鞄がない。明日から母と一緒に一週間のハワイ旅行に行くのに、いくら何も持っていかないとは言いながらも、帰りは色々買い物をしてしまうだろうし、せめて小さな旅行鞄を持っていこうとクローゼットの中を覗いたのだけど、確かここに大小合わせて三つはあった筈の旅行鞄が一つもないのだ。最後に海外旅行に出かけたのは三年前の正月だ。ポルトガルのリスボンに行くのに、まだ結婚していたこともあって、手荷物のバッグをそれぞれ一つずつ、それと大きな旅行鞄を持って行った記憶がある。それなのにそれらの鞄が一つもないのだ。まさか彼らに足が生えてここから逃げ出した訳でもあるまいと思うと、答えは決まっている。誰かがここから逃げ出した時に荷物を入れて持って行ってしまったのだろう。もう俺の中では過去の人なのに、こんなことで思い出すなんて少し気分がブルー。でも、こう云う時ってブルーが重なる。旅行にビデオカメラを持って行こうと充電をしていたら、ファイルが過去に撮った映像で満杯になっていることに気づく。その殆どは二度出向いたポルトガルの街の風景だ。ただどの風景にも同伴者の姿が映っている。それなのに今日まで削除しないでいたのは、そのことを除けばポルトガルの雰囲気を自分流に味わえたからだろう。でも、もういい。近い内にまたポルトガルに行って新しい映像を撮影してこようと、思い切って五時間分のファイルを削除した。お蔭で憂鬱なブルーからハワイアンブルーにチャンネルが切り替わった。それにしても旅行鞄をどうしようと悩む旅立ち前日。