遍路の心

鮒の里.四国遍路19番立江寺近く.お接待処.民宿

鮒の里 

2012-05-29 18:41:43 | Weblog
迷故三界城、「色の世界」

 つい昨日まで、自分は18才だと思っていたのに、ふと気がつくともう30才になってしまっている。我を忘れて働くうちに40才が50才になり、やがて定年退職になっている。どんどん変わっていく自分の姿を見て惜しいとか、悲しいとかいろんな心になっていきます。この時、自分は色の世界で生きていることに気がつきます。
 過ぎ去った時間は二度と帰ってこない、自分一人で生きていく覚悟で今まで生きてきたが、人間一人では生きていくことは出来ない。ふと気がつくとやけに人恋しくなってくる、みんな同じ想いをするようになる。人とはそんなに強い生き物ではないのが普通です。                   お遍路を伝える会より
                                                                                       夕暮れは、相模のはたてに物ぞ思ふ。天つ空なる人を恋ふとて、

                            よみ人しらず


                       立江川の鮒より
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鮒の里  

2012-05-28 17:06:01 | Weblog
       連休明けの遍路道

 連休が終わって遍路道もかなりお遍路さんが少なくなってきました。これからはベテランのお遍路さんが、少しずつ増えてきます。遍路宿の予約がなくても、飛び込みで泊まれるから歩く距離が伸ばせるようです。また、あまり歓迎することではないのですが、五月病というやっかいな病に罹る時節なんです。就職はしたものの会社勤めがなかなか馴染めず退職ということになって、四国遍路に来る若い世代が多くなる時節でもあります。大学では人並み以上に優秀な若者が多いのもこの季節の特徴です。
 大学と社会生活の違いが分からなくなってくるのだと思います。せめて、世の中の出来事と大学生活の違いを遍路道で見つけてくれるのを願うばかりです。




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鮒の里 

2012-05-22 19:05:01 | Weblog
曹洞宗の開祖。道元大師の名言


 「切に志を発する人、速かに悟りを得るなり」

 さとりとは、世知にたけている、頭がよいなどの才能のおかげではなく、真実に生きたいと、一心に思う意欲と努力で得ることができるものだと説いている。

 鮒の里に立ち寄ったお遍路さんが、私に悟りとはいかに、と尋ねるお遍路さんが多くいる。そこで、私は、貴方が今まで元気に生きてきたことが悟りであると答える。
 そう答えると、具体的にと尋ねてくる。貴方が今までに人様に何千回、何万回と有り難うございました、お世話になりましたと言いましたか、その中で本当に心の底より有り難うと言えたのは何回ありましたかと尋ねるとわからないと答える人がほとんどです。四国遍路道を旅していると様々の場所で有り難う、お世話になりましたと言うと思います。その時本当に心の底より有り難うと言えたときが悟りが開けた時かも知れませんね。



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鮒の里  

2012-05-18 16:52:20 | Weblog
      弘法大師の名言


 「古の人は学んで利を謀らずと、今の人は書を読んで、ただ名と財とにす」
 
 昔の人は、学問をするときに、それによって何らかの利益を得ようとは考えなかったが、今の人は勉学することによって、名声を博し、利益を得ようとしている。利があるから学問をしている。しかし、学問をすることは、その結果として名声や財貨を得ることではない。真の目的は、ひたすら自分のうちなる能力を追求することでなければならないということです。 
            「性霊集」より、

 御大師さんが学問をしていた時代は今から千何百年も大昔である。その時代に古い人と言ったのはいつの時代だろうと思えてくる。しかしながら、日本人は大昔より勉学と言うことは人間にとって大切という価値観はあったのだろうと思う。

 このような素晴らしい民族が世界にあるだろうか、日本人は世界に対して自信を持つことが現在の衰退している現状を打破出来ることだろうと思う。



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鮒の里  

2012-05-11 10:14:54 | Weblog
禅の名言、「莫妄想」

 妄想するなということ、つまり、過ぎ去ってしまったことやどうなるかわからないことをあれこれ考えるな、と言う意味である。世の中、なるようにしかならんと言うことでもない、そのことすら考えない、つまり、現在起こっていることしか、考えないのである。思い悩んでもしかたがない、それよりも今、現在を大事に行動せよと教えてある。

 わかったような、わからんような、教えです。それが出来れば何の苦労もあるまいにですね。




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鮒の里 

2012-05-10 10:08:17 | Weblog
歩き遍路の心得

 歩き遍路の心得は、人の一生と同じで重き荷を負う遠き路を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したるときを思い出すべし。堪忍は無事長久の基。怒りを敵と思え、勝つことばかり知りて負けることを知らざれば害その身に至る。己を責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり。

 徳川家康の人生訓であるが、まさに、歩き遍路の心得そのものである。歩き遍路で天下を取るものではないが、人生をこのように送っていれば少しは自分の人生も違っていたかもしれないと思いながら、今日も歩き遍路が四国路を歩いている。






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鮒の里

2012-05-09 05:37:35 | Weblog
       禅の教えで「破草鞋」

 禅の教えでいえば、私たち凡人は皆、破れた草鞋をはいている。破れた草鞋とは、こだわりや中途半端な知識を指す。自分を磨くにはこうしたものは、破れた草鞋同様に役に立たないのだ。だから捨ててしまえと教えてある。しかし、自分を磨き正しい知識がどういうものかがわかったら、捨てた草鞋をもう一度拾う。拾って噛み砕いて、心の糧とする。表からは見えないが、自分の心の中でしっかりと支えるものとする。

 相模の君の詠んだ「いづくとも、知らぬ我が身の行く末に、四国の路ぞ、今は恋しき」のお返事になれば幸いと存じ上げ候。





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鮒の里 

2012-05-08 05:06:58 | Weblog
      人は納まる器で価値観が変わってくる。

 世間では、あの人は器が大きいとか小さいとか言うが、人間生活している場所で価値観、考え方が違ってくる。小さな部屋で生活すると、部屋の中がいつも見渡せる。だからいつも自分が目につくものが気にかかる、広い場所で生活していると全部はわからない、見て見ないふりができる。小さな事が気にならなくなってくるのだ。大きいか小さいか、どちらが良いかは別問題だが、人間、小さな事柄を気にしていると精神的に疲れるようになる。
 現在の、政治屋を見ていると肝心なことは議論せずくだらないことを議論している。
器が小さいのではなく、選挙区という小さな器で物事を考えているからだ、国家、世界の事を考えることが出来なくなっている。

 相模の君に「春過ぎて、夏来たるらし。白栲の衣乾したり。天の香具山」の如くです。




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鮒の里  

2012-05-06 08:38:03 | Weblog
お公家遍路さんへ、お礼の一言

 素晴らしい、歌を詠んでいただき有り難うございます。「立江川、しらさぎ橋を渡りなば、遍路のいこう鮒の里」まさに、私がお遍路さんに、おせったいをしている気持ちを詠んでいただき感激をしているしだいでございます。
 平安時代の妻問の如くでありまして、我が息子が平安時代の文学を承知しているかは定かでありません。現在は垣間見で知る余地もなく、後朝の文を送るに至っておりませんが、やがてその時期も巡ってくると期待いたしております。
 相模の君に、「夕月夜、ベイブリッチを見渡せば、夢まぼろしの、如くなり」でございます。



                     立江川の親父より
 
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鮒の里  

2012-05-05 08:30:55 | Weblog
       横浜の公家遍路さんにお知らせ

 青龍寺までの区切り打ちの横浜のお遍路さんにお知らせします。説明途中の平安時代の公家の女性の衣装で「出衣」は部屋の簾や牛車の下簾などの下から衣を出すこと。下着の裾の端を出して着ることです。「御簾のうちに、女房、桜のか唐衣ども、くつろかにぬぎたれて、藤、山吹などいろいろこのましぅて、あまた小半蔀の御簾よりおしいでたる程、・・・「枕草子」より、平安時代の貴族たちはきらびやかな生活をしていたようです。現在の女性のフアションにも平安時代の貴族の女性が殿方を意識したフアションが多く取り入れられていると思います。如何なものですかね、・・・・

 話は少し飛躍しますが、平安時代に民、農民たちは年貢に苦しめられ大変苦しい生活をしていたと思います。現在の庶民の怒りがその当時も出ていたと思います。その時代に庶民の苦しみを救おうと現れたのが弘法大師ではなかったかと思います。いつの時代も庶民が様々な悩み、苦しみが耐えきれなくなった時に現れる人物が自分にとっての救世主かも知れません。






                     立江川の鮒より
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