まだお昼前の西麻布の住宅街。その少女は坂道をキョロキョロあたりを見回しながら降りてきた。多分高校生か、ひょっとすると中学生かも知れない。店へいく途中の俺とすれ違いそうになった時、少女は何の恐れもなく俺に声をかけてきた。「新橋にいくにはどうしたらいいんでしょうか?」新橋?ここは西麻布だ。歩いて十分ほどかかるけど、六本木から日比谷線に乗って何処かで銀座線に乗り換えれば?と俺は教える。すると少女は「私、六本木駅からここまで歩いてきたんですけど」という。意味が分からない。六本木駅から新橋駅まで歩いていけと誰かに教えられたのだろうか?たったそれだけの会話だけど、少女には訛りがあるし、何処か地方から出てきたのだろうと想像できる。いつしか少女にMの妹のYちゃんを連想してしまった俺は母性本能が疼きだし、近くにあるバス停まで少女を連れていく。六本木駅まで戻って且つ乗り換えしなくても、そこから新橋行のバスが出ているのだ。でも、少女の表情が曇る。「バスって高くないですか?」え?でも地下鉄だって160円かかるし、そう変わらないよと言いかけて、地方ではバスが距離で運賃が違うことに気づく。「大丈夫、都内は一律200円だから」と告げると、少女はホッとした顔になって、「有り難うございました」と頭を下げた。ちょうどそこへ新橋行のバスがきた。少女を見送って俺はまだお昼なのに店へいく。今日は21才の息子に倉庫整理のバイトを頼んであった。ビルのオーナーの好意で無償でこの倉庫を借りているのに、ついつい不用品や廃棄物を積み重ねてしまい、オーナーから整頓しないと使用禁止にしますと警告を受けていたのだ。ゴキブリの死骸も散らばっている。蜘蛛の巣も張っている。大きな廃棄物もあって力もいる。業者に頼んだらいくら取られるか分からない。そんな汚れ仕事をバイトに慣れた息子は黙々とやってくれる。でも、時々「ここまで放っておいちゃ駄目じゃないか、お父さん」とか俺に意見する。作業が終わって別れ際には「歳なんだから、体、気をつけろよ」と俺を心配する。親と子が完全に逆転している。一人の少女と俺の息子、二人には何の関係もない。でも、俺の中では何処かで二人がつながっていた。それが何だか分からないんだけど。