LGBTの家族と友人をつなぐ会ブログ

レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの家族や友人による会のブログです。

第19回ミーティングのご報告

2008年08月05日 | ミーティング
7月27日(日)、第19回ミーティングを行ないました。参加者は10名でした。(告知が遅かったですね。申し訳ありませんでした・・・)簡単な自己紹介の後、ゲストスピーカーとしてお招きした松蔭女子学院大学の勝木洋子先生からいろいろなお話を伺い、そのあとみんなで意見の交換などを行いました。

この日を迎える2年以上も前に、じつは勝木先生とは運命的な出会いがありました。初めて神戸の男女共同参画市民企画事業に応募したとき、選考のためのプレゼンテーションの機会があり、そのとき選考委員の一人として座っておられたのが勝木先生でした。何しろ初めての挑戦でしたので選考に落とされてはなるものかと(笑)、社会の偏見の中で自分らしく生きられずに苦しんでいる人がたくさんいること、カミングアウトされて驚き嘆く親が多いこと、クラスに一人以上はいるはずなのに行政も教育者も何も知らないこと、だからひとりでも多くの市民に、特に学校の先生に性の多様性を知ってもらいたいことなど、一生懸命話しました。勝木先生はそのとき「尾辻かなこさんのサイトは時々読ませていただいていますよ。いい企画ですね。どうせなら幼稚園から高校まで呼びかけてみたらどうでしょう」と。人権啓発協会でも教育委員会でも誰も正しい知識を持った人はいなかったのに、これほど肯定的に受け止めてくださるとは・・・こちらがびっくりしたのを今でもはっきりと覚えています。「へー知っている人もいるんだ!」「さすが男女共同参画・・・」と。

「男女共同参画では、すべての人が自分らしく生きられるのが当然と考えています」というお話から始まって、元気の出るいろいろな情報をいただきました。そのうちのいくつかをまとめてみました。

・男性性と女性性は、性器的レベル・身体的レベル・心理的レベル・社会的レベルどのレベルにおいてもはっきりと二つに分かれているのではなく、多分に重なっているものである。
・たとえば体力的に見ると男性のほうが上回ると思われがちだが、マラソンでは42,195kmを超える距離では女性のほうが持久力があるとも言われている。(1970年のボストンマラソンでは男子に化けて走った女性がいたとか。体力にもはっきりとした差があるとは言えない)
・ビルマでは両性を持った人はとても貴重な存在として扱われている。親もそんな子どもが生まれると喜ぶ。
・またカナダでは障害児が生まれると地域が喜ぶ。その子の家族も地域もそのような子どもを育てられること、一緒に生きていけることがすばらしいと。(なるほど。障害児と言っても健常児と違っているというだけ。違いが豊かさにつながるから、ということですね)
・服装で心は変わる。男性が口紅を塗ると行動が自然と変わったりする。違う性を覗いてみるのもいいこと。
・性同一性障害の人から聞いたというお話。彼らには違和感というより本来の姿にかえりたいという願望がある。性適合手術で胸がなくなる、生理がなくなると、すっきりする、という感覚。一つの人生で二つの性を経験できる。考えてみればいい人生だと思う。
・カナダのビクトリア大学の例。大学のクラブには様々なものがある。様々なマイノリティを支えたり、交流できたりする。決まった部屋があっていつでもそこに行くと仲間に会えたり、相談できたりする。(帰ってホームページを見てみました。プライド・コレクティブという多様な性のクラブもありました。ほとんどの大学にあるそうです。日本に学生相談はありますが、同性愛でいじめられてそこに相談した結果、先生の間に広まって裁判になったという話を聞いたことがあります。まだまだそんな状態・・海外ではこれらのクラブはすべて学生自身が運営しているそうです。すばらしいですね。日本でもこんなクラブを堂々と作ろうではありませんか!!)

この他にも、ビデオを使って授業をしたあとの学生の様々な変化などもお話くださいました。うまく伝えられないのが歯がゆいです。もっと多くの方に聞いていただきたいと思うお話でした。なによりも先生ご自身がとても前向きで「生まれてきたからには楽しまなければ損でしょう・・」「どんなハンディキャップだって、ひとつのパーソナリティ!私はめがねなしでは歩けませんが、補うものがあればいいのでは。それが当然!という社会になればいい」というお話には納得でした。また教育の必要性についてお聞きすると、「少なくとも教員になる学生にとっては、多様な性を学ぶことは必須です。大学側にはいつもそう話しているけれどまだ実現しない」頑張れ~、勝木先生!!私たちも応援します!

また先生は障害者のスポーツ指導員もしておられ、参加者の中にも障害を持ちながらスポーツをしている方がおられたので、はじめて知った事もありました。たとえば移動の手段がない、車がないときなど「足がない」という言葉を私たちは平気で使うけれど、実際に足がない人にとってはとっても傷つく言葉であるということ。また未熟児を生んだお母さんにとっては「小さい子ども」という何気ない表現さえ、胸に刺さると。知らないで人を傷つけていること、たくさんあります。

たしかにハンディキャップをパーソナリティと簡単に言えない人も多いです。まだまだ補うものがないために・・。でも補うものがあっても言えない人もいる。もう一方では補うものがなくてもそう言える人もいるわけで、やっぱり人は前向きで行かなくちゃ!と先生に教えていただいたミーティングでした。



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