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偶然の音楽/ボール・オースター(柴田元幸訳)/p7 感想その4「フィオーナ」

2018-01-29 19:31:11 | 本の要約や感想
ジム・ナッシュは全米中を目的地もなくただ駆け巡るだけの旅の途中、カリフォルニアのバークレーの本屋で懐かしい知り合いの女性フィオーナと偶然に再会した。

ジム・ナッシュは今は家財をすべて処分し帰る家もないわけだが、もともとは東海岸のボストンに妻と娘と暮らしていた。

そして前回までに説明したような経緯でアメリカ中を車で走り回っていたのだが、今回は真反対の西海岸の、と或る本屋に旅行の案内書でも買おうかと立ち寄ったのだった。

この余裕。この贅沢。

自分の生活エリアから5000キロも離れた場所でなんとなく本屋に立ち寄るという自由さ。

ついでにシェイクスピアでも買おうかと棚の前で選んでいたら、突然、横から腕が伸びてきて、本を一本指で指し、

「これにしなさいよ。ジム」

見れば2年ほど前にボストンで消防士の自分を取材した女性記者で、当時もなんとなく互いに惹かれ合ったが結局何もなく、そのまま取材の終了とともに関係は途切れたフィオーナであった。

それから4晩をフィオーナの部屋で供にし、ジムはこのまま一緒に暮らすこともひとつの望みとして感じたが、しかしどうしても旅への誘惑に勝てず、また旅だってしまう。

しかし、それから半年ほど、7月の終りまで、3週間に一度はフィオーナの部屋へと戻った。

前年に死んだ父から受け取った遺産は20万ドル。'90年代当時なら日本円で3千万円くらいだろうか。そこから娘の信託預金に6万ドルを残した。そして一年近くの放浪で全財産は底が見え始めた。

ジムは考えた。金の終りは旅の終り。そして自由の終り。自由の終りは未来の終り。よし、所持金が2万ドルまでは旅を続けよう。しかし2万ドルを切ったらカリフォルニアへ戻ってフィオーナに結婚を申し込もう。ジュリエットを引き取って、さらに弟や妹を作って幸せに暮らそう。それが自分の存在する意味だとしてもいいじゃないか。

ところがその頃、フィオーナには元恋人が戻ってきていて、ジムに泣きながらそのことを告げた。そして「あなたは当てにならないの」とも。

心の底ではフィオーナの言うとおりだと思ったが、(中略)怒りの炎は何日も燃えつづけ、それがようやく収まりかけてからも、足場は取り戻されたというよりむしろ失われてしまっていた。第二の、さらに長い苦悩の日々にナッシュは墜ちていった。(30p)柴田元幸訳


そしてまた、いやさらに、もっと自分をまるで追い込むかのように過酷な長距離のドライブをジムは続けたが、経済的に、精神的に、袋小路に陥ったことを悟り、じきに何かが起きないことには金が尽きるまで旅を続けてしまうだろう。金が尽きた時、それは旅の終りと同時に、自分の人生の終りではないかと感じるようになった。(人生の終りとの記述はないが。)

そのため、車中泊を繰り返し倹約をしたり、逆に士気を高めようとニューヨーク州のサラトガのホテルに部屋を取り、競馬場に通い一週間を過ごしたりした挙げ句、財産はまたさらに減ってしまい、その時、旅立ちから1年と2日が経っていて、手持ちの金は1万4千ドルになっていた。

まだ絶望に屈したわけではなかったが、もうその日も近い気がした。あと1,2ヶ月のうちに完全なパニックに追いやられてしまうだろう。(31p)柴田元幸訳


ジムはニューヨークへ行くことにしたが、高速ではなく、田舎道をゆっくり進むルートを選んだ。ゆっくりと走ればだいぶまいっている神経も落ち着くかもしれないと思ったのだった。

妻に逃げられ、娘は父親が誰か忘れかけていて、自分の存在理由を見失い、それを見つけに旅に出たというのに、やっと見つけた暖かな未来フィオーナに慎重に着陸をしようとしたら最後に拒絶をされてしまい、やけになって速度を上げて走り回ったが何も見つからず、とうとう自由を買うための経済力も底が見え、節約をしたり、逆に賭けに打って出たり、そして今、望みもほとんど尽き果てて、速度に疲れたジム・ナッシュは緩い速度でニューヨークへの田舎道を走っているのだった。これをまさに迷走というしかない。

牧草地を見ながら45キロくらいで走っていると若い男がよたよたと歩いているのが目に入った。服は破れ、顔は腫れて、ひどい状態であることがわかった。

ジムは車を停めて、助けは要るかとその若い男に訊ねると、男はひと言も言わずによろよろと怯えた顔でジム・ナッシュの車に、いや人生に入ってきたのだった。

つづく。

偶然の音楽/The Music of Chance/1990/柴田元幸訳/新潮文庫
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