monologue
夜明けに向けて
 



1963年4月、洋楽などあまり知らなかったわたしは高校に入ってレンズの厚い眼鏡をかけたカエルというあだ名のクラスメイトに洋楽のランキングというものがあると聞き小島正雄さんのやっていた「9500万人のポピュラー・リクエスト」という番組で発表されるキャッシュ・ボックス誌の全米ベスト10を聴き始めた。家族と別の部屋で毎週発表される1位の曲を聴いてベスト10をノートにつけるのが楽しみになった。

 Little Peggy Marchの 「I Will Follow Him」がMay 4からMay 18まで1位を続け、June 1からはLesley Gore の It’s My Party が2週1位になった。さすがにアメリカの歌はいいな、と思っていると次の週には、June 15日付けキャッシュ・ボックス誌第1位、Sukiyaki - Kyu Sakamotoと読み上げられた。驚きかつ感動的だった。全米ナンバー1の曲としてSukiyaki 上を向いて歩こうを聴くのはうれしいようなくすぐったいようななんとも表現のしがたい感慨があるものだった。それから June 29 まで三回そんな胸が熱くなる感覚を味わった。

 渡米した坂本九はSteve Allenの司会する Tonight show で落語の「隣の空き地に囲いができたってね」「へー」を「垣根ができたってね」と言って通訳を困らせていたがとにかく親しみやすい人柄が受けていた。
高校時代のノートを見ると坂本九のアメリカでのヒットはSukiyakiだけではなくSeptember 7には第2弾の「China night」が57位に入っている。なぜかれの曲でもない「支那の夜」を出したのか不可解だがそれ以外の曲ならもっとヒットしていたかも…。
fumio

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