平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

嫌われ松子の一生

2006年10月19日 | 小説
 人を信じて愛して裏切られてきた川尻松子の物語。

 信じて愛した男たちはこう。
・教育者として尊敬していた校長の田所。
・松子に好意を寄せていた同僚教師の佐伯。
・自分に盗難の罪をなすりつけた龍洋一。
・自殺した文学青年徹也。
・松子を弄んだ妻子持ち岡野。
・松子をいいように利用したシャブ中毒の小野寺。
・刑務所に入った松子を待っていないで別の女と結婚した理容師の島津。
・自分の愛を受け入れず逃げた龍洋一。(洋一は二度、松子の人生と関わる)
・シャブ、殺人、罪を犯した松子を受け入れなかった弟の紀夫。
・自分を愛してくれなかった父親。

 物語はこうした男たちに裏切られて転落していく松子の流転の人生を描いていくが、文庫版解説の香山二三郎氏は転落の理由をこう分析している。
 1.家族の支えがない。
 2.男を見る目がない。
 3.運やツキもない。
 4.人生の指針もない。

 殺人を犯した松子の性格を判決文はこう描いている。
「自己中心的で、場当たり的で、狭い視野でしか対人関係を築けない」

 松子には男にのめり込んでしまう性格がある。
 父親の愛を得るために、進みたかった理学部でなく文学部に進学して教師になる。
 文学青年のためにソープで働く覚悟をするし、稼いだお金をすべてシャブに使ってしまう男のためにソープで身を削って働いている。
 逃亡先で親切にされた美容師(結婚の約束もした)と共に理髪店を行う夢のために刑務所では理容師の免許を取るためにがんばる。
 シャブでヤクザに狙われた洋一と心中する覚悟をするし、洋一が刑務所で服役していると、刑務所の側の理髪店で働いて出所を待っている。

 しかし、こういうふうにも解釈できる。
「自分の居るべき場所は、たぶん。ここではない。わたしにとって安住の地は、どこかにある。きっとある。あるはずだ」(下巻・P182)
 松子の人生は「安住の地」を求めての人生であった。
 それが男の腕の中であっただけ。

 そんな松子が今までの人生をふり返ってこう決心する場面がある。
 ソープ時代に稼いだお金の残額1000万円を通帳に見てこう思う。
「結局、わたしを裏切らなかったのは、お金だけなのか。いいだろう。それならわたしにも考えがある。もう誰も信じない。誰も愛さない。誰にもわたしの人生に立ち入らせない」(下巻・P342)

 そして何故か怒りが込み上げてくる。(下巻・P346)
「田所、なぜわたしを乱暴しようとした?なぜわたしを学校から追い出した?
 佐伯、なぜわたしをかばってくれなかった?
 徹也、なぜわたしを連れていってくれなかった?
 岡野、なぜわたしを弄んだ?
 小野寺、なぜわたしを裏切った?
 島津、なぜわたしを待っていてくれなかった?
 洋くん、なぜわたしを置いて逃げた?
 紀夫、なぜわたしを許してくれなかった?
 両親、なぜわたしを愛してくれなかった?
 わたしがこんなになったのは、おまえたちのせいだ」

 今までの人生をこう恨み、憎しみで総括してしまう松子。
 怖ろしいと共に、今までの居場所を探すために一生懸命だった松子の人生を知っている読者には、とてもせつない。
 怖くてせつない。
 こんな複雑な感情を表現するのが、すぐれたエンタテインメント作品であると思うが、この「嫌われ松子の一生」には、こうした様々な感情が渦巻いている。
 やはり感情がドラマを作るのだ。

 喜び、怒り、哀しみ、希望、絶望、諦め……。
 松子の人生はまさにそれらが渦巻いた人生であった。
 松子の心の中には常に嵐が吹いていた。
 そんな心の中の嵐がおさまったのは、彼女が死んだ時であった。
「ただいま」
 死はすべてを浄化する。

 松子の人生を追って、松子のことを少し理解した甥の笙。
 ラスト。
 彼の理解を得て、自分の人生が彼が生きる上での足し・教訓になって、松子は少し嬉しそうであった。
 
★追記
 この作品に登場する女性は皆たくましい。
 この女性たちについては後日記事にしたいと思う。

コメント (4)
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