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三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

「神さまのまなざしを生きる」

2012年07月22日 | 本を読む
ある晴れた日のカトリック八王子教会
(住所:東京都八王子市本町16-3)

稲川圭三神父が麻布教会へ異動されてから、約3ヶ月が経った。「キリストを信じるすべての者よ・・・」。八王子教会で「復活の続唱」を先唱された稲川神父の歌声が、今も私の耳に残っている。一昨年、私は精神的な苦しみから教会へ通うようになったが、八王子教会で初めての主日ミサに与って以来、稲川神父の説教に強く惹かれた。毎回の朗読箇所から、埋もれた宝のような「神さまが共にいてくださる神秘」に光を当て、福音を宣べ伝えられていた。

ある朝ミサの時であった。その頃、私は聖体拝領になると、自席に留まっていた。それは神の御前に立つという畏れ(注)と、未信者は席で待つべきものという幼少時の記憶によるものである。その日も私は席にいた。すると、聖体拝領を終えられた信徒の方から、「神父様が、どうぞ祝福をお受けくださいと仰っていますよ。せっかくお見えになったんだからって」との伝言をいただいた。 私は徴税人ザアカイのように歓喜すると共に、自分の頑なな態度を恥じた。

麻布教会へ異動される直前、稲川神父の説教集「神さまが共におられる神秘」に続き、「神さまのまなざしを生きる」が出版された。稲川神父の説教は「原稿なし」のため、信徒の方が録音を文字に起こすことを望み、それが書籍化されたもの。私は本書を読むたびに、稲川神父が説教を自ら手話で同時通訳されたり、土曜の主日ミサで子どもたちと一緒に歌われていた姿が甦る。「神さまは共におられます。わたしと共におられ、あなたと共におられます」。


<カトリック八王子教会聖堂>

(注):プロテスタント系の高校時代、神は私にとって厳父のような存在であり、聖書は絶対の戒律として読んだ。学校側の「やや偏った」宗教教育の影響だろう。先月、私は武蔵豊岡教会(日本基督教団)の主日礼拝に参列して、プロテスタントの敬虔な祈りを初めて知った。

◆主な参考文献など:
「神さまが共におられる神秘」 稲川圭三著(雑賀編集工房・2012年)四六判・178頁。説教17編を収録。
「神さまのまなざしを生きる」 稲川圭三著(雑賀編集工房・2012年)A5判・298頁。説教70編を収録。
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「主をほめたたえよ」

2012年06月16日 | 本を読む
ある主日ミサ後のカトリック浅田教会
(住所:神奈川県川崎市川崎区浅田4-8-13)

今年の3月、川崎市の浅田教会を訪ねた時は、ちょうど主日ミサが終わった時間帯で、玄関は信徒の方々で賑わっていた。私が聖堂内へ入ろうとすると、外国人の神父様から「おや、初めての方?」と気さくに声をかけられた。お名前を伺うと、「エドワード。でも、ケネディじゃないよ」とギャグをご披露。この方が主任司祭のエドワード・ブジョストフスキ(Edward Brzostowski)神父であった。1971年以来、40年以上も浅田教会で司牧され、日本語の著作もある。

1932年、エドワード神父はフランスで生まれた。両親はカトリックの信仰が篤いポーランド人で、エドワード師は子どもの頃から神父への憧れがあった。その後、ポーランド系高校に入学。教師はナチス強制収容所で虐待された神父たちだったが、彼らから戦争や差別を憎み、希望を失わない不屈の精神を学んだという。神学生時代にプラド司祭会に入会し、アジア宣教の夢を抱き始めた。以上の半生はエドワード神父の著書「主をほめたたえよ」に詳しい。

1963年の初来日後、川崎で公害病に罹患。このことから、弱い立場で苦しんでいる人々に無関心でいられなくなり、カトリック司祭として社会問題に取り組まれた。その傍ら、「絶えず祈りなさい」などの敬虔な信仰生活にいざなう本を著されている。「祈れば祈るほど、心の器が益々深く、広く、大きくなっていき、それにつれて聖霊の愛に満たされていきます」(同書)。 エドワード神父も、全世界に行って福音を宣べ伝えた外国人宣教師たちの末裔と思う。


<エドワード神父の著作>

◆主な参考文献など:
「主をほめたたえよ」 エドワード・ブジョストフスキ著(日本基督教団出版局・1986年)
「絶えず祈りなさい 心からの祈り」 エドワード・ブジョストフスキ著(新世社・2002年)
「キリスト教を生きる14のヒント」 エドワード・ブジョストフスキ著(女子パウロ会・2009年)
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台所のマリアさま

2011年08月13日 | 本を読む
カトリック渋谷教会の聖母子像
(住所:東京都渋谷区南平台町18-13)

夏休みも中盤を迎えた。私が団地っ子であった頃、早朝は近所の公園でラジオ体操、午前は学校プール、午後は友だちと遊んでばかりいた。実に「規則正しい生活」を送っていたと言えよう(笑)。そして、団地の自治会が主催した「盆踊り大会」「きもだめし」などの行事も懐かしく思い出す。高学年の夏休みになると、私は海外の児童文学を読み耽るようになった。ロルンゼン「のどか森の動物会議」、ロダーリ「チポリーノの冒険」、ジェザーチ「かじ屋横丁事件」等々。

きょう、ご紹介するゴッデン女史(注)の「台所のマリアさま」は、最近になってイエズス会の聖三木図書館で見つけた。残念ながら、本書は私の小学校の図書室には無かったらしい。読了後、直ちに古書店で旧版を入手したほど感銘を受けた。物語のあらすじを記すのは難しい。内気な少年グレゴリーは、家政婦のマルタに漂う寂しさが気になる。マルタは戦災難民のウクライナ人だ。彼女の故郷では、台所に聖母子の「着物を着せた絵」を飾る習慣があるという。

どうやらマルタの悲しみは、台所に懐かしの聖母子がいないこと、そしてウクライナへの望郷を募らせていることにあるようだ。それを誰よりも痛感したグレゴリーは、マルタを慰めるために密かな計画を実行する・・・。 「隣人を我が身の如く愛せん」の思いとともに、作者が最も伝えたかったことは、次の聖書の言葉に要約されよう。「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」(マタイ18・4)。本書を飾るC・バーカーの挿絵も素晴らしい。


ルーマー・ゴッデン著・猪熊葉子訳 「台所のマリアさま」
(評論社・1976年・小学上級向: Illustrated by Carol Barker)

(注):Rumer Godden(1907-1998年)は英国の作家。映画「河」「黒水仙」の原作者としても有名。児童文学の作品も多く、「人形の家」「ねずみ女房」など。「台所のマリアさま」(The Kitchen Madonna, 1967年)を発表した頃、ゴッデンはカトリックに改宗。
コメント (4)
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イエスのみ心

2011年07月01日 | 本を読む
“疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい”
カトリック中原教会にて
(住所:神奈川県川崎市中原区今井南町500)

「イエスのみ心は全人類に対する神の愛の象徴としてイエスの心臓を表し、その信心はイエスのみ心に表される神の愛を思い起こし、その無限の愛のしるしであるみ心をたたえるものとして中世に始りました。特に聖マルガリタ・マリア・アラコック(1647-90)がみ心の信心についての啓示を受けて17世紀にフランスで広まりました。1856年に教皇ピオ9世によって、イエスのみ心の祭日がご聖体の祝日後の金曜日に全世界で祝うことが定められました」。(カトリック中央協議会)

7月1日(金)、「イエスのみ心」の祭日を迎えた。八王子教会の朝ミサへ行きたかったが、どうしても都合がつかなかった。自宅で静かに祈りを捧げようと思う。ところで、イエスと私が初めて出会ったと言えるのは、小学生向きに書かれた伝記「キリスト」を通してであった。この本の作者は、クリスチャンで児童文学作家の永井明氏。そして、素晴らしい挿画は「ふしぎなえ」などの絵本で知られる安野光雅氏。遠い昔、カトリック信徒の祖父が私に贈ってくれた本である。

「イエスの目は、おこった目ではありませんでした。かなしい、かなしい目でした。(中略)ペテロは、だれも人のいない草原に、たおれるように、からだをなげだして、ウオン、ウオンと、ほえるような声をあげて、なみだのありったけ、なきました」(ペトロの離反)。私はこの部分を読むと、今も感極まってしまう。永井氏の優しい語りを通して、イエスのみ心に触れたように思う。私の書架には子ども時代の愛読書が少なからず残っているが、この本は掛けがえのない一冊である。


永井明著・安野光雅画 「キリスト」
<母と子の世界の伝記・11>
(集英社・1973年)

◆主な参考文献など:
「日本のキリスト教児童文学」 日本児童文学学会ほか編(国土社・1995年)
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信心生活の入門

2011年03月03日 | 本を読む
「聖フランシスコ・サレジオの信心生活の入門」
戸塚文卿訳 ◇ 日本カトリック刊行会・1931年
(祖父の遺品のロザリオとともに)

小金井教会の追記となるが、今回は戸塚文卿神父の訳書「聖フランシスコ・サレジオの信心生活の入門」をご紹介したい。原著者のフランシスコ・サレジオは、ドン・ボスコが創立したサレジオ会を通して、日本でも知名度の高い聖人の一人となっている。目黒の碑文谷教会(注)を始め、サレジオの名を戴いた学園や福祉施設は多い。ドン・ボスコがこの聖人の名を選んだ理由は、「サレジオの穏やかな優しさをもって、人々をイエスへ引き寄せるため」であった。

フランシスコ・サレジオ(1567-1622年)は、反カトリック派からも敬愛された柔和の聖人。その代表的著書が「信心生活の入門」である。本書はフィロテアという名の弟子に諄々と諭す形式を取っているが、実際はサレジオが一夫人に宛てた霊的助言の書簡集を再構成したもの。日常生活の場面を通して、「信心の泉」を見いだす示唆と実践方法が、平易な文体で詳述されている。戸塚神父は本書を「大学の医局時代に、医学論文はそっちのけで」訳了したという。

私の手元にあるのは、1931年の普及版(文庫判)。未信者の私が本書を読むには、時期尚早かもしれない。何しろ、カテキズムの基本も知らないのだから。だが、独りで祈ることが多い私にとって、サレジオの説く黙想の方法は貴重な指南となっている。また、フィロテアに語る言葉は、「敬虔なる生活」への箴言でもある。「絶えず、十字架上のイエズス・キリストに眼をそゝぎ、信頼と単純とを以て、しかも、聡明に用心深く、主に仕へ奉らんが為に努力してゆかう」。


サレジオ神学院本館:東京都調布市
“真の謙遜は、謙遜の仮面をつけず、謙遜の言(ことば)を発しない”
聖フランシスコ・サレジオ

(注):碑文谷の教会堂名は「江戸のサンタマリア」だが、一般的には「サレジオ教会」の名で親しまれている。
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