて、その生活の場所が違うというだけで、著者が味わってきた人生と、戦後の高度成長期の日本の一番好い時代を生きてきたわが身と比べて、何ともいえない気持ちがしてくる。

 今朝の朝日新聞の7面で、『金総書記 窮状下の訪中 昨年5月から3度目 近づく配給途絶■ 貨幣急落■ 物々交換 …報告書によると、北朝鮮では昨年の洪水や冷害で食糧事情が悪化。北朝鮮当局は人口の約7割にあたる1600万人に対し、1人あたり1日平均で400グラム弱の食糧配給を目指しているが、5月から7月にかけて配給が途絶する見通しだと訴えているという。…』記事が出ていた。

 独裁者金正日が親とも頼む中国だって、いつまで北朝鮮の面倒を見ていられるだろうか。いよいよ金正日王朝の落日が迫ってきたのではないだろうか…。その一日も早い崩壊こそが、北朝鮮の人々の救いになるのではなかろうか…。