80ばあちゃんの戯言

聞いてほしくて

日本は何故戦争に向かったか(33)

2011-11-01 04:52:59 | 戦争体験
NHK テレビ ”日本は何故戦争に向かったか”よりの抜粋


1941年10月初旬内閣書記官長室

陸軍省軍務局長武藤章

 ”海軍に自信がないなら会議ではっきり言うように海軍側に話して

 もらえないだろうか?”
 
 ”そんなこと簡単に海軍が承知するはずがない”日米開戦だけは

 なんとしても避けねばならんのだ。”


 それは決して公になることがない組織の駆け引きだった。

 海軍省軍務局中佐柴勝男証言

 ”私は横で聞いておったんですが、お前のところで何とかして

 くれれば、陸軍は俺が何とか収めるからと武藤さんは言われた

 んですけれども、いやあ、それは悪いと。僕はもうかんかんです

 からね。僕も書記官長(宮田健治)のところへ行って

 ”ずるいじゃないかと、是は総理大臣たる近衛さんの責任じゃ

 ないかと、近衛さんが決めるべきだと。”

 損な役回りを押し付けられそうになった海軍、今度はそれを別

 の組織に転嫁しようとしました。

 国家経済を統制し、国家の総合判断を行っている企画院です。

国家企画院総裁鈴木貞一証言

 ”二人、僕の家にやってきたんですよ。夜。海軍大臣及川と外務

 大臣をやっていた豊田。何のためにやってきたかと言うと企画院

 総裁に御前会議の時にだね、戦争は絶対にできませんと言うこと

 を御前会議の前に陛下に内奏してもらいたい、戦争は絶対にでき

 ない。やりたくない。 僕は言ったんですよ。
 
 そんなことはちょっとできません。海軍大臣がはっきりしたこと

 を仰らないと。”


 戦争か譲歩か10月上旬の決定期限が近づく中、追い詰められた

近衛首相は窮余の策を考えていました。なんとルーズベルトを担ぎ

出して太平洋上で日米トップ会談を開こうと言うのです。

内大臣木戸幸一証言

 ”ルーズベルトとしては意欲あるなと、それでまあ、近衛と会おう

 という、、、。”


海軍省兵備局長保科善四郎証言
 
 ”それでもう行く人まで決まってね。私が船の準備をしたんですから。”


 近衛の真の狙いは一部にしか明かされませんでした。全会一致の連絡

会議を通さずに直接ルーズベルトに撤兵案を申し入れ、引き換えに

石油供給の合意をとりつけ、それで天皇に報告、天皇後ろ立てに撤兵に

転向するように軍を押さえて戦争を回避するという計画でした。


企画院総裁鈴木貞一証言

 ”まあ支那から兵隊を全部引き揚げると向こうでぴしゃりと頭を下げ

 ちまうと、それで石油を返してくれるとそれで妥結できると、、。


 内大臣木戸幸一証言

 ”是はなあ、近衛君の止むを得ない時の常套手段みたいなもんだが

 要するに陛下のお力を借りたいと言うことなんですよ。で、いよいよ

 是でルーズベルトが同意したら、君に電報を打つから陛下に奏上して、

 それを陸海軍大臣に示してだ、陛下の思し召しと言うことで押し切ろう

 という話だったんですよね。結局この計画は軍との対立を恐れる首相

 が自分で軍に撤兵を説得する代わりに天皇や大統領の権威に頼ろうと

 したものでした。

(つづく)


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2 コメント

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Unknown (ぱんたか)
2011-11-01 21:01:11
 初めまして。
 時々拝見していますがこのエントリ、まだまだ続くのですか。
返信する
ありがとう (80ばあちゃんの戯言)
2011-11-02 09:57:25
ぱんたかさん ありがとうございます
もう少し続きます。ご辛抱ください。
返信する

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