三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

カトリック小金井教会

2011年03月01日 | 東京のカトリック教会
カトリック小金井教会(教会堂名:使徒聖ヨハネ)
創立:1975年 ◇ 住所:東京都小金井市桜町1-2-20

「茶屋を出て、自分らは、そろそろ小金井の堤を水上のほうへとのぼりはじめた。ああその日の散歩がどんなに楽しかったろう。なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である」(国木田独歩『武蔵野』)。武蔵野の自然を愛した独歩が、1895年頃に小金井を訪れた時の印象である。若き日の独歩はプロテスタント教会で受洗した。

JR中央線の武蔵小金井駅で降りる。桜町病院を目指して歩く。小金井教会は病院の広い敷地内にある。このカトリック系病院では、聖ヨハネ会(注)のシスターも働いているという。近年建て替えられたばかりの大病棟とは対照的に、教会の聖堂はささやかなもの。信徒のみならず、一般の患者も祈りに来ることもあろう。桜町病院の歴史は古く、『名作と歩く多摩・武蔵野』(青木登・のんぶる舎)によれば、上林暁の私小説『聖ヨハネ病院にて』の舞台となっている。

桜町病院を創立したのは、カトリック司祭で医師の戸塚文卿(とつか・ぶんけい:1892-1939年)。カトリック系の暁星中学を経て、東大医学部を卒業。欧州留学中に「神の召命を自覚して」司祭になったという。帰国後は、貧しい人々や結核患者のための施設を開いた(千葉の海上寮療養所など)。1939年、戸塚神父は桜町病院の発足直後に、47歳の若さで亡くなった。病院の付属聖堂から発展した小金井教会は、戸塚神父の遺産の一つと言ってよいだろう。


現聖堂献堂:1976年


カトリック小金井教会の聖母子像

(注):正式名称は「福音史家聖ヨハネ布教修道会」。その起源は戸塚文卿神父が組織した任意団体に遡る。桜町病院の敷地内に、本部修道院や修練院などがある。

◆主な参考文献など:
・「武蔵野」 国木田独歩著(角川文庫・1981年)
・「戸塚神父伝 神に聴診器をあてた人」 小田部胤明著(中央出版社・1989年)
・「病院のご案内」 (社会福祉法人聖ヨハネ会桜町病院・2010年?)
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4 コメント

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教会巡り (テレーズ)
2011-03-04 22:04:53
 こんばんは、そして、初めまして!テレーズと申します。私も教会巡り、大好きです♪

 今は、カトリック信者ですが、未信者時代から、宗派問わず色々なキリスト教会を訪れ、礼拝やミサなどに参加してきました。

以前、会社勤めをしていた頃は、出張先などで時間が出来た時は、なるべく出張先の教会に寄ったものです。東京は、教会だらけ?で、とっても恵まれてますよね~。

 エウティコさんは、多摩周辺にお住まいなのですね。カトリック多摩教会へは、行かれることはありますか?

というのも、私の周りでは今、晴佐久昌英神父ブームが起きていて、実は、私も一度、お話を聴いただけで、その理由が解り、すごく納得しました。

私も近くに住んでいたら、絶対、晴佐久神父様の講座に通うのにな~、と空想に浸る日々なのです・・・。私の理想とするキリスト者の生き方をされている方なのです。そして、出会った人を、たちまち元気にして、笑顔にしてしまう人。弱いところや、失敗したことも素直に認めて、相手に真剣に向き合うところは、すごくすごく、見習いたいと思っています。

 もし、多摩教会の晴佐久神父様のごミサにあずかることがありましたら、ぜひ、近況を教えて頂けると、嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
返信する
晴佐久神父様 (エウティコ)
2011-03-05 19:17:40
テレーズさん、はじめまして。

このささやかなブログへ、ようこそお越しくださいました。信者の方からコメントを頂いたことを嬉しく思います。未信者ならではの滑稽な記事の羅列ではありますが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

昨年10月23日(土)の夕方、私は多摩教会での主日ミサに与りました。もちろん、司式は晴佐久神父様です。日付まで記憶しているのは、この日は八王子教会で「初めての主日ミサ」に与った後、多摩教会のミサへと“ハシゴ”したからなのです。

晴佐久神父様の説教は、とにかく聞き手を惹きつける内容でした。プロテスタント高校時代の説教と言えば、長時間の忍耐しか思い出せないのですが、私にとって初めての主日ミサの説教は、八王子教会の稲川神父様のお話とともに、忘れられないものとなりました。

この日、晴佐久神父様は「心の平安」についてお話になりました。「宗教とカルト教団の違いは明瞭です。地獄の恐怖を殊更に煽るカルト教団に対して、本当の宗教は人々の魂を救うことを第一に考えています。心に平安を与えるのが宗教なのですから」。この晴佐久神父様の言葉が、よく通る声とあいまって鮮明に残っています。

正直に言うと、私には晴佐久神父様の「人気のほど」を見てみたいという野次馬根性があったのです。しかし、それは本当に浅ましい考えでした。晴佐久神父様は私より年長でいらっしゃいますが、外見的には私の方が老けて見えますね(悲)。全く青年のような神父様です。
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エウティコ 様 (テレーズ)
2011-03-14 17:07:14
 たいへん遅ればせながら、レスありがとうございました。

 そんな間に、日本は大変なことになってしまいましたね・・・。とても悲しいです・・・。でも、エウティコ様がご無事で何よりでした。本当に、全国の被災者の方々のお見舞いと、亡くなられた方々の平安をお祈り申し上げたいと思います。

 こんな時こそ、希望を持つことが必要ですよね・・・。エウティコ様のHPからは、とても誠実なお人柄が伝わって来ます。ここを見て、癒されている方も、きっと多いと思います。

 昨日のごミサの、お説教のホスチアのお話で、「自らの身を割いて捧げることを愛と言います。」とのお言葉がありました。

今回の震災で、日本が失ったものは大きいですが、みんなで心を1つにして、小さくても良いから、それぞれが出来る事を分かち合って、お互いに助け合えたらと願っています。

 ぜひ、これからもHPを通して、希望の灯りを灯しつづけてください。 
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希望をもとめて (エウティコ)
2011-03-19 13:12:39
テレーズさん、こんにちは。

東日本大震災から一週間が経過しました。
余震と原発の恐怖が続き、今日もまんじりともしない夜を迎えます。

大震災の当日、私は室内にいましたが、屋外の木々や電線が激しく揺れるのを見ました。棚から物が落ちることはなかったのですが、これまでに経験したことのない恐怖でした。

今も被災地へ救援物資が行き渡らない状況に、もどかしさを感じています。地震と津波から逃れたのに、避難所で亡くなられたという痛ましいニュースも伝えられています。原発の退避圏内の病院では、無責任な医療スタッフが遁走し、多くの高齢者が置き去りにされました。本当に胸が痛みます。

計画停電によって、多摩地域のカトリック教会も早朝の週日ミサが中止になるところも出てきているようです。
四旬節に入りましたが、私も受難の道を歩みながら、一日も早く被災地が復興することを祈りたいと思います。
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