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家づくり、行ったり来たり

ヘンなコダワリを持った家づくりの記録。詳しくは「はじめに」を参照のほど。ログハウスのことやレザークラフトのことも。

高野槙(こうやまき)の風呂――お印に便乗

2006年09月13日 | 山小屋・ログハウス
 
秋篠宮家のご長男の名前が「悠仁(ひさひと)」さまと決まり、お印(しるし)は高野槙(こうやまき)となった。お印とは、身の回りの品に書いたりするトレードマークのようなものだという。
おそれながらこれに便乗して、我が山小屋の高野槙の風呂のことを紹介してみる。

高野槙という樹種をはっきりと意識したのは、4年ほど前だったろうか。
山小屋に設置する風呂桶を探しに、父とともにある職人気質の風呂桶屋にいったときからだ。
それまでも耳にしたことはあったが、自分が通常使う語彙にはないものだった。

訪れた風呂桶屋には、檜風呂や、この高野槙の風呂があった。
檜好きの父ゆえに、檜風呂になびくかと思ったが、案外あっさりと高野槙の風呂に決まった。
山小屋は内装材にも自家伐採した檜を多く使うため、風呂桶は別の樹種でもいいだろう、との判断。もちろん、檜風呂より多少なりとも価格が安いこともあった。
この高野槙の風呂、使ってみれば木肌がやわらかなだけでなく、湯がさめにくい。私は山小屋に宿泊すれば夜と朝の2回は風呂に入ることにしている。普通の住宅でもオススメである。

さて、現在私が仮に風呂桶屋だったら、「親王ご生誕記念」「高野槙の風呂あります」ってな看板を掲げることだろう。
木の風呂桶屋さんにとってちょっとした商機と思うのだが、どうだろう。
少なくとも、こういうことをきっかけに木の風呂ファンが広がるとすれば喜ばしいことといえる。
失礼ながらいまどき木の風呂を扱う風呂桶屋さんの多くは、ネットで情報収集したり、機敏に情報発信したりということには疎いと思われる。このブログを読んだ方で知人に風呂桶屋さんがいたら、是非このアイディアを伝えてほしい。
高野槙の風呂の価値が相対的に高まれば貧乏性の私はきっと得した気分になる、とセコイ考えもあったりする。


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高野槙(こうやまき) 
天然の分布、中部以南で紀州地方などの高野山付近に多い事から「高野槙(こうやまき)」と呼ばれています。材色は黄白色で檜以上の光沢があるとも言われ、耐水湿性も木曽五木の中でも最長で、黒ずみにくい特長があり、木風呂や船舶材、浴室建材などによく使われます。
(檜創建webサイトより)
http://hinokisoken.jp/products/a_hinoki/index.html
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山の苔

2006年09月11日 | 山小屋・ログハウス
 
山小屋周辺の苔。
そもそもは家づくりのために一時避難してきた庭の苔だった。
避難中に倍以上に繁殖し、庭に戻したあとも勢力を増し、いまやこっちのほうが、庭の苔よりもしっかり根付いている。

このままどんどん増やしていけば売りものにできるのではないか、などと妄想中。


正統派流しそうめんの道

2006年08月15日 | 山小屋・ログハウス
 
  
旧盆に合わせてとった休みに親類とともに山小屋にいった。
そろそろ毎年恒例になりつつある流しそうめんをデッキテラスで執り行う。

プラスチックの枠をぐるぐる回転するようなアレではなく、近くの竹林から取ってきた竹を真半分に割り、節をとる。そこに水を通してそうめんを流す。これぞ正統派の流しそうめんだと思っている。
8mほどの一直線のコースに8人が並んでそうめんを待ち受ける。その姿はなかなか壮観である。
子供達は競うようにそうめんをすくうので、しんがりのほうを任せた。
すくいそこねてもちゃんとざるで受け止められるようにはしてある。

こないこないと騒ぐので流す速度をあげれば、ざるにたまる量が増える。コントロールは難しいのである。正統派の道を極めるのは簡単ではないということだ。

ハンミョウ 道教え・道しるべ

2006年08月07日 | 山小屋・ログハウス

 
昨日、山小屋に家族で遊びに行った。この日は運良くハンミョウを写すことができた。

ハンミョウは人が来るのを待っているかのように立ち止まっていて、人が近づくと数メートル前方まで飛んでまた立ち止まる。また近づくと前方に飛ぶ。それゆえミチオシエ、ミチシルベとも呼ばれている面白い虫だ。
写真でわかるように、美しい色をしている。ちょっとした宝石のようだ。

少年時代

2006年07月17日 | 山小屋・ログハウス
 
息子とその友達を連れて男だけで山小屋に行った。

山小屋の横には川が流れているが、一箇所だけ淵のようになって大人の胸下くらいの深さがあるところがある。
そういう場所で少年達がやることといえば飛び込みなのである。
みんな楽しそうに飛び込むのを見て、いてもたってもいられなくなり、仲間に入って飛び込んだ。
私は10回くらいでやめたが、子供達は唇が紫色になるまで延々と続けていたのだった。
夕方のみんな帰りたくなさそうな顔を見て、自分の少年時代もそんな感じだったことを思い出した。

雨を眺めて楽しむ

2006年06月11日 | 山小屋・ログハウス
 
山小屋に来客があるというのに、あいにくの雨だった。
遠方からの来客で日程も動かせず、山小屋に向かった。
両親と来客が話をしている間、2階の部屋でしばらくボーっと雨を眺めた。

山小屋は軒を深くとっているので雨どいを設置していない。
屋根の瓦にそってつたって落ちる雨だれをただ見ながら、「こうしてすごす時間も悪くない」とちょっと楽しくなった。
雨を楽しむということもできるものだ。

二輪草と九輪草

2006年05月07日 | 山小屋・ログハウス

山小屋に行って、周囲の花を撮ってきた。先月、母の誕生日に書籍の「ターシャの庭」をプレゼントしたのだが、ガーデニングに一層熱が入っているようでうれしい。
ターシャ・テューダー並みの庭づくりの名手になってくれればと思う。

さて、そんな私といえば見るばかりで、花のことも良く知らない。
今回のエントリは母が花の名前を教えてくれて、面白いと思ったので記録しておくものだ。

まず、二輪草(にりんそう)。

そして、九輪草(くりんそう)。

最初聞いたとき、名前の共通点に気がつかなかった。見た目があまりにも違うせいだろう。

かたや「きんぽうげ科」、もう片方は「さくらそう科」らしい。
二輪草の方は二つの花茎が出てくることが名前の由来で、九輪草の方はお寺の塔の先端についている九輪に似ているということらしい。母は9段花をつけると聞いたという。同じ輪(りん)でも、花の数え方である「輪」とワッカの「輪」という違い。

日本語は自在というか、難しいというか・・・。





<おまけ>
「しゃが」の花。山小屋の脇の土手に咲いている。


ばんばへび

2006年05月07日 | 山小屋・ログハウス
 
由来は知らないが、当地方ではとかげのことを「ばんばへび」とか「へびばんば」という。
この季節、山小屋の周囲で、ばんばへびがよくひなたぼっこをしている。
子供がそれを取ったので写真に収めた。
手にしているのは娘である。娘の学校の友達を連れてくると、虫やトカゲを見てキャーキャー逃げているばかりだが、娘はまったく平気。
こちらの望みどおりにたくましくなっている。

クレソン食べ放題

2006年05月05日 | 山小屋・ログハウス

我が家はクレソンが足りずに困ったことはない。

なぜ、我が家にクレソンがたくさんあるのかというと、山小屋の横の小さな湿地にたくさんできるからである。
伏流水が湧き出ていることから、母が横の川で自生していたクレソンを植えると、あっという間に群生した。

スーパーなどで購入してつくるのならちょっと躊躇する「クレソンのおひたし」などという、まとまった量を使う料理も、気軽にやってしまっている。
季節になると一家族では消化できないので、親戚、近隣、友人、知人に配りまくる。
ちょっとかわった「おすそわけ」のようで、喜んでくれる人はけっこういる。

まあ、クレソンなんぞなくともそんなに困るものではない。「クレソン自給率100%」って自慢になるんだかならないんだかよくわからない。

息子の木、娘の木

2006年04月06日 | 山小屋・ログハウス
 山小屋の周囲には何種類か樹木がある。杉や柿は以前からあったもので、コナラやもみじ、イチョウは後から植えた。

その中に、子供たちの木もある。いずれも両親が孫のためにと植えたものである。

息子のは「さくらんぼの木」。
まあ結局は「さくら」なのだが、「さくらんぼがなる木が欲しい」という言葉を聞いて、ちゃんと実のなるはずの木を調達したこともあり、「さくらんぼの木」としている。

娘のは「ブルーベリー」。
一時期、ブルーベリージャムが気に入った娘を喜ばせようと植栽したものだ。

悲しいかな、貧乏性で食い意地の張った私の性質を子供たちはしっかり受け継いでいる。

それはさておき、自分の木がある、ということは子供たちにもきっと楽しみになると思う。情操教育にもつながるような気がする。

子供と植栽に絡んでは少し悔やんでいることがある。
娘のために、「桐(きり)」を植えておけば良かったということだ。
昔の人は娘が産まれると、桐の木を植えたという話を聞いた。娘が成長して嫁にいくころには、桐も大きくなっていて、それでタンスを作ったのだという。
昔の人はそういうスパンで物事を考えていた。現代人はそういう考え方ができるだろうか。

きっと現代でソレをやったら、もう数が少ない桐箪笥のベテラン職人が面白がって腕まくりしていいものを作ってくれそうな気もする。

まあ、そんなところまで想像をするのも、結局、私の貧乏性の根深さを現していると言えるのだった。

わさびの姿から

2006年03月13日 | 山小屋・ログハウス

 山小屋横の小さな湿地には湧水があるが、沢の水も流れ込んでいる。
その流れを利用して母がわさびを植えている。

わさびは清流でないと育たない。だから、わさびの姿が見えるだけで水がきれいなことが連想されてくる。
世の中、一つのモノから、環境や周囲のものが想像されることってある。例えば、わさびと同じように、ヤマメやイワナの姿は清流に直結する。コイやフナでは清流がイメージしにくい。

住宅などでも部分的なモノからいろいろ想像できることがある。
花壇があって、そこがきれいに整えられていると、季節の美しいものが好きで、きちんとした暮らしをする住人の姿が思い浮かぶ。
以前のエントリ「ニセモノ自慢の憂鬱」で紹介したFRP製の物置のようなものではなく、オーダーメイドやDIYした物置が設置されていると自分のオリジナルな暮らしを楽しんでいそうだ、と思えてきたりする。
ほかにも、鍋、釜、フライパン、包丁の姿を見れば料理の腕前がなんとなく見えてきたりすることもある。

部分から全体の姿を正確・緻密に推察できるとは必ずしも言えないが、傾向のようなものはわかることはあると思う。



<余談>
直近の「ミシュラン」ではトゥール・ダルジャンが三つ星から一つ星に「格下げ」されたという。有名になって日本人などの観光客が押し寄せたことが格下げにつながっているとの見方がある。こういうことが積み重なって「日本人の姿が目立つ」=「凋落のシグナル」として認識されるようになったら悲しいことである。「日本人は本当にうまいものを知っているから、彼らがいたら無名店でもいい店だろう」なんて連想されるほうがかっこよくはないか。
めったなことで高級レストランに行こうなどと思わない私のひがみだろうか。


非本格的な花粉症対策

2006年03月09日 | 山小屋・ログハウス
 このような表題をつけてなんだが、私自身はこれまで花粉症と縁はない。花粉症発生のメカニズムも良く知らない。そんな私の「花粉症対策」とは何か。
飛ぶ花粉の量を少しずつでも減らそうというものである。

我が家は山林を購入し、その山林のスギ、ヒノキを伐採して山小屋をセルフビルドしたことは以前紹介した。100本以上は伐採しているだろう。
伐採した後に、スギやヒノキではなく、コナラやもみじを植栽した。また、建材としてはまだ使えなかった樹齢15年に満たないヒノキ林部分も適宜間伐している。これで極小ながらも花粉飛散量は減っているはずだ。

日本の山林の現状はひどい。木を売ってもペイしないので放置され、荒れ放題になっているところがかなり多いのだ。そこから大量の花粉が放出されている。私の家族のような街の物好きに山林を買わせて手入れさせるというのも一つの方法だと思うのだが、どうだろう。
決して花粉症対策というわけでもないが、広い山林を都会の人に共同保有してもらうというような試みもある。しかし、自分の地所がどの部分かもわからないような形式では愛着も責任感も使命感もわきにくいと思う。
自分の地所がはっきりして、そこの利用に自由度を持たせるのならば土地に愛着がわいて将来の楽しみも出てくる。道楽だから人的コストは気にならない。素人の管理だから効率的ではないが、何もしないで荒れ放題であるよりはまだましだろう。当局が、山林がある程度流通するよう工夫してくれるといいのだが。

私の山林の利用構想
・ 紅葉のプチ名所にする(現在、地主の許可を得てとなりの山林も含め100本以上植樹)
・ コナラは薪ストーブの燃料とする(薪のロールスロイスという異名あり)
・ コナラはしいたけ木としても利用する
・ コナラに寄ってきたカブトムシ、クワガタ採集
・ コナラが大きくなったら、樹上にツリーハウスを作る

どうだろう。分秒を競うこの時代で、まったく尺度の違う時間軸でゆっくり楽しむ道楽。
ツリーハウス構想は、仕事をリタイアしたウチの父が山小屋(ログハウス)を建てたように、私のリタイア後の楽しみにするかもしれない。孫と一緒にやってみたくもある。他にもやれることはたくさんある。

これを読んで山林を活用してみたいと思う人が出てきたら、「花粉症対策」の効果もすこし強まるかもしれない。
対策として気が長すぎるとあきれさせるかもしれない。だから「非本格的」と見出しにつけた。しかし有効的な打開策のない中、塵も積もれば・・・を待ってみても悪いことではないだろう。

関連エントリ 普請道楽をしやすい時代かも――山林購入のススメ


「ふきのとう」の日――2月10日

2006年02月10日 | 山小屋・ログハウス
2月10日は語呂合わせで「ふきのとうの日」となっている。
ふきのとうは私の好物である。酒のつまみにすることが多いが、小学生のころから好きだった。
てんぷらや酢漬けを見るとすこし唾液がにじみ出てくる。
「ほろ苦い」という表現に最も合致した食べ物のように思う。これを味わうと春の季節が意識されてくる。
山小屋の周辺ではふきのとうが採れる。これからたくさん出てきそうだ。
写真は、山小屋脇の「ビオトープ」で出てきたもの。


※ 過去の記念日シリーズ
禁酒の日
いい夫婦の日
いい石の日
あかりの日