プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

『ダーウィンの悪夢』  コペル君の「人間分子の関係、網目の法則」への想像力を養おう

2007-01-16 19:12:17 | 映画・演劇
アフリカ最大の湖、ビクトリア湖。1960年代に実験的に放された淡水魚ナイルパーチは200を超える在来種を食べ尽くし湖の主となった。ビクトリア湖は、面積6万8千平方キロ、ケニア、ウガンダ、タンザニアの三カ国に囲まれた世界第3位の広さをもつ。湖の広さは九州の2倍、琵琶湖の100倍もの広さである。かつては、約400種類の固有種が生息、研究者たちに「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほどの「生物多様性の宝庫」と言われていた。ところがナイルパーチという外来魚は、体長2m、重さ100キロ、捕獲された最大のものは400キロという巨大な肉食魚である。スズキに似ていることから日本には「スズキ(ナイルパーチ)」として輸入されている。この魚が、日本のファミリーレストランフライをにぎわし、学校給食や弁当の材料に使われていることは余り知られていない。

ビクトリア湖では、ナイルパーチの移入によって、一時、漁獲量は飛躍的に伸び、海外へ輸出するなど、大成功したかに見えた。しかし、ビクトリア湖の自然の恵みを食い潰して繁殖したナイルパーチは、自然と人間社会に様々な問題を惹き起こした。
もともとビクトリア湖に生息していた魚の殆どが草食性だった。そこに、肉食性のナイルパーチを移入したことによって、もともといた固有種400種は200種まで激減、湖の生態系は壊滅的な状態になってしまった。
ナイルパーチの商業的開発は、地域の伝統的な漁業や水産物の加工を衰退させ、湖に依存している地域社会をも荒廃させてしまった。多くの女性は、欧州の援助でつくられたナイルパーチ加工工場で働き、男たちはビクトリア湖でナイルパーチを獲る漁師となった。内陸部の貧困農民もナイルパーチを獲る漁師として出稼ぎにビクトリア湖にやってきた。貧しい女たちがこれら出稼ぎ男相手の売春婦となった。また加工魚を欧州に輸出する輸送機が毎日飛んで来るようになった。
映画はタンザニア第二の都市ムワンザを舞台に飢餓、貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレン、湖の環境悪化という負の連鎖を追う。さらに加工魚を運ぶ飛行機がアフリカの紛争のための武器をひそかに運んでいるのではないかという疑惑をパイロットへのインタビューで何度も迫っていた。

2006年アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、2006年セザール賞最優秀初監督作品賞、2005年山形国際ドキュメンタリー映画祭審査員特別賞、2004年ヴェネツィア国際映画祭ヨーロッパシネマ・レーベル賞に輝くこの映画に対しアフリカ通の一部から、一面的だという批判もある。しかし、フーベルト・ザウパー監督は「私がアフリカにいって映画を撮ったのは、アフリカで起きたことを証明するためでない」という。アフリカの飢餓、内戦のための武器輸入、エイズなどは誰でも知っている。「私の役割はそれを証明することではなく、皆が知っている情報・知識を違う形で表現することです」「東京でスーパーマーケットにおいてあるどんな商品をみても、その裏には同じような物語、出来事があると思います。それを見る目をもっているかどうかが問題なのです。それを感覚としてわかる、想像することができるようにするのが私の仕事です。」と語っている(「しんぶん赤旗」2006年12月21日)。

映画を観て私は、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)に出てくるコペル君の「人間分子の関係、網目の法則」のことを思い出した。コペル君は、オーストラリアの牛から自分の口に粉ミルク(脱脂粉乳)が入るまでの過程を想像して、多くの人、それもほとんどは顔も名前も知らない人たちが自分に関わっているのだと考えて、これを「人間分子の関係、網目の法則」と名付ける。コペル君の叔父さんはこれを大発見だと感動するとともに、次のように注意を喚起している。今の世界は、「人間分子の関係」という表現が言い当てているように、物質の分子と分子の関係のようなものになっていて、生産関係は本当に人間らしい関係にはなっていないのだ、と
私たちは、商品世界のなかにあって、そのひとつひとつの商品に投下された夥しい労働者の運命に思いをいたし迷惑をかけていないか常に想像力を働かしたいものだ。

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