桃井章の待ち待ち日記

店に訪れる珍客、賓客、酔客…の人物描写を
桃井章の身辺雑記と共にアップします。

2012・4・25

2012年04月26日 | Weblog
私は、最初に歯磨きをつけないで時間をかけて歯茎を中心に磨いてから、次に電動歯ブラシで磨いて、最後に歯磨きをつけて磨くの、と彼女は自分の歯磨きのやりかたについて喋る。俺は‥‥まずは朝、バスタブの中に入って本を読みだす。でも、途中で飽きたり疲れたりする。そんなとき、バスタブの近くに常備してある歯ブラシを手にとり、君と同じように歯茎を中心に奥歯から磨きだすんだ。今読んでいる章まで終わってしまおうと思って磨いている内に、気づかない内に次の章まで読んでしまったりしてね。歯間ブラシまていれると毎日30分近くは歯を磨いていることになるんじゃないかな。でも、本を読みながら歯磨きしてたらどっちも集中できなくていい加減にならない?私だったらどうでもいいテレビ見ながら歯を磨くわ。いや、どうでもいいテレビだと早く終わらせてしまおうとして磨く時間が短くなってしまうし、バスタブの中で本を読みながらの方が一杯磨けるよ。それでも月に一度定期検診して貰うT先生に磨き方が足りないと注意されることがあるんだ。深夜一時すぎ、ほかに誰もいない乃木坂の地下で64歳の俺と37歳の彼女がどうでもいい会話で時を過ごす。でも、珍しいわね。64歳でそんなに歯のケアをしているなんて。十年以上も前に客として店にきたT先生に言われたんだ。桃井さん、そんな汚い歯をしていたら女の子にキスして貰えなくなるわよってね。それからだね、月に一度T先生の処に通いだしたのは。最近は私生活の相談に乗って貰ったりしている、いつも妖しい魅力をふりまく歯科医のSちゃんと親しくして貰っているのに、T先生から離れられないのは、その「女の子にキスして貰えなくなるわよ」という脅迫めいた一言が大きい。(そんなに女の子とキスしたいの?)「え?」(そんなに女の子とキスしたいの?)幻聴だった。お固い彼女がそんなセリフを吐く筈がない。丸括弧の中の彼女の台詞はあくまで俺の妄想だ。そんなセリフを彼女が言ってくれたら俺のセリフの返し次第では次の展開に移れたかも知れない。でも、それは妄想だし、第一、バーカウンターが俺と彼女の間を隔てている。もう一杯どう?と俺はジンソニックを勧める。もう飲めない。ジンなしでソーダだけちょうだい。64才の俺と37才の彼女の短い夜が終わる。●ゴールデンウィークは暦通り営業します。