今、私の手元に「昭和20年の思い出を語る会」と言う小冊子がある。
私の女学校の同期生、神奈川県立横濱第一高等女学校45期生の篠崎
孝子さんのご発案で同期生の45期生と46期生の皆さんのご協力で作
られたものである。
これは余談ですが、何故同期生が45期生と46期生と言うことに
なるのかと言いますと、この戦争直後現在の高等学校制度ができ、
それ以前は5年生で卒業するような制度でしたのが、戦争のお蔭で
4年で卒業させようということもあったようで、私たちの学年では
4年生で卒業する事も可能でしたし、普通に女学校を卒業すると5
年生卒で、又、新しい高校卒と言う事を選択しますと6年で卒業す
ることになりました。
ですから地方に疎開された方は4年で卒業された方もいらっしゃっ
たようで、私たちの学校でも、一年上の方は4年で卒業された方も
居られたようでしたが、私の学年ではお一人もなく、5年で卒業の
45期生と6年の46期生に分かれる事になったのです。
これは戦争の思い出ですので「昭和20年の思い出を語る会」を
編集された同期生の柴田(中田)トシさんにお願いして、ブログに
掲載させていただく事にいたしました。
企画してくださった篠崎孝子さんや御協力くださった皆様に感謝
と敬意を表しながらここに掲載させていただきます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「序にかえて」
☆ I 「昭和20年の思い出を語る会」へのおさそい(抜粋)☆
H7(1995年5月17日
早いものですねえ。日本が戦争に負けてからもう50年も経った
なんて・・・。
昭和20年には多くの人が空襲で丸裸にされただけでなく,肉親・
友人との別離、疎開による転出・入校、勤労動員、飢え、敗戦、
占領軍の進駐、思想の大転換、教育の混乱、その他一生忘れられ
ないような体験を沢山しました。
実は私自身,14~15才という感じやすい年ごろに受けた強烈
なインパクトが、その後の己の生きかたに計り知れない影響を持っ
たと強く感じている一人なんです。
そこでご提案ですが、50年前に味わった事、感じたことなど
を皆でお話し合いする会を持ってみませんか?
名づけて「昭和20年の思い出を語る会」とでもしましょう。
年齢も六十路の半ばにさしかかったいま、一人ひとりが”わが
人生”の総括をするのも悪くないんじゃないでしょうか。
でも、非力な私が一人で力んでみてもどれほどの事ができる
でしょう。いろいろ考えたすえ、次の方がた(アイウエオ順)
にお力を貸していただけないものか相談しました。
碓井(佐藤)ヤスコさん 長井(八木)文枝さん
安田(竹腰)美代子さん 柳沢(岡崎)和子さん
何と、全員が即座に”OK”とのお返事でした!
そして5月14日、安田(竹腰)さんのお宅に集まって具体的
な打ちあわせをしました。
いうまでもなく、この会の主役はあくまでも参加してくださる
あなたです。お話し合いの内容を記録としてまとめ、次の世代
へのメッセージとして、母校にお贈りするのも良いでしょう。
ちなみに第一高女は21世紀の初めに創立100年を迎える
そうです。
上記の趣旨をご理解くださり、「昭和20年の思い出を語る
会」にご賛同、ご参加のお気持ちがおありのかたは、5月25日
(木)までに次のような内容で幹事のいずれかへご連絡いただけたら
と思います。
① 話し合いに参加する気持ちがある。(できれば実施の
方法なども)
② グループでの話し合いの際,コーディネーターを引き
受けてもよい。
③ 体験記を送りたい。
④ 特に○○さんの話を聞きたい。
⑤ その他
篠崎(松信)孝子
♡開催要領
日時:平成7年7月2日(日) 午前11時
場所:有隣堂 営業本部ビル 6F会議室
〒244 横浜市戸塚区信濃町881-16
費用:昼のお弁当代として約2千円ご用意ください。 以上
(つづく)
私の女学校の同期生、神奈川県立横濱第一高等女学校45期生の篠崎
孝子さんのご発案で同期生の45期生と46期生の皆さんのご協力で作
られたものである。
これは余談ですが、何故同期生が45期生と46期生と言うことに
なるのかと言いますと、この戦争直後現在の高等学校制度ができ、
それ以前は5年生で卒業するような制度でしたのが、戦争のお蔭で
4年で卒業させようということもあったようで、私たちの学年では
4年生で卒業する事も可能でしたし、普通に女学校を卒業すると5
年生卒で、又、新しい高校卒と言う事を選択しますと6年で卒業す
ることになりました。
ですから地方に疎開された方は4年で卒業された方もいらっしゃっ
たようで、私たちの学校でも、一年上の方は4年で卒業された方も
居られたようでしたが、私の学年ではお一人もなく、5年で卒業の
45期生と6年の46期生に分かれる事になったのです。
これは戦争の思い出ですので「昭和20年の思い出を語る会」を
編集された同期生の柴田(中田)トシさんにお願いして、ブログに
掲載させていただく事にいたしました。
企画してくださった篠崎孝子さんや御協力くださった皆様に感謝
と敬意を表しながらここに掲載させていただきます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「序にかえて」
☆ I 「昭和20年の思い出を語る会」へのおさそい(抜粋)☆
H7(1995年5月17日
早いものですねえ。日本が戦争に負けてからもう50年も経った
なんて・・・。
昭和20年には多くの人が空襲で丸裸にされただけでなく,肉親・
友人との別離、疎開による転出・入校、勤労動員、飢え、敗戦、
占領軍の進駐、思想の大転換、教育の混乱、その他一生忘れられ
ないような体験を沢山しました。
実は私自身,14~15才という感じやすい年ごろに受けた強烈
なインパクトが、その後の己の生きかたに計り知れない影響を持っ
たと強く感じている一人なんです。
そこでご提案ですが、50年前に味わった事、感じたことなど
を皆でお話し合いする会を持ってみませんか?
名づけて「昭和20年の思い出を語る会」とでもしましょう。
年齢も六十路の半ばにさしかかったいま、一人ひとりが”わが
人生”の総括をするのも悪くないんじゃないでしょうか。
でも、非力な私が一人で力んでみてもどれほどの事ができる
でしょう。いろいろ考えたすえ、次の方がた(アイウエオ順)
にお力を貸していただけないものか相談しました。
碓井(佐藤)ヤスコさん 長井(八木)文枝さん
安田(竹腰)美代子さん 柳沢(岡崎)和子さん
何と、全員が即座に”OK”とのお返事でした!
そして5月14日、安田(竹腰)さんのお宅に集まって具体的
な打ちあわせをしました。
いうまでもなく、この会の主役はあくまでも参加してくださる
あなたです。お話し合いの内容を記録としてまとめ、次の世代
へのメッセージとして、母校にお贈りするのも良いでしょう。
ちなみに第一高女は21世紀の初めに創立100年を迎える
そうです。
上記の趣旨をご理解くださり、「昭和20年の思い出を語る
会」にご賛同、ご参加のお気持ちがおありのかたは、5月25日
(木)までに次のような内容で幹事のいずれかへご連絡いただけたら
と思います。
① 話し合いに参加する気持ちがある。(できれば実施の
方法なども)
② グループでの話し合いの際,コーディネーターを引き
受けてもよい。
③ 体験記を送りたい。
④ 特に○○さんの話を聞きたい。
⑤ その他
篠崎(松信)孝子
♡開催要領
日時:平成7年7月2日(日) 午前11時
場所:有隣堂 営業本部ビル 6F会議室
〒244 横浜市戸塚区信濃町881-16
費用:昼のお弁当代として約2千円ご用意ください。 以上
(つづく)